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12-8.防衛戦

 家を出たマモルは、自衛官の宿舎へと急いだ。その間に、魔力拡声されたマコの声が辺りに響き渡る。


『緊急事態発生っ! 現在、裏山の南西方面からツノウサギの大群が押し寄せ、一部が畑を荒らしていますっ。残りは東へ侵攻する模様っ。危険ですので、子供とお年寄りは家から出ないようにっ。武器を持てる人は畑が壊滅する前にツノウサギを一頭でも多く仕留めてくださいっ。

 自衛隊にも出動を要請しますっ。発砲も許可しますっ。くれぐれも誤射に注意してくださいっ。他のコミュニティにも向かっているので、畑に留まっていないツノウサギも駆除対象ですっ。くれぐれも怪我はしないようにっ』


 いつの間にこんな魔法も使えるようになったのだろう? これは、いつか敷地内に響き渡った赤ん坊の産声を応用したのか。自分の知らない内にも、マコは頑張っているんだな、とマモルは思う。

(レイコさんに相談もせずに発砲を許可とは、それほど切羽詰まった事態なのか)

 今や意識を向けなくても、地響きが聞こえる。ツノウサギが立てている音だとしたら、とんでもない数なのは確かだ。


 以前は男女二棟に別れていたが、大きく建て替えられて一棟になった自衛官の宿舎に飛び込む。

「四季嶋二尉、今のアナウンスは?」

 現在、ここの指揮を執っている上官が聞く。

「マコです。自分は、南西方面に土煙を視認、また、地響きを確認しました」

 そこへ別の自衛官が飛び込んで来た。巡回中の自衛官だ。

「報告っ。南西方面より多数のツノウサギが敷地内に侵入した模様、一部が敷地を抜けてこちらへも迫っていますっ」


 指揮官の判断は早かった。

「総員、戦闘態勢。自動小銃の使用を許可する。銃剣を装着、近接戦闘にも備えよ。現場には民間人もいる。誤射には十二分に注意せよ。装備を整えた者から出動、ツノウサギの排除を開始っ」

「「「はっ」」」

 全員がすぐに行動に移る。マモルも、ほかの自衛官と共にヘルメットを着用、自動小銃に銃剣と弾倉を装着し、更に予備の弾倉と拳銃を腰に着けて外に急いだ。


 ツノウサギたちはすでに宿舎の辺りまで来ていた。目の前を小動物が駆け抜ける。

 マモルは次々にやって来るツノウサギを蹴り飛ばし、銃剣で斬りつけ、銃で撃った。他の自衛官たちも適度に散開し、確実にツノウサギを屠って行く。

 最初のうちは先行したツノウサギが何匹も単独で駆けて行ったが、すぐに大群がやって来た。自衛官たちは間隔を空けて横に並び、自動小銃を単発で斉射する。実のところ、異変で消えたプラスチック部品を他のもので代用しているため、三点バーストやフルオートでの射撃はできない。


 銃声が轟くたびにツノウサギが確実に屠られる。しかし、向かって来るツノウサギは無数。対して自衛官は僅か十九名。どうしても取りこぼしが出てしまう。しかし、それに構っている余裕すらない。

 銃弾を撃ち尽くした弾倉を交換する。その間もツノウサギは迫って来る。マモルは前方に魔力を展開、力に変えてツノウサギを弾き飛ばし、その間に弾倉交換を終える。


 マモルを見て思い出したように、他の自衛官たちも魔法を使いだした。今まで、任務で魔法を使うことなどなかったから、戦闘に魔法を使うという発想ができていなかった。

 以降、銃撃に魔法を織り交ぜてツノウサギの撃退を続けた。遠距離は銃撃で、中距離は魔法で、短距離は銃剣で、的確に屠ってゆく。八人はまだ魔法の教育を最後までは終えていないが、魔力の運動エネルギーへの変換はすでに会得している。


 その時、再びマコの声が周囲に響いた。


『マンション建物内にも少数のツノウサギが侵入してますっ。各棟の住民で対処してくださいっ。狭いので武器よりも魔法、電撃を推奨っ。バリケードなどで侵入を防いでくださいっ。最悪、一階は放棄して階段を塞ぐことも選択して下さいっ。

 外で対処に当たっている人は、引き続き退治してくださいっ。

 自衛隊の皆さん、引き続き東から南東方向に抜けるツノウサギの駆除をお願いしますっ。

 自衛隊駐屯地にも応援を要請してますっ。

 これが終われば焼肉パーティーですっ。もう一踏ん張りしましょうっ』


 最後の言葉に、マモルは思わず微笑んだ。

 確かに、ただ『頑張れ』と言うよりも、ここを切り抜ければ楽しいことが待っていると思った方が士気は上がる。マコがそれを意識して言っているなら、いや、意識していないとしても、さすがはレイコの娘だ、と言うところだろう。

「聞いたなっ。自衛隊として、ここは死守するっ。一匹も逃すなっ」

「「「はっ」」」

 指揮官の発破に、自衛官たちは声を揃えて応えた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 ミノルはその時、五号棟一階の空き部屋で、住民から提供された朝食を摂っていた。いや、ふた口、三口食べただけで、食はほとんど進んでいなかったが。

 前日、レイコに言われたことが頭から離れない。




 住んでいた街で、レイコにそっくりな少女と出会い、彼女があの時の胎児だと確信し、そして彼女に自分を全否定された。

 自分の娘に違いない少女に拒絶されたミノルは、その後の長い時間を悶々と過ごした。しかし、レイコから逃げるように転居して以来ずっと心に引っかかっていた(謝罪したい。償いたい)と言う思いが日に日に大きくなり、彼はかつての恋人と娘に会うことを決意する。


