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13-1.焼肉パーティー

 大量発生したツノウサギに襲撃されたマンションでは、もちろん、それを撃退しただけでは事は済まなかった。当然だ。敷地内のいたる所にツノウサギの死骸が転がっているのだから。

 敷地の南西側に作られた畑は特に酷かった。ツノウサギの発生源が南西側の裏山であるばかりでなく、作物を餌にするために足を止めるツノウサギが何匹もいたから、退治したそれらが積み重なっていた。


 少しの休憩を取ってから、レイコは管理部の住民を集め、敷地を区分けしてツノウサギの死骸を速やかに処理するよう指示を出した。

 人々は手分けして、ツノウサギを集め、血を抜き、皮を剥ぎ、解体して氷室に保管した。すでにある氷室だけでは当然足りなかったので、並行して氷室の増設も行われた。

 それでも余った肉は、燻製にして各戸や近隣のコミュニティに配ったり、焼いてその日の食事にしたりして消費した。腐らせて疫病が流行ったりしたら大変だ。


 生き残ったツノウサギは、捕らえた後で怪我の酷いものは止めを刺して食糧とし、他は家畜として、急いで作り直された家畜小屋に入れられた。小屋に入りきらない分は裏山へと返した。再度の大量発生の原因にもなり兼ねないが、すべてのツノウサギが山から出て来たわけでもないだろうし、逃げ帰ったツノウサギもいる。その数が多少増えたところで、気にすることでもなかった。


 ミノルも、ツノウサギ退治の時の失態を躍如すべく、ツノウサギの処理を手伝ったが、そこでも、役に立たない自分に愕然とした。いや、決して彼が無能だったわけではない。元々農業を専門にしていた彼だが、異変以来、狩猟にも参加していたし、獲物の血抜きや解体も経験がある。手際も決して、悪くはない。

 しかしここの人々は、随所で魔法も併用して、効率良く仕事をこなしてゆく。

 魔法の使えないミノルは、自分の不甲斐無さに意気消沈した。過去の罪を償うため、レイコの力になりたくて遥々旅をしてきたと言うのに、何の役にも立てないではないか。以前、マコに言われた通り、レイコに自分は不要なのだと思い知らされた気分だった。


 帰ろう、とミノルは思った。ここに自分の居場所を作ることはできるだろうが、それは自己満足にすらならない。ここには、自分でなければできないことは一つもない。ミノルが定住することにしたとしても今までと何も変わらないし、ミノルが居なくなっても誰も困ることはない。

 自分にできることはない、いや、なくはないが、それはレイコにとってもマコにとっても必要なことではない。それを思い知ったミノルは、この後片付けが終わったら帰ろう、と力無く思った。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 大量のツノウサギの死骸の処理は、取り敢えず二日で終わった。荒らされたマンションの中の片付けは残っているし、傾きかけた住宅の修繕も仮にしか行なっていないが、全住民総掛かりで、地を覆うツノウサギは然るべく処理された。

 翌日の昼、マコが宣言した通り、広場で焼肉パーティーが開かれた。


「みなさん」パーティーの初めに、レイコが広場の中央で声を張る。大工たちが突貫工事で作り上げた演壇に乗って。「異変以来の生活は苦労の連続でした。それでもなんとかやって来れたのは、みなさんの努力と協力あってのことです。

 そんな中でも、一昨日発生したツノウサギの大群による蹂躙劇は、異変以来最大の危機でした。しかしこれも、みなさんの協力で防衛できました。残念ながら、畑は壊滅状態に陥ってしまいましたが、近隣の他のコミュニティへの被害はほとんどありませんでした。

 今日はその戦勝祝いです。幸いにして、食肉は大量にあります。今日は思う存分、お腹を満たしてください。乾杯」


 わー、とも、おー、ともつかない歓声が上がった。ツノウサギの肉だけでなく、保存してあった野菜も少量ではあるが供出されている。

 すでに焼いてあった肉は元より、みんな自前のフライパンを使って新たに肉を焼いている。魔道具を作れる人も、今は十人に増えていて、彼らの作った『魔力を熱に変える』フライパンは、今では多くの家庭に行き渡っている。

 飲み物は水しかないが、これも裏山で見つけたカボスに似た果実を絞った汁を加えている。アルコールがないことを嘆く声も聞かれるが、子供たちもいるこの場では、返ってその方がいい。


 レイコは、同居しているヨシエの家族や、珍しく外に出てきたキヨミと一緒に、肉を味わった。ツノウサギの肉は焼いただけでも美味いが、海辺のコミュニティから仕入れた塩や、裏山で見つかった香草として使える野草で味付けられていて、旨味がさらに引き出されている。


 ツノウサギの肉以外に大したものはないパーティーだが、人々は大いに楽しんでいる。椅子も用意されてはいるが、基本的には立食パーティー形式で、疲れたらマンションに戻って休んだり、後から出てきたりと、住民たちは自由気ままに動いている。


 レイコはこのコミュニティの代表として、同居人たちと飲み食いするだけでなく、広場を回って住民たちを労った。その時に、何人か、いや、何人もの人々から聞かれたことは……

「お嬢さんはどうしたんですか?」

「マコちゃんはいないんかい?」

……マコがここにいないことに首を傾げる住民たち。それはそうだろう、今回の“ツノウサギ襲来事件”での最大の功労者なのだから。マコがいなければ、住民たちの初動は遅れただろうし、最も多くのツノウサギを退治したのもマコだ。それに、最初にマコが自衛隊に銃の発砲を促していなかったら、自衛官による駆除数ももっと少なかっただろう。


