12-2.試行錯誤
マモルと初めて褥を共にしたマコは、一夜明けた翌日、朝食を摂ってからマモルを送り出した後で、思い付いたことを試すことにした。レイコからは「新婚旅行も行けないのだから、一週間くらい休んだら?」と言われていたが、マコとマモルはそれを固辞した。コミュニティがまだ完全に落ち着いたわけではないのだし、少し前に一ヶ月間も、すべてを任せきりにしていたのだから。
特別教室の講義はあるが、それ以外の時間をマコは自由に使える。自由と言っても、授業の準備やらそこで発覚した事実の整理やら、コミュニティ内での手伝いやらで、完全に自由な時間とは言えないのだが。
まずマコは、自動車鉱山から適当な大きさの金属を調達した。さらに木材も持ってくる。魔鉱石は昨日のうちに新居に運び込まれている。
「何からやろうかな。まずは魔鉱石で確認かな」
椅子に座ってテーブルに向かったマコは、金属や木材と一緒に、魔鉱石をテーブルに置いた。
マコは、魔道具に込める魔力を一つに纏めることを考えた。
元々、魔力はその境界が曖昧だ。マコも良く解っていない。魔力を一箇所に集めていけば、濃度が上がる。広く拡散すると、薄くなる。
魔力をエネルギーに変換すると、その分の魔力が消失する。これは濃度には関係なく、濃ければエネルギーが強くなるだけで、魔力の一部だけを変換して薄く残すことはできない。いや、できなくはないが、慣れないとかなりの気力を要する。
つまり、魔法の強さの調整は魔力濃度の調整が手っ取り早い。
魔力が濃淡を持っているだけで一纏まりのものならば、その一部だけをエネルギーに変換することはできないように思える。しかしそれができているのだから、繋がった魔力をどこかで分割していることになる。
(って言うか、意識することでそれをやっているんだよね。なら、意識しない魔道具は、と言うと)
魔力灯などの、単に『重なる魔力を光(エネルギー)に変換する』とはつまり、魔道具とその周囲の近く(〇・二ミリメートル以内)の魔力に重なっている魔力を、エネルギー変換していることになる。
(実際のところ、〇・一ミリと少し、なんだろうなぁ。ビニールの木の樹液を染み込ませた〇・一ミリの木版で大丈夫なんだから)
蓄積型魔力灯や魔力機関に使っている、『他の魔力に命令をコピーする』ことも基本的には同じだ。〇・二ミリメートルの範囲に、同じ理屈で次々と命令が伝播してゆく。
(それで、今やりたいのは魔力が触れていたら、重なる魔力をエネルギー変換する。魔力を検知するのは魔鉱石から削り出した板のこっち側で、魔力をエネルギーに変換するのは反対側……魔鉱石の魔力が一つに纏まっていれば、それができる気がする。えっと、魔鉱石は無駄にできないから……)
マコは、大き目の魔鉱石から一枚の板を切り出した。廃棄自動車から切り出した円柱の曲面に二ミリ離して沿うように少し湾曲させてある。
少し考えて、まずは円柱に魔力を込め、別に切り出してきた鋼板に魔力を込めておく。
次に魔鉱石に魔力を込める。
(えっと、どうすればいいかな。取り敢えずシンプルに、『魔力と重なったら、重なる魔力を光に変える』っと。……あ、これじゃ駄目なんだ。魔力も魔力の一種、って言うか、魔力に命令を付加したものが魔力なんだから。えーっと)
考えた挙句、『名付け』で『固有名』を与えることにした。魔力を魔力に変える時、『名付け』るわけだが、この時の名前に個性を持たせるられることは、今までに実験して知っていた。使い道がなかったので、今までこれを使った魔道具は作製していないし、授業でも教えていない。
(つまり、さっきの円柱の魔力を一旦解放、今度は魔力としてっと)
そして、魔鉱石に『魔力に重なったら、重なる魔力を光に変える』と命令を与える。その魔鉱石を降板に載せて、円柱を近付ける。何も起こらない。円柱を魔鉱石に触れさせても、下の降板は光らない。
「これだと、今までの魔道具と同じだもんね。円柱から〇・二ミリまでの魔力は機能しているはず。んー、試してみよう」
敷いているものとは別の降板に魔力を込めて近付けてみる。近付けた部分がぱっと光った。
「えっと、これをこの魔鉱石全体で連動させるにはどうすればいいか。うーん」
普通に込めたのでは今までと変わらない。何か方法はないものか。
「異世界ではどうやってたのかな。こういう使い方は考えた人がいなかったのかな。って言うか、思考順序がそもそも違うんだよね。あたしは魔法で異変前の道具を再現させようとしているけど、異世界の黎明期には“元の道具”なんてなかったわけだし。でも、文明が発展すれば、エンジンに当たるような魔道具も作られたはず。なら、あたしだってできない訳がない」
まったく理屈になっていない考えだが、そうマコは自分を奮い立たせて解決策を考え始めた。
マコは魔鉱石から何度も魔力を抜き、また注入し、魔力に変えて魔力を与えた。魔鉱石に込めた魔力は魔力のままなので、魔力に変えてみたり、命令を与えてから流し込んだりと、いろいろ試した。
「駄目だなぁ。どうすればいいかな。うーん。いっそのこと魔鉱石の中の魔力を使えないかな。魔力を繋ぐネットワークみたいにできないかな……?」
思いついた瞬間、脳裏で電球が光った気がした。これだっ!!