 満足な移動手段の無くなったこの世界で、徒歩の女子高校生の行動範囲はそれほど広くないはずだと考えたミノルは、少女が目的地の情報を残していないかと街中の住民に尋ねて回り、彼女が目指していた場所を突き止めた。そこは予想していたよりも遠く、彼の住む街から五十キロメートルほども離れていた。


 異変の前で、なおかつ自動車があれば大した距離ではない。徒歩だとしても、道が判っていて整備もされていれば、一日、せいぜい二日あれば辿り着ける距離だ。

 しかし、今や道路がどうなっているか判らず、おまけに件の土地まで山を二つも越える必要がある。おまけに街の周囲には、元の犬が変化した動物が野生化し凶暴化している。他の動物も襲ってこないとも限らない。以前なら大したことのない道のりも、今では命を賭けなければならないほどに危険になっていた。


 しかし彼は、所在の見当のついた、かつての恋人とその娘への償いのための旅を、諦めることはなかった。街の住民からは反対されたが、理由は明かさずに彼らを説き伏せ、数日分の保存食を用意し、どんな危険があるか判らないからと同行を申し出る人に断りを入れ、狩猟や野犬狩りに使っている手製の槍を持って旅立った。


 旅程は予想以上に過酷だった。襲い来る動物から身を守り、大木を背にして夜を過ごし、方角が違うことに気付いて来た道を戻り、ぼろぼろになりつつも目的地を目指した。


 街を出て九日目、積み重なる疲労で行き倒れた。ここまでかと観念しかけたが、レイコの面影を思い浮かべて立ち上がろうともがいているところを、駐屯地周辺を巡回していた自衛官に発見された。

 目的地を告げると、目指すマンションへとこれから自動車で向かうところだと言う。数日は駐屯地で休息することを薦められたが、無理を言って自動車に同乗させてもらった。


 そして再会した“娘”に再び全否定され、レイコにも再会できたものの、自分の謝罪と償いが自己満足に過ぎないという、無意識のうちに考えないようにしていた現実を突きつけられた。

 ミノルは、どうすればいいのか判らなくなっていた。




 朝食を前にしてこれまでのことを思い返していると、突然マコの声が辺りに響き渡った。

 ツノウサギの襲撃? ツノウサギと言ったら、あれだよな、オレたちの街でも狩っている、ヒツジのような角を持った、ウサギより少し大きい奴。それがやって来ただけで、ここの奴らは大慌てなのだろうか? しかしそれなら、役に立てるかも知れない。ツノウサギなら何匹も狩っている。自己満足ではあるが、ここをツノウサギの襲撃から守ることで償いになるかも知れない。


 男は部屋を飛び出すと、マンションの一階を駆け巡り、倉庫を見つけた。武器になりそうな物を探す。すぐに、ここで使われているらしい槍や農具を見つけた。そこから一本の槍を手に取ると倉庫を飛び出す。入れ違いで倉庫に向かう住民が何か言ったが、ミノルの耳には入らない。

 玄関から外に飛び出し、方角を確認する。響き渡った声では、ツノウサギは南西の方角から襲来しているらしい。


 見回してすぐに、敷地の一角から土埃が立ち上っていることに気付いた。ミノルはその方角に向かって走り出す。

 すぐに、向かって来る二匹のツノウサギと遭遇した。手に持った槍で間髪を入れずに仕留める。この程度の動物の襲撃で慌てるほど、ここの奴らはやわなのか、と口元が綻ぶ。しかし、それも長くは続かなかった。


 ツノウサギは次から次へと向かって来る。倒しても倒してもキリがない。疎らだったツノウサギの密度が高くなって来る。大河のようなツノウサギの奔流にたじろぎつつも、槍で突き、払い除ける。

 こんなにも沢山の動物の群など、見たこともない。ここのところの疲労もあって、ミノルは頭がくらくらしてきた。ここの奴らは、こんな数の動物に対応しているのか?


「痛てっ」

 ツノウサギの一匹が右脚に激突し、身体のバランスが崩れる。倒れかけた身体を、槍を杖にして辛うじて支える。そこへさらにツノウサギの大群が迫ってくる。

「危ないっ」

 ぱっと目の前が光に包まれ、迫っていたツノウサギが跳ねた。同時にミノルは、襟首を掴まれてツノウサギの流れの外に引き摺り出される。


「あんたっ、大丈夫かっ」

 ツノウサギの川の外から鍬を叩きつけながら、彼を引っ張りだした男が聞いた。

「だ、大丈夫。あ、ありがとう……」

「中に入って手当しとけっ。おいっ、電撃もう一発、いけるかっ」

 男は傍にいた女に言った。

「無理っ。魔力を加減できなかったっ」

「くそっ。こんなんじゃ焼石に水だっ」

「でもこれしかないわよっ」

「解ってるっ」

 喋りながらも、二人は手を止めない。ミノルは、ここの奴らは魔法まで使えるのか、と自分の戦力外通告にも等しいその事実に愕然とする。


 そこへ、マコの二度目の声が響き渡った。


「どうしようっ。ワタシだけでも戻ろうかっ」

 マコの声を聞いた女が叫ぶ。

「ああっ。それと、網でもあれば持ってきてくれっ。埒が明かないっ」

「解ったわっ」

 へたり込んでしまったミノルを無視して、女はツノウサギへの注意を怠ることなく、マンションへと戻った。


 ツノウサギの群は、まだ終わる気配もない。

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