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12-7.大量発生

 レイコとミノルの面会に立ち会ったマモルが家に帰ると、すでにマコは目を覚ましていた。大部屋で、テーブルの前の椅子に座り、ぼうっとしていたが、マモルを見ると、立ち上がって駆け寄った。

「マモル、お帰りなさいっ。大丈夫だった?」

 マコは、大体の事情を察しているようだった。レイコがマモルを迎えに来たことだけを聞けば、マモルがどんな用件で出掛けることになったのかは予想がつくだろう。

 スエノも大部屋の椅子に座っていたが、マモルが帰ると、後は任せる、と言うように頷いて、静かに家から出て行った。


「大丈夫、何もなかったよ。あの男は、今晩はここに泊まって、明日には出て行くことになった」

 マモルは小さな妻の頭を撫でながら、簡潔に答えた。

「ここに住むことはない?」

「そうだな。レイコさんの様子からして、あの男もここに住むとは思えないね。それができるくらい肝が据わっているなら、そもそも謝罪目的でレイコさんに会いに来たりはしないだろう。ただ、近くのコミュニティに住むことになるかも知れない」

「近くに?」

「うん。レイコさんもそれは認めていたし、そもそもあの男が住んでいた場所は遠いんだろう? 今のあの様子を見る限り、帰り着けるとは思えないな。むしろ、良くここまで辿り着けたもんだよ」

「そっか。でも()だな。近くにいて、またレイコちゃんと会ったりしたら。あんな男のことなんか、レイコちゃんに思い出しても欲しくない」

「レイコさんが、自分にもマコにも絶対に会うな、って念を押していたから、大丈夫だと思うよ」


 マモルは優しく言った。

 実のところ、マモルはミノルにほんの少し同情の念を感じている。何しろ、愛した女と娘に愛想を尽かされている、と言うより毛嫌いされているのだから。

 しかし、マコから話を聞き、また、対面の時にレイコが言った言葉で、毛嫌いされるのも自業自得だとしか思えない。レイコにとっては娘を堕ろさせようとした男だし、ならばマコにとっては自分の存在を抹消しようとした男だ。今さら、どのツラ下げて会いに来た、と言うところだろう。


「なら、いいかな。許す気はないけど」

「レイコさんもそう言っていたね。許す気はないって」

 ミノルが『償いをしたい』と言ったことは、マコには黙っていることにした。言ったところで、レイコと同じく、激怒するだけだろう。

「じゃ、今日はもう、引き籠ってていいかなぁ?」

「いいよ。夕飯と明日の朝の食材は、俺が取って来るよ」

「あたしが瞬間移動で持って来るよ?」

「いや」マモルはマコの提案に、首を横に振った。「それで魔力を伸ばした時、あの男に引っかかったら気分が悪いだろう? 今日は俺に任せておけ」

「うん……解った」

 マコは素直に頷いた。


「それじゃ、ちょっと行ってくる」

 マモルは立ち上がった。

「まだ早いんじゃない?」

「隊に報告することもあるから、それもついでに行って来るよ」

「そっか。行ってらっしゃい。気をつけてね」

「うん。マコはゆっくり休んでて」

「はい」

 マコは、再び出掛けるマモルを見送った。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 翌朝、マモルと朝食を摂っている時、マコは不意に窓を見た。

「どうした?」

 マモルが聞く。

「わかんない。なんだろう、何か聞こえる……地響きみたいな」

「地響き?」

 マモルは食事の手を止めて耳を澄ませた。言われてみると、何かが聞こえないような気がしないでもない。

「ちょっと外を見て来る」

「うん。あたしも魔力で探査してみる」


 マコは全方向に魔力を伸ばす。しかし、百数十メートルの範囲には何も見つからない。魔力を回収して今度は一方向に板状に一キロメートル伸ばし、自分の身体を中心に回転させて、全方位を探る。

「えっ!?」

 マコがそれを見つけたのと、マモルが室内に戻って来たのは、ほぼ同時だった。

「裏山の端の方で、少し煙が立って……」

「マモル、大変っ! なんかツノウサギの大群がこっちに来るっ! あっ! 今敷地に入ったっ!」


 マモルは、マコの様子から、誰かに相談している時間はないと判断した。

「マコ、ツノウサギの数は判るか?」

「判んないっ! 何百か、何千かっ! あっ! 畑の野菜食べてるっ!」

「マコ、マンションの全員に警告出せる?」

「念話は無理だけど……うん、できるよっ」

「すぐに連絡。ツノウサギが攻め寄せていることとその進路、子供と老人は家から出ないように、武器のある大人たちはツノウサギを一頭でも仕留めること、自衛隊にも支援要請。俺も出る」

「解った」


 マモルが家を飛び出すと同時に、マコは魔力を全方向に放出した。ツノウサギの様子を見ているので範囲は百メートルと狭いが、今は充分だ。マコは息を吸い込んだ。

「緊急事態発生っ! 現在、裏山の南西方面からツノウサギの大群が押し寄せ、一部が畑を荒らしていますっ。残りは東へ侵攻する模様っ。危険ですので、子供とお年寄りは家から出ないようにっ。武器を持てる人は畑が壊滅する前にツノウサギを一頭でも多く仕留めてくださいっ。

