12-9.最終局面
レイコたちの前から姿を消したマコは、敷地の北東側に出現した。
「うわぁ、かなり道に出てるよ……あっちのコミュニティの人たち、大丈夫かな……」
呟きつつも魔力を道幅一杯に広げて道路に沿って展開、一気に電気に変えて道路を埋め尽くすような数のツノウサギを殲滅する。ツノウサギの群の先頭まで魔力は届いたので、討ち漏らしがあっても向こうで対処できる数だろう、とマコは考える。と言うより、マンション敷地内にツノウサギが溢れていて、これ以上は他所に構っている余裕がなかった。
マコは振り返ると、敷地の中心方面へ魔力を広げる。
「マンション建物内にも少数のツノウサギが侵入してますっ。各棟の住民で対処してくださいっ。狭いので武器よりも魔法、電撃を推奨っ。バリケードなどで侵入を防いでくださいっ。最悪、一階は放棄して階段を塞ぐことも選択して下さいっ。
外で対処に当たっている人は、引き続き退治してくださいっ。
自衛隊の皆さん、引き続き東から南東方面に抜けるツノウサギの駆除をお願いしますっ。
自衛隊駐屯地にも応援を要請してますっ。
これが終われば焼肉パーティーですっ。もう一踏ん張りしましょうっ」
マコの声は再び全住民の耳に届いた。
それを確認することもなく──その術もないのだが──再び畑に瞬間移動する。ツノウサギの発生源がこの奥の裏山である以上、どうしても畑が最大の密集地になる。
今度は人のいる場所を避けて魔力を広げ、ツノウサギを一網打尽にする。続けて、先ほど住人を避難させた、傾いた住宅の隣のお宅にお邪魔する。中にいたのは子供が二人。
「二人とも掴まってっ。隣の家が倒れて来そうで危ないから、避難するよっ」
二人はしかし、顔を見合わせて躊躇っている。
「ここにいると危ないから、行くよっ」
マコは内心の苛々を隠しきれずに、ややきつい口調で言い募る。
「で、でも、お父さんとお母さんが……」
歳上の女の子が言った。二人とも、外でツノウサギを退治しているらしい。無理矢理連れて行くこともできるが、マコはそれを良しとしなかった。
「解った。とにかくあたしに掴まって」
おずおずとマコの左手を握った二人を引いて入口に向かい、扉を開ける。魔力を控え目に広げて、声を張った。
「すみませんっ、この家、隣が倒れかけて危ないので、一号棟の会議室に避難しますっ」
右手を振りながら宣言し、少し離れたところにいる男性が手を上げたのを確認して、マコは子供たちを振り返った。
「じゃ、行くよ」
次の瞬間、三人は会議室にいた。
「ここでツノウサギの退治が終わるまで待ってて。あ、この子たちもお願いします」
二人と、先に避難させた女性に言って、マコはすぐに姿を消す。
あまりの異常事態とそれに対する忙しさで、マコは忘れていた。しかし、忘れていても、その時は確実に迫っていた。
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「お母さん、ワタシもやっぱり手伝ってくる」
「や、やめなさいっ。危ないわよっ」
「大丈夫。ワタシの魔力、結構強いんだよ」
ミツヨは、マコの最初のアナウンスの直後に外に飛び出そうとしたが、母に強く引き止められていた。しかし、二度目のマコのアナウンスで、我慢できなくなった。みんなが力を合わせているのに、先生に最初の五人に選ばれたワタシが指を咥えて見ているわけにはいかない。
入口を塞ぐ母親を宙に浮かして退かし、ドアを開ける。
「えっ? ミツヨっ、下ろしなさいっ」
「安全には十分に気を付けるから。行ってきます」
母を床に下ろし、ドアを閉めると、家の前を駆けてゆくツノウサギの群に魔力を広げ、頭を狙って力に変える。数匹のツノウサギが纏めて地に伏した。
ミツヨは自分の身体を宙に浮かし、ツノウサギの上空を飛び回りながら駆逐して行く。
(いつまでもっていう分けにはいかないかな。魔力が切れる前に家に帰らないと。魔法なしじゃ、ワタシなんて足手纏いだし)
残りの魔力を気にしつつ、ミツヨはツノウサギを駆除して行く。
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ムクオは、むくれていた。マコの声を聞いた直後にベランダに出て下を見る。広場を駆け抜けて行くツノウサギの数が増えて行き、地響きを立てて流れて行く。
「おっしゃっ、コイツをくらえっ」
手摺から手を伸ばし、更にその先に炎を生んで打ち出そうとする。
「わっ、馬鹿っ、止めろっ」
兄がベランダに飛び出してきて、ムクオを羽交い締めにする。魔法への集中が途切れて炎が消える。
「何すんだよっ」
「お前、ツノウサギをファイヤーボールで仕留めようってんだろ。止めとけ」
