12-4.魔力の再整理
マコは、二日間で魔力機関の改造を終わらせた。後の自動車の開発はお任せだ。数日の内に走らせることができそうだと聞き、マコはそれを楽しみに待つことにした。
自動車の目処が立っても、マコのやりたいことは終わらない。
(えっと、魔鉱石のことをもっと調べたいし、魔力を作る方法も調べたい。やりたいことを前に整理したっけ)
マコは異世界ノートを捲った。
・魔力の体外での生成方法
・魔力を魔力に変える条件を調べる
・体外に広げた魔力を維持する方法
・魔力による異物排除
「これに加えて、魔鉱石の使い道、出来ることの調査か。えっと、魔力を魔力に変える条件はいいかな。ちょっと整理してみよっと」
・魔力を魔力に変えるルール
・自分の魔力には、命令を与えられる
・他人の魔力には、命令を与えられない
・魔力を元にした魔力からなら、魔力に命令を与えられる。
・魔力を元にした魔力から、他人の魔力には命令を与えられない。
「こんなところかな。理由までは判んないけど、条件さえ解っていれば困らないし。だけどそうすると、魔力の分類を整理し直した方がいいかな」
マコは、異世界ノートの魔力の分類を書いたページを開いた。
・魔力
・魔力
・魔力
・魔力
・魔力
・魔力
・魔力
・魔力
・魔力
「まず、魔力と魔力と魔力って、魔力から区別できないのよね。けれど、魔力と魔力は区別できる。それに、魔力と魔力も区別できるのよね。でもそれが、魔力になっているかどうかは判らないっと。あと、魔力にも『名付け』できるんだよね。使い道があるかどうかは判らないけど。えっと、これを纏めると」
マコは異世界ノートにまた書き込んだ。
・魔力の種類による分類
・魔力……各個人の魔力。三種に分類できるが、魔力での区別は不可能。
・魔力……体内に貯めた魔力。
・魔力……皮膚の皮膜状の魔力。
・魔力……体表面上に留めた魔力。
・魔力……誰のものでもない魔力。
・魔力……魔力の残滓。感知不能。『名付け』や命令付与不可能。
・魔力の名前による分類
・魔力……『名付け』ていない状態。
・魔力……『名付け』た状態。固有名による区別も可能。
・魔力の命令による分類
・魔力……命令を与えていない状態。
・魔力……命令を与えた状態。
「こんな感じかなぁ。また後で変更が必要かも知れないけど。えっと、次は何をしよう」
マコはノートを見て考える。
「今まで考えて判らないことを続けるより、別のことをしようかな。その方が新しいことも思い付くかも知れないし」
そう決めたマコは、ノートの新しいページを開いて鉛筆を走らせる。
・魔鉱石について
・込めた魔力は魔力のまま。
・込めた魔力は魔鉱石の周囲二・一ミリメートルまで留まる。
・中に網の目のように魔力が張り巡らされている。魔力とも魔力とも違う。
・中の魔力に命令を与えて、込めた魔力を連動できる。他のこともできるかも。
・魔鉱石の魔力は遠隔からも操作できる(要練習)。
「今はこんなところかな。ほとんど何も判ってない……それじゃ、これからやることはっと。その前に、この魔力にも名前をつけよう」
・魔鉱石特有の魔力を魔力と呼ぶ。
・確認したいこと
・魔力の命令を消去できるか。
・魔力を取り出せないか。
・魔力をエネルギーや魔力・魔力に変換できるか。
・他の物質から魔鉱石を作り出せないか。
・魔鉱石を加工する方法。(瞬間移動以外で)
「とりあえず、こんなところかな。一つずつ、簡単そうなのから確認していこう」
マコは、魔鉱石の小さい欠片を一つ手にすると、魔力を伸ばした。全体に魔力を纏わせてから、残すことの無いように回収する。そして再び魔力を伸ばして魔鉱石を探る。
「やっぱり、魔力は残っているね。金属に込めた魔力も回収できないから、そうだとは思ったけど」
続けて、魔力を魔力に変えてみる。
「うん、できない。魔力にもできないなぁ。なんだろ、この魔力は」
さらに、与えた命令を消去できるか確認するために、魔力を使って魔力灯を作ってみる。
「あれ?」
魔力灯を作った時、普通なら命令を与えるために使った魔力が即座に反応して光に変わるはずだが、魔鉱石は光ることなくそこにある。手に持って見ても光らない。
「これって、命令を与えられていないってこと? だけど、隣接した魔力の情報共有はできたわけで……つまりは魔力の調整用?にしか使えないのかな。試してみるしかないよね」
マコは、魔鉱石の他に鋼板を用意して、実験を繰り返した。
魔鉱石や鋼板に魔力を込め、魔力に変え、魔力にしてまた魔力を込める。そうして判ったことを、異世界ノートに書き込んでゆく。
・魔力の性質
・魔鉱石の一部として取り込まれているらしい。
・与えられる命令は、魔鉱石に込められた魔力の操作に限られるらしい。
・命令を消去できる(魔力以外の魔力では消去できない)。
