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2-2.新しい魔法

 レイコの胸でしばらく泣きじゃくっていたキヨミは、ようやくのことで頭を上げた。

「……落ち着いた?」

「…………うん」

「一体どうしたのよ。いつからこうしてたの?」

「お、お水が出なくて、お風呂に入れなく、て、レイコと約束したのに、守れなくて、捨てられちゃうって……」

「はいはい、もう良いわよ、解ったから」

 キヨミがまた泣き出しそうな気配を感じ取って、レイコは彼女の言葉を遮った。そして改めて親友を観察し、肌や唇が乾燥しきっていることに遅まきながら気が付いた。


「水が出なくなってからって、キヨミ、丸四日以上もこうしてたのっ!?」

「え? 良くわかんない……」

「ちょっと、マコ、水っ」

「はいっ」

 マコは慌てて、持って来た荷物から水筒を出すと、ステンレス製のカップに水を注ぎ、母に差し出した。レイコは娘から受け取ったカップをそっとキヨミの唇に当てがった。傾けられたカップから僅かな水がキヨミの喉に流れ込む。次の瞬間、キヨミはレイコの手から奪うようにカップをもぎ取り、一気に喉の奥に流し込んだ。


「キヨミ、落ち着いて。ゆっくりでいいから」

 レイコが労わるように言った時には、キヨミはカップの中味を飲み干していた。あまりの勢いに咳き込むのではないかとレイコは心配したが、その兆候はなく、ほっと胸を撫で下ろす。

「何か食べ物は……パンでいいかしら。持って来たものはちょっとアレだし、お粥でもあればいいのだけれど」

 レイコは部屋を見回して見つけた籠の中の菓子パンを割って、キヨミに差し出した。キヨミはそれを受け取ろうとしたが、動きを止める。


「ひぅっ」

 身を縮こませたキヨミの視線の先を追ったレイコは、彼女の恐怖の源を知った。

「驚かせてごめんなさい。でも大丈夫。この子、タマだから。キヨミもウチに来た時に見てるでしょ?」

「……タマ……って、タマちゃん? レイコのとこの猫の」

「うん、そうだよ。タマ、キヨミさんのこと、覚えてる?」

 マコの言葉にタマは首を傾げ、キヨミを見つめ、口を開いた。

「グワァゥ」

「ひぃっ」

「大丈夫。ほら、身体は大きくなったけど、大人しいのは変わってないよ。ほら」

 マコがタマの首の下を撫でると、タマはごろごろと喉を鳴らして目を細めた。


「わたしも最初は驚いたけど、もう慣れたわ。それよりキヨミ、食べて。少しずつ、ゆっくりね」

「う、うん」

 キヨミはレイコからパンを受け取り、口に入れた。小さなパンの塊をゆっくりと咀嚼する。レイコはパンを小さくちぎり、その欠片を一つずつキヨミに食べさせた。その様子を、マコとタマは大人しく見つめていた。