マコは魔鉱石に込めた魔力を解放し、再び自分の魔力を注入して、注意深く探り始めた。
(うーん、魔力自体は感じるけれど、どこにあるのか……少なくとも、通常の魔力みたいに全体に広がっているわけじゃなくて、部分的にピークがある……のとも違うかな。全体に、網を張り巡らされている感じ……まさにネットワークみたいに。これを上手く利用するには)
考えているところで、玄関の扉が開いた。
「ただいま」
「あ、マモル、お帰りなさい。あれ? もしかしてもうお昼?」
入って来たのはマモルだった。他の人がノックもなしに入って来たら問題だが。
マモルに魔力を伸ばしたままなのだが、魔道具の研究に没頭していて、心地いい感触を感じていたものの、彼がどこにいるのかまでは意識していなかった。
「もう正午は過ぎたよ」
「大変。すぐにお昼の支度するね」
「いいよ。俺がやるから。それくらいの魔法は使えるし」
「いいって。街の警備も疲れるでしょ。あたしもちょうど行き詰まってたとこだから、気分転換にご飯の支度するよ。マモルは休んでて」
マコは、テーブルの上を手早く片付けながら言った。
「それなら、二人で作ろう。その方が手っ取り早い」
「もう、強情なんだから」
二人は揃って調理台に立った。
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午後、魔法教室を終えてから再び魔鉱石と相対した。
(えっと、何も魔力を細かく把握してそれぞれに命令を与えるんじゃなくて、全体を包んでまとめて命令を与えちゃえばいいよね)
時間を置いたことで、マコは午前中に凝り固まりかけた発想を溶かすことができた。
(どういう命令を与えればいいかな。えっと、この良く判らない魔力はすでに魔鉱石の中でネットワークを組んでいるから、『魔力に入った入力を他の魔力と共有する』、いや、共有じゃなくて『転送する』かな?)
そもそも魔力に与える命令は、“言葉”で送り込んでいるわけではない。魔力が何を受けてどういう挙動をするか、イメージを送っているだけだ。
それでも、人間の思考では一度言葉にした方が、与える命令をイメージしやすい。少なくとも、マコにとってはそうだった。
そのため、できるだけイメージに近いとマコの思う言葉を意識した方が、魔道具を作りやすい。性能が上がると言ってもいいかもしれない。思い浮かべる言葉の少しの違いで、命令として与えるイメージが微妙に変わってくる。
そうして魔鉱石を魔道具に変えたマコは、午前中に試していた時と同じように、鋼板の上に魔鉱石を乗せ、金属の円柱に魔力を込めてから、魔鉱石に近付けてゆく。ぱっと、下にある降板が光を放った。
「あっ。できたっ。……けど、隅っこにちょっと近付けただけなのに全体が光るのは、改良の余地があるなぁ。魔力機関にしたら、常にフルスロットルになっちゃうよね……」
それでも、一番高いハードルは超えたことになる。
「あとは、えーっと、触れている魔力の量によって、魔力を変換