・魔力に与えられた命令
・魔力に魔力が触れた時、魔鉱石内の魔力で共有。
・込められた魔力を魔力に変える。
・魔力を魔鉱石の外部に留めないようにする。
「うーん、魔力や魔力とは根本的に性質が違うみたいね。えっと、魔力を外部に留めないようにしたら魔力機関の効率が上がるかな? ……あ、駄目だ、回転部分との隙間もなくなっちゃう。
魔力を魔力に変えるのは使えそう。魔力タンクの大きいのを作れるから魔力機関の出力を上げられる。魔鉱石が少ないからすぐは無理だけど。
今判るのはこんなところかなぁ」
魔鉱石の加工も考えたいところだが、それは後にした。マコの思いつくことは、熱で溶かす、薬品で溶かす、削る、くらいのものだが、どれも他人に内緒で試すのは難しい。
「家の中で温度を上げるのは危ないからなぁ。外でやるとみんなにバレちゃうし。薬品もないし。どこかの家にあるかも知れないけど、理由を聞かれると困るし。適当な何かで削るくらいかなぁ。それをやるにも、かなり硬いから大変だし、派手な音を立てないようにしないといけないし」
量が集まってからにしよう、とマコは魔鉱石の加工研究を後回しにした。
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自動車は、マコが改良型の魔力機関を納めてから二日後には動くようになっていた。
「早いですね。しかも運転方法が昔の自動車と似てる気がしますけど」
試乗させてもらった自動車の助手席で、マコは自動車技師に言った。
「ええ。以前のエンジン、魔力機関で一ヶ月以上培った技術がありましたからね。フットペダルでアクセル、ブレーキ、クラッチ、左手でシフトレバーとサイドブレーキと、以前の自動車とほぼ変わりません。シフトは、前進二段、後進一段だけで、最高時速も三十キロ程度ですが」
馬車に運転台の付いたような形状は変わらないが、ほぼ、以前と変わりない自動車が、転移して来た異世界に誕生した。漁船の時は、エンジンを魔力機関に入れ換えただけだったが、この自動車は従来技術と魔法の力を組み合わせて一から造り出した最初の物だ。この、技術と魔法を融合した道具こそが、異世界の標準的な道具に違いない、とマコは考えた。その考察が正しいかどうかは、確認しようがないのだが。
数日後、時間を作ったマコは、できたばかりの自動車に乗って、技師と大工とマモルと共に自衛隊の駐屯地を訪れた。自動車の製作がひとまず成功したことを通信で伝えたところ、駐屯地の魔力機関の改良と、自動車製作の技術支援を求められたためだ。
自動車には幌も付けて、万一の雨と、陽射しにも備えた。梅雨はそろそろ明けるが、陽射しが強くなる季節だ。
駐屯地で、試作していた自動車から下ろした魔力機関を、持って来た魔鉱石を使ってマコが改造する。車体は大工が、ギアやステアリングなどの構造は技師が、それぞれ支援して製作する。二人はしばらく駐屯地に滞在することになっている。
「やはり、元のトラックの車体を使うと重量が嵩んで、提供していただいた魔力機関ではパワー不足で」
マコは、マンションに帰る前に駐屯地司令や佐官数人と話し合った。
「そうですよね。乗って来たのも、時速三十キロくらいしか出ないって言ってましたし。魔力機関自体を大きくするか、或いは魔力機関の本体を魔鉱石で作れば、もっとパワーを出せるんですけど」
「聞きました。出来るだけ早急に採掘するよう、要請します。場合によってはここから人手を出すことも考えます」
「無理を言ってすみません」
「いえ、自動車ができれば他の駐屯地や基地との連絡もやりやすくなりますし、物流も増えれば復興も進みます。むしろ、最優先事項ですよ」
もっともそのためには、魔道具を作製できる人間も増やさなければならない。一人で作るなら、瞬間移動の能力も必要になる。魔鉱石を大量に確保できたら、次は人手がネックになってくるだろう。特別教室も頑張らないと、とマコは気を引き締めた。
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周囲のコミュニティと連携することで、生活もだいぶ軌道に乗って来た。個々のコミュニティだけではどうにもならないことも、複数のコミュニティが纏まることで解決できた。マコが欧州に行っている間の米軍の協力もあって、マンションを中心に、かなりの広範囲に渡って道路や通信線が整備され、さながら小さな国のようになっていた。
ここに自動車が加われば、さらに余裕ができるだろう。小さなトラブルは多々発生していたが、マンションを中心に概ね順調に新しい生活環境が整っていった。
その順調な生活の中、自衛隊の駐屯地からの自動車技師と大工の帰還と共に、極めてささやかな面倒事が、マンションにやって来た。