「……ありがと。もういい」

「そう? そうね、いきなり沢山食べたら、胃がびっくりしちゃうものね」

 残ったパンを籠に戻してレイコは言った。

「それと、顔だけでも綺麗にしておきたいわね」

「いいよ、そんなの」

「駄目。それに、さっぱりするだけでも気分が晴れるんだから」

 レイコの言葉にキヨミはそれ以上逆らうだけの気力はなく、素直に頷いた。

「あ、キヨミさん、タオル借りるね」

 マコがタオルを用意するために立ち上がる。レイコはその間にゴムを探して、キヨミの長い髪を首の後ろで纏めた。


「このゴムはあるのね。これって天然ゴムなのかしら」

「……? 何?」

 レイコの独り言をキヨミは聞き咎めたが、レイコはなんでもない、と首を振った。

「詳しいことは後で纏めて教えるから。……マコ、早く」

「ちょっと待って。どうせならお湯で絞った方がいいでしょ」

「お湯なんて用意できるの?」

「まあ見ててよ」


 マコは台所から持って来た金属製のボールの上で、箪笥から見つけたタオルに水筒の水を零さないように含ませていた。すぐには絞らず、畳んだそれを開いた両掌に載せている。

 二人の大人と大きくなった猫の見守る中で、マコの掌のタオルから湯気が立ち上る。

「これくらいでいいかな。はい」

 タオルを絞ってお湯を切ったマコは、それをレイコに渡した。

「……今のも魔法?」

 レイコは絞られた熱いタオルでキヨミの顔と軽く開いた胸元を拭きながら、娘に聞いた。

「うん。昨日練習してやっと使えるようになった、新魔法だよ」

 マコは胸を張って言った。

「魔法? マコちゃん、魔法使えるの?」

 レイコに肌を清められながら、キヨミは聞いた。

「うん。いろいろ研究していたら、使えるようになったんだ」

「うわぁ、凄い。今のは何やったの?」

「それは後にして、今後のことを考えましょう」


 キヨミからタオルを離したレイコは、ボールに絞られたお湯にタオルを浸けて、改めて絞りながら言った。

「来て解ったけれど、やっぱりキヨミを一人にしておけないわね」

「うん、あたしもそう思う」

「そんなことないよぉ。私だって一人で生活してるんだし」

 母娘の言葉にキヨミは反論した。しかし、それは、次のレイコの言葉で一蹴される。

「丸四日も毛布を被って震えていただけの人が何言ってるの」

「う……ごめんなさい……」

「謝る必要はないわよ。キヨミの欠点はわたしが埋めるから。ずっとそうして来たでしょう?」

「……うん」

「しかも今は非常事態だからね。今までならキヨミも一人で暮らしていられたけど、これからはそうもいかないわ」

「……何があったの? 非常事態って」


 キヨミの疑問に、レイコとマコは事情を説明した。インフラや物流がほとんどストップしていることや、動植物が生まれ変わったことを。

「それで電気も水も止まっちゃったんだ」

「そうよ。だからしばらく、お風呂はお預け。不可抗力なんだから仕方ないわ。わたしに嫌われる心配も無用よ」

「う……ごめんなさい」

「さっきも言ったけれど、謝る必要はないわ。わたしこそ、蒸し返してごめんなさい。それより、困ったわね」

「何が?」

「必要ならキヨミを連れて帰るつもりだったのだけれど、今のキヨミの状態で二十キロ近く歩くのは無理でしょう?」


 レイコとマコがここに来るまでにも、結構な労力を要した。それほど荒れていたわけではないものの、アスファルト舗装が無くなりほとんどが砂利道になっていて歩き難かった。それでも五時間強で到着できたのだから、順調な旅路だったと言えるだろう。

 それに、二人の暮らすマンションほどではないものの、各コミュニティで対応は始まっていた。流石に電力・ガス・水道すべてのインフラが止まったままでは生活に支障が出る。特に水は重要だ。それがなければ、死に直結するのだから。


 キヨミの住むこのアパート周辺でも、水だけは災害時用の井戸を使うことで確保されているし、そのうち食料の対策も取られるだろう。しかし、キヨミがその輪の中に入って行ける気が、レイコにはしなかった。

 かと言って、レイコがここに住むわけにもいかない。彼女は今や、マンションでの指導者の一人であり、責任を負う立場に立っているのだから。せめて、新しい社会でのマンションの自治が確立するまでは、放り出すわけにはいかない。

 そうなると、キヨミの世話を近所の誰かに頼むか、マンションに連れて帰るかの二択になる。しかし、赤の他人の世話を引き受ける義理は誰にもないし、それなら、キヨミを連れて帰るしかなかった。