 その疑問には、レイコは「今日は疲れているみたいで寝ています」とだけ答えた。いつかは知られることになる、いや、今日の内にはみんなにもきちんと伝えなければならないだろうが、それはもう少し後でいい。今は、お祭り気分の住民たちの心を沈めさせたくはない。


「あの、本条さん」そんな中で、一人の男が声を潜めて言った。「もしかして、あれからお嬢さん、ずっと寝たきり、なんてことは……」

 彼は、マコが倒れた時に駆け寄った二人の内の一人だ。すぐに駆け付けたマモルにマコを引き渡して、後のことは知らない。

「大丈夫です。今はパーティーを楽しみましょう」

 レイコは笑顔で言った。質問をはぐらかされた男は、それでもレイコの笑顔を見て、きっと大丈夫だろう、と無理に考え、レイコを見送って食事に戻った。


 眠り続けたまま、もう丸二日以上目を覚まさない娘のことを聞かれて、気にならない母親はいない。と言うより、レイコはこのパーティーの間ずっと、いや、後始末のために指揮を執っている時も、マコを心配する気持ちで頭の九〇パーセントが埋まっていた。合間を見てはちょくちょく見舞いに行っているが、愛娘はまったく目覚める気配がない。可能なら、ずっと傍らで見守っていたかった。


 そんな心の内を見せることなく会場を回ったレイコは、元の場所に戻って来た。ヨシエが何か言いたそうにレイコをチラ見している。

「ヨシエちゃん、どうしたの?」

「うん、あの。小母さん、先生は来ないの?」

 ヨシエも、マコがいないことが気になっているようだ。

「マコはね、今日はちょっと来られないの。後でみんなにも話すから、その時にね」

 レイコの、優しいながらも有無を言わせない口調に、ヨシエは黙って頷いた。


 やがてみんなの腹も膨れ、落ち着いた頃合いを見計らって、レイコは再び演壇に上った。レイコが何も口にしなくても、気付いた人が隣の人に伝え、会場に静寂が広がってゆく。

「みなさん」その中で、レイコは声を張る。「焼肉パーティーは満足されましたか? ツノウサギの肉はまだまだありますので、足りなければ追加して下さいね」

 もー食えねーよ、などと言う声が上がり、笑いが広がる。レイコは声の方に微笑んでおいて、表情を改める。会場がすぐに静かになる。


「先程、何人かの方から、娘のマコのことを聞かれました。最大の立役者なのに、参加していないのか、と。わたしは、マコは疲れて眠っている、と答えました。その答に嘘はありません。けれど、実情を正しく伝えているとも言えません」

 レイコは一旦言葉を切り、人々が焦れる前に続けた。

「マコは、ツノウサギの大群を凌いだ直後に意識を失い、それからずっと眠り続けています」


 会場に動揺が広がった。しかし、レイコの言葉を聴き逃すまいと、すぐに静まる。

「医師の診断では、身体に異常はないということでした。おそらく、魔法の使い過ぎが原因と思われます。実は以前にも、魔法を使い過ぎて丸一日ほども寝込むことがありました。今回は魔法を随分と頻発していたようですから、それだけ眠りが深いのでしょう。

 ですが、どれくらいになるか判りませんが、マコは必ず目覚めます。それまで、静かに待ってあげて下さい」


 静まり返った広場に向かって深く礼をしたレイコは、頭を上げて一拍置いてから、パーティーの終わりを宣言した。


「本条さん、どうして今、マコさんのことを告げたのですか?」

 ヨシエの母が聞いた。

「マコが姿を見せなくなって、今日で三日目になります。この先も、いつ目覚めるかは判りません。マコは、ここではそれなりに有名ですから、何日も姿が見えなくなって根も葉もない噂が流れるよりは、多くの人たちが集まっているこの場で、正しい情報を開示する方がいい、と判断しました」

 そこで口を切ったレイコは、少しして続けた。

「本音を言えば……」

「本音を言えば?」

「……『脳天気に肉を食ってられるのはわたしの娘のおかげだっ! その娘はいつ目覚めるとも知れない眠りの中だっ! のほほんとしてんじゃねぇっ!』ですかね」

 レイコは力なく笑った。


「レイコ」

 そのレイコの手を取ったのはキヨミだった。返事をしかけたヨシエの母が口を閉じる。

「レイコ、もっと本音で話していいんだよ。レイコはずっと慣れないことをして頑張っているんだもん、たまには休もうよ。マコちゃんの傍にいたいなら、ずっとでもいていいよ。その間は、みんながレイコの代わりに頑張ってくれるから」

「そうですよ」ヨシエの姉が言った。「本条さんにはいていただかないと困りますけど、だからと言って、本条さんがいないと何もできなくなるわけじゃないんですから」

「たまには、本条さんも我儘を通してください。それでできた穴は、私たちみんなで塞ぎます」

 ヨシエの母も言葉を添える。

「ありがとう、ございます」

 レイコは頭を下げた。その眦に、僅かに光るものがあった。


 袖を引かれて、レイコが横を向くと、ヨシエが見上げていた。

「小母さん、先生のお見舞い、行こ」

「え、でも、片付けもあるから」

「それくらいは、私たちで充分です」

「お見舞いも、最小限しか行っていないんですよね? ここは任せて、行って来てください」

 ヨシエの母と姉も、レイコの背中を押す。

「レイコ、行ったら?」

 キヨミも、笑顔で後押しした。


「それじゃ、ちょっと行って来ます。ヨシエちゃん、一緒に行ってくれる?」

「うん」

「後のことは任せてください」

 レイコは立ち上がり、ヨシエに手を引かれて、マコの住む住宅へと歩向かって行った。

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