「何でだよ。オレだって役立ちてーよ」
「駄目だ。お前、炎を使って火が回ったらどうするんだよ。みんな焼け出されるぞ?」
「それも考えて狙ってるよっ。燃えるもんのない場所の奴を」
「それでも駄目だ。だいたい、狙った場所に燃えるものがなくても、毛皮に火のついたツノウサギが何匹も走り回ったらどうするんだよ。そこら中、延焼しちまうぞ」
「うぐ」
兄の正論に、ムクオは黙り込んだ。それでも、黙ってばかりはいられない。
「じゃあ、何もしないでただ見てろってのかよっ」
「そうだ」
慈悲の欠片もなく、兄は断言した。
「お前、狩でもそれに頼りきりで、棒も何も使ってなかっただろう? 他の魔法も俺よりお粗末だし。それじゃこの事態には対応できない。諦めろ」
「ぐ……」
「俺は親父とウサギ退治に行ってくる。悔しかったらファイヤーボール以外もできるようになれよ」
兄はムクオを離すと、父と共に出て行った。その背中を見ながら、ムクオは唇を噛み締めた。
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住民たちがツノウサギの駆除に奔走し、或いは住居内に避難し、或いは自分の力不足に臍を噛んでいる間も、マコは敷地内を探査して手薄な場所を探し、そこへ駆け付けてツノウサギを撃退する、ということを繰り返した。
「先生っ」
マコが五度目に畑の前に姿を現した時、少女の声がマコを呼んだ。やや少なくなったように思える目の前のツノウサギに電撃を加えて振り返ると、そこにヨシエが立っていた。
「ヨシエちゃんっ。マンションの守りを任せたでしょうっ」
マコの声は、やや苛立っていたかも知れない。しかし、ヨシエもそれを気にしている余裕はなかった。
「おばさんが、あっちの集落に連絡がつかないってっ。畑がいっぱいだから心配ってっ」
ヨシエは、南東方面を指した。『畑がいっぱい』で、どのコミュニティかマコは見当を付ける。
「解った。あたしが連絡に行ってくるっ。ヨシエちゃんは戻ってっ」
「うんっ」
ヨシエが一号棟へ向かって走る姿を確認して、マコは南東方面へ魔力を伸ばす。
(ここからだと……二キロくらい? 二回の瞬間移動で、行けるっ)
マコはすぐに魔力をいっぱいに伸ばし、連続で瞬間移動、農産地帯となっているコミュニティへと飛んだ。
何匹か、自衛官の討ち漏らしたツノウサギが畑を荒らしている。それを、住民が追い払っている。
マコは、住民が対処できていないツノウサギに電撃を加えて退治する。住民がマコに気付いて近付いて来た。
「隣の魔法使いさん。おはようございます。どうかしましたか?」
「急にすみません。通信線が切れたようなので至急来ました。今、ウチの裏山でツノウサギが大量発生しています。ここに来ているのはその一部です。みんなで食い止めていますけど、抜けて来ちゃったらごめんなさい。あと、このことをみんなに知らせて、ツノウサギの襲来に備えてくださいっ。お願いしますっ」
一方的に通告して、マコはその場から消える。
マンションとの中間地点に現れた時、マコの膝が崩れかけた。力を込めて地面を踏み締め、続けて瞬間移動する。出現したのは自衛官たちの防衛線の後方だ。その戦線も、当初より前に出ていることから、ツノウサギの大群もそろそろ尽きて来たことが窺える。
マコが首にかけた魔鉱石で、マモル、シュリ、スエノの三人がマコに気付くが、ツノウサギの掃討を続ける。
「す、すみません、状況は?」
「数分前に駐屯地から応援が到着、敷地の北西方面から中央へ展開、南西方面へ掃討を始めています」
マコの質問に指揮官が答えた。
「ありがとう、ございます。じゃ、北東方面を、一掃すれば、あとは、自衛隊で、抑えられそう、ですね」
マコは北へ向かって歩きながら魔力を伸ばし、目標地点まで届くと同時に瞬間移動する。自衛隊が上手く抑え込んでくれているらしく、敷地内に残っているツノウサギの数は少ない。マコは気力を振り絞って北東への道に沿って魔力を伸ばしていく。目一杯伸ばしたところで電撃を放ち、残っていたツノウサギを撃滅した。
(もっと向こうまでいたみたいだけど……あっちのコミュニティの人たちに任せよう。あっちは連絡いってるはずだし)
マコは敷地の中央方向を見る。ツノウサギが何匹か駆けてくるが、住民たちが長物で叩きのめしている。ほとんどは自衛隊が抑えてくれているようだ。
(良かった。何とか収まりそう。でも家畜、逃げちゃったな。畑もぐちゃぐちゃだろうし。ああ、駄目、まだ終わったわけじゃないんだから。あたしもまだ、応援に行かないと)
ツノウサギの発生源である南西方向に向かって、マコは足を踏み出した。
そこでマコの記憶は途切れた。