 自衛隊にも出動を要請しますっ。発砲も許可しますっ。くれぐれも誤射に注意してくださいっ。他のコミュニティにも向かっているので、畑に留まっていないツノウサギも駆除対象ですっ。くれぐれも怪我はしないようにっ」


 魔力で大気を震わせ拡声されたマコの声は、マンションの敷地全域に響いた。靴を履きながら同じことをもう一度アナウンスし、続けて畑の前に瞬間移動する。

 畑はツノウサギで溢れていた。畑と裏山の間に建てられた簡易住宅の住人だろう、男性が数人、槍で衝いたり鍬や鋤で叩いているが、数が多過ぎる。畑の野菜にありつけないツノウサギは畑を通り越し、扇状に広がりながら突き進んでいる。

 家畜たちが騒いでいる飼育小屋にツノウサギが次々と追突し、壁が破壊されて家畜が逃げ惑う。

 高床式になっている簡易住宅の柱が破壊され、一軒の丸木小屋が傾いた。


 マコは自分に向かって来るツノウサギを力に変えた魔力で防ぎつつ、声を張った。

「この一帯のツノウサギを電撃で一網打尽にしますっ! 家に一時避難するか、合図に合わせて目一杯ジャンプして下さいっ!」

 畑全域に魔力を張り巡らす。ツノウサギを叩いていた男たちの半数が避難し、残りは退治を続けることを見て取って、マコはまた声を張った。

「電撃、行きますっ。三、二、一、はいっ」

 男たちがジャンプした瞬間、畑が光った。ツノウサギが一斉に飛び跳ね、地に落ちて痙攣している。


「後からどんどん来ますっ。退治を続けてっ」

 そう言い置いて簡易住宅の裏手に瞬間移動、すぐさま裏山に向けて魔力を伸ばした。数メートルで電気に変換、さらに奥まで伸ばしてもう一度。

(もうっ。何匹いるのよっ。キリがないっ)

 頭の中で悪態をつきつつ、今度は傾いた丸木小屋の中に瞬間移動した。中年の女性が一人と子供が三人。

「ひゃっ」と声を上げるのも構わず、四人に向けて両手を差し出す。同時に一号棟へと魔力を伸ばす。


「掴まってくださいっ。ここは危険ですっ。すぐに移動しますっ」

「いったい何が……」

「説明はあとっ。早くっ」

 戸惑う女性を怒鳴り付ける。マコの鬼気迫る様子に女性は気持ちを切り替え、「お姉ちゃんの手に掴まって」と子供たちを促した。

 握られた手を通して四人に魔力を流し込み、一号棟二階の会議室へ瞬間移動する。


「え? ここは?」

「一号棟です。ここにいてください」

 それだけ言い置いて、マコはすぐに廊下に出て階段に向かう。下から物が壊れる音が聞こえる。ツノウサギが入り込んだようだ。階段の途中、踊場まで上って来た二匹のツノウサギを魔法で叩きのめす。

「マコっ」

「先生っ」

 上からレイコとヨシエが下りて来た。ヨシエの母も。大人たちは手にフライパンを持っている。


「みんなっ。隠れてて」

「そうはいかないわよ。状況は?」

 レイコは、無駄なことは言わなかった。

「二十秒待ってっ」

 階段を下りながら魔力を伸ばし、敷地内を探査する。一階に下りたところでツノウサギと遭遇。マコより一瞬早く、ヨシエが痺れさせる。

「先生っ。任せてっ」

 ヨシエに笑みを浮かべて頷き、探査を終える。


「南西方向、裏山からツノウサギが大群で出現。一部は畑を荒らして住民が応戦中。あたしがここに来る前に撃退はしたけど、まだ来てる。半分以上は広場を抜けて南東から北東方面に抜けてる。南東から東は自衛隊が応戦中、でも多分、弾が足りないと思う。北東方面はかなりの数が走り抜けてる。向こうのコミュニティもヤバいかも。あと、一部がここみたいにマンション内に侵入してる」


 マコの報告を聞いたレイコは、すぐに思考を巡らせた。

「解ったわ。すぐに北東から南東方面のコミュニティには警告を出す。それから自衛隊の駐屯地にも支援を依頼するわ。マコは自分の判断で動いて」

「解ったっ」

 すぐに瞬間移動しようとして、マコはヨシエを見る。大人しくしていて欲しいところだが、この意気込みではそうもいかないだろう。

「ヨシエちゃんは管理人室までレイコちゃんを守って。その後は一号棟に入って来るツノウサギを撃退、ここを守って。ただし、自分の安全を最優先」

「うん、解った」


 それから、ヨシエの母を見る。

「マンション内のみんなと協力して、一階の入口や窓にバリケードをっ」

「はい、解りました」

 彼女はすぐに階段を戻って行く。

「ヨシエちゃん、頼んだよ」

「うん」

 ヨシエが頷いたのを確認して、マコはその場から消えた。

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