 そして、キヨミの体力が回復するのを待っているほどの時間はない。


「レイコちゃん、会社に台車あるよね? それ持って来てキヨミさんを載せてけば?」

 三人で、キヨミはほとんど呆けていただけだったが、考えている中で、マコがふと思いついたように口を開いた。

「あるわね。ここから近いし。でも、道路状況も悪いし、揺れるわよ。スピードも出せないから時間もかかるし。今のキヨミに耐えられるかしら」

 レイコはキヨミの状態を心配して言った。

「歩く速さの半分くらいで行くとして、十時間くらいかな。途中で休憩も取るとして、朝、日の出くらいに出れば……うーん、ぎりぎり日の入りに間に合うくらいかな…… あと乗り心地か……」


 しかし、他に良い方法も浮かばない。一先ずマコの案を採用することにして、レイコは会社の様子を見るのも兼ねて、台車を取って来ることにした。

「タマ、護衛お願いね」

「グワァゥ」

 レイコはタマを連れて出掛けて行った。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「マコちゃん、さっきの魔法、どうやったの?」

 キヨミの部屋から持って行くものを集めていると、回復して来たらしいキヨミがベッドに座ってマコに聞いた。

「えーと、さっきのは水に濡らしたタオルを温めたんです」

 魔力をエネルギーに変換できるのではないか、と仮説を立てたマコは、熱エネルギーへの変換に成功した。熱するだけでなく、冷やすこともできるようになった。それにより、空気中の水分を凝縮して水を取り出すことも試したが、小さなコップに半分ほどの水を貯めるのが精一杯だった。

 もっと広範囲の大気に魔力を振り撒けば大量の水を得られるかもしれないが、そうなると受け皿も大きくしなくてはならない。そんな大きな容器を用意できないし、そもそも広範囲に魔力を広げることも、まだできない。今後の課題の一つとして、異世界ノートに書き込んである。


「ふーん。凄いのね」

「全然凄くないです。まだ大したことできなくて、試行錯誤の途中です」

「そーなんだ。ねえ、温める以外にも何かできるの?」

「はい、少しは」

「何かやって見せてよ」

 マコは荷物整理の手を止めると、仕方ないなぁ、と笑ってキヨミの前に正座した。

「見ててください」

 キヨミの前で垂直に立てた人差し指の先に、小さな魔力球を作る。指と魔力球の間は髪の毛のように細い魔力の線が繋がり、魔力球の拡散を防いでいる。

「行きますよ」

 マコが言った瞬間、指先の空中に赤い炎が灯った。

「わっ」

 キヨミは思わず仰け反った。炎はすぐに消える。


「今の、火を出したのも、魔法で?」

「はい、そうです。他には、そうだなぁ」

 マコは少し考えるとまた指を立て、今度は指先から十センチメートルほどの長さの魔力の棒を作った。

「はい」

 今度はそれを光に変え、さらに魔力を注ぎ込んでその状態を維持する。

「うわぁ、ネオンサインみたい」

 キヨミは手を叩いて褒め称えた。

「こんなこともできますよ」

 調子に乗ったマコは、魔力を光に変えつつさらに伸ばし、空中に光の輪を作って見せた。喜ぶキヨミの前でしばらくその状態を維持した後、光を消す。


「こんなとこです。まだ使えるようになったばかりで、あんまり長くやってると集中力が切れちゃいますけど」

「凄いのねぇ。ね、マコちゃん、デザイン帳と鉛筆取って。今の見てたら、新しいデザイン思い付いちゃった」

 マコの魔法で、キヨミは何やらインスピレーションが湧いたらしい。

「今は休んで体力を回復してください。明日か明後日には出掛けるんですから」

「そんなこと言わないで、取ってよぉ。ね、お願い」

 小さな子供のように手を合わせて懇願するキヨミ。マコは、仕方ないなぁ、と溜息を吐いた。

「疲れたら休んでくださいね。それと、レイコちゃんが帰って来るまでですよ」

「うんっ」


 マコがキヨミにデザイン帳と鉛筆を渡すと、キヨミはベッドの上で膝を立て、鉛筆を走らせ始めた。それを生温かい目で見守りつつ、マコは荷物の整理を続けた。



マコの使える魔法:

 発火

 発光

 発熱(new)

 冷却(new)

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