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12-6.退去命令

 泣き疲れて眠ってしまったマコをベッドに寝かせたマモルは、ベッドの横に椅子を持って来て腰掛け、子供のような妻を見守った。誘拐されたマコと再開した時もこんな風だったな、と思いながら。

 前の時、マコは誘拐犯からの逃亡で疲れ切っていた。けれど今は、それほど疲労していたとは思えない。

 あの男と出会ったことが、マコにそれほど重荷だったのか、それとも彼をレイコに会わせてしまったことか。マモルには判らない。マモルに今できるのは、ただマコを見守ることだけだった。


 扉が控え目に叩かれた。マモルはマコの頭を軽く撫でてから立ち上がった。

「レイコさん。どうぞ」

 訪ねて来たのはレイコだった。

「マコは?」

 レイコは玄関に入って扉を閉めたが、室内には入らずにマモルに聞いた。

「今は奥で眠っています」

「そう。悪いのだけれど、少しの間、マモルさんのお時間を戴けるかしら?」

「はい、構いませんが。ここで? それとも別の場所に行きましょうか?」

 奥で眠っているマコを気にしながら、マモルは答えた。


「ここでと言いたいところだけれど、マコが起きてくるとまた暴れかねないから、一号棟の会議室で」

 その言葉で用件を察したマモルは、マコを置いて行くことが心配だったが、今はレイコに付き添った方がいいと考えて頷いた。

「解りました。澁皮(しぶかわ)一尉か矢樹原(やぎはら)二尉にマコさんを見ていてもらいますので、少しお待ちください。それとも、先に行っていますか?」

「いえ、一緒に行きましょう」

「ではすぐに」


 マモルは、一度寝室に戻ってマコが首に掛けているペンダントを手に取った。シュリの魔鉱石を額に当てる。

〈澁皮一尉、これから本条さんの依頼でマコの元を離れます。一悶着あってマコは部屋で眠っているので、澁皮一尉か矢樹原二尉に、交代を要請します〉

 マモルたち三人は、最近ようやく念話できるようになった。ただし、魔力操作能力が弱いので遠距離の通話は無理だ。しかし、魔鉱石の魔力を感知できる範囲内にいれば、魔鉱石を使って念話が可能ではないか、とマモルは考えた。そして、その考えは当たっていた。

〈これは、念話? 結構距離が離れているのに。……失礼。了解。矢樹原二尉に引き継ぎます。報告は後ほど詳しく〉

〈了解〉

 マモルはマコの胸元にペンダントを戻し、毛布を掛け直してから、レイコの待つ入口に戻った。


「お待たせしました。参りましょう」

「マコは大丈夫?」

「はい。すぐに矢樹原二尉が来てくれます」

 マモルの言葉通り、扉を開けると階段の下にすでにスエノが待っていた。マモルはスエノにマコを任せると、レイコと共に一号棟へと歩みだした。


「これから何をするか、お解りですよね?」

 レイコが聞いた。

「はい。あの男に会うのですね?」

「ええ。それでマモルさんには、護衛兼関係者として同席して戴きたくて」

「あの男の様子を見る限り、護衛は不要に思いますが。それに、自分では関係も弱いのでは」

「いいのよ。マコを同席させるわけにはいかないし。それに、万一あの男が下手なことを言った時に、わたしを止める人が必要でしょう?」

 何の感情も籠っていないレイコの笑みに、マモルは背中に冷水を掛けられたような気がした。


「それよりマモルさん、マコからあの男のことを何か聞いていますよね?」

「はい……」

 マコからは口止めされていたことではあるが、レイコとミノルが出会ってしまった今、隠し立てしても仕方がない。マモルはマコから聞いた、マコが祖父母から“父”について聞いていたこと、年の始めに誘拐された時の逃亡中にその男に遭遇したということを告げた。

「そう……。お父さんとお母さんがそんなことをマコに吹き込んでいたなんて気付かなかったわ。わたしからきちんと話していれば……いえ、それでも変わらないわね。思い出すのも嫌だからこそ、マコにアイツのことを話さなかったわけだし」

 ふっとレイコは息を吐いた。


 それを見てマモルは、この女性(ひと)も人の子なんだな、と改めて思う。普段は凛としてコミュニティを率いているが、折に触れて姿を見せる人間味が、皆がこの人に従う理由なのだろうとマモルは思う。

 今まで、レイコがそういう様子を見せる時は、必ずマコが絡んでいた。米軍に協力して危地に陥った時、それに誘拐事件の時。それを思うと、あの男もレイコにとってマコと同じほどに想いの強い人物ということになる。マコに対するものとベクトルはまったく異なっていようとも。


「どうかしました?」

 レイコがマモルの微妙な態度の変化を感じて首を傾げた。

「いえ、なんでもありません」

 気に喰わない人物を『お前に取って特別な人間だ』などと指摘されたら、大抵の人は気分を害するだろう。そう考えたマモルは、余計なことを何も口にしなかった。

「それなら別に構わないけれど」

 レイコもマモルを追及しようとはせず、二人はマンションの建物に入って行った。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 会議室に入ると、ミノルが一人で待っていた。身体の汚れを落とし、無精髭も剃られ、洗濯された服を着て小ざっぱりとしている。

 ミノルは二人の姿を見ると、と言うより、レイコの姿を見るなり、椅子から勢い良く立ち上がってレイコの前に土下座した。

「レイコ、すまなかったっ。この通りだ。許してくれとは言わない。しかし、償いをさせてくれっ」

「償い? それで許されるとでも思っているの?」

 レイコが口を開くなり、一気に空気が冷えた気がして、マモルはまた身を震わせた。


「許されるとは思っていない。オレが全面的に悪いと理解している。だからこうして、謝罪もするし、償いをさせて欲しいんだ。レイコのためなら何でもやるからっ」

「ふうん。ただの自己満足のために、アナタが近くにいることをわたしに我慢しろと、そう言いたいわけ?」

「い、いや、そうじゃない。オレはレイコに償いを……」

 ミノルは顔を上げて、懇願するようにレイコを見た。


「だからそれがアンタの自己満足だって言ってんのよ。自分で認めたじゃない。『許させるとは思っていない』って。許される気もないのにする償いなんて、自己満足以外のなんだと言うの?」

「う、ぐ、それは……それじゃ、オレはレイコのために何もしてやれないのか?」

「アンタがわたしのために出来ることは、わたしの目の前からすぐに消えて、二度と姿を現さないこと、それだけよ」

「そ、そんな……」

 ミノルは愕然と項垂れた。過去の過ちを償うために、はるばる危険な旅をしてきたと言うのに、それを正論で全否定されたのだから。


「そ、それなら、どうしたらレイコはオレを許してくれるんだ……?」

「許すつもりはない。アンタはこれから先、自分の行いを悔やみ続けて一生を終えればいい。わたしの目の届かない場所で」

「……」

 慈悲の欠片もない言葉に、ミノルはもう何も言うことができなかった。


「そうは言っても、今からここを出てもすぐに夜が更けてしまいます。野宿は少しでも減らした方がいいでしょう。部屋を用意するので今晩はここに泊まって構いません。必要な物資があれば可能な範囲で用意するよう言っておきましょう。近隣のコミュニティに身を寄せても構いませんが、わたしとマコには決して顔を見せないように。何か言っておくことはありますか?」

 冷たい声質はそのままに、しかし口調を改めてレイコは言った。


 ミノルはしばらく呆然としていたが、思い出したように口を開いた。

「解った。オレは立ち去る。その前に、娘にもう一度、会わせてくれないか?」

「何ですってっ!?」

 レイコを中心にブリザードが吹き荒れた。ようにマモルは錯覚した。ミノルはその勢いにたじろいだが、なんとか言葉を捻り出した。

「いや、娘にも謝っておきたいから……」

「アンタはっ、またっ、自己満足のためにっ、わたしの娘をっ、不快にさせる気ですかっ」

「ひいっ」

 レイコは床を鳴らしながらミノルに詰め寄り、ミノルは情け無くも悲鳴を上げた。


「そもそもマコはわたしの、わたしだけの()ですっ。堕胎(おろ)させるつもりでいたアンタのっ、わたしたちを捨てたアンタのっ、“娘”じゃないっ」

 レイコは、マコそっくりのフォームで右足を後ろに大きく振り上げた。そのレイコと床に這い蹲るミノルの間にマモルが立ち塞がった。

「レイコさん、そこまでです」

「マモルさんっ、退いてくださいっ。こういう男は二、三発痛い目を見せないと解らないんですっ」

「いいえ、退きません。この男からどんなに酷い仕打ちを受けていたとしても、無抵抗の人間に対し暴力を振るうことは許されません。それではこの男と同じになってしまいます。そんなことになったら、マコも悲しみます」


 レイコは一瞬、マモルを睨み付けたが、すぐに目を伏せた。

「そうね。そんなことをしたら、マコに呆れられてしまうわね」

 そう言って鉾を納めるレイコ。実際のところ、レイコがミノルを叩きのめしてもマコは何も思わないだろうとマモルは思ったが、レイコが落ち着いてくれたことに胸を撫で下ろした。彼としてもミノルに同情心は湧かないが、それでもレイコやマコの一方的な暴力を見過ごしてしまっては、自衛官としての本分に関わる。


「他に何もなければわたしは失礼します。部屋や必要な物資はここに案内してくれた管理人に申し付けください。マモルさん、行きましょう」

 有無を言わさぬ口調でレイコは言い、部屋から出た。マモルはミノルに一言声を掛けようとしたが、掛ける言葉を見つけれず、無言のままレイコを追った。


「すみません、みっともない姿をお見せして」

 会議室を出て誰の視線もないところで、レイコはマモルに頭を下げた。

「とんでもありません。自分の娘が関係するとなれば、冷静さを失っても当然のことです。それなのにレイコさんはあの男をここから立ち去るだけで許したのですから、むしろ立派です」

「許したわけじゃないのだけれど。わたしの目の届く所にいて欲しくないだけだから。

 それからありがとう。やっぱりマモルさんに居て戴いて良かったわ。もしあの男と二人だけだったら、蹴り殺していたかも知れないから」


「いえ、自衛官として当然のことをしただけです。正直、マコやレイコさんをこんなに怒らせる男など、自衛官という立場が無ければ自分が絞め殺していたかも知れません」

「マモルさんが自衛官で良かったわ。マコの旦那を人殺しにせずに済んだのだもの。

 今日は本当にありがとう。これであの男が素直に出て行ってくれれば、この件は終わりね」

「ええ、そうですね」


 しかし、事はそう単純には終わらなかった。事件は、翌朝に起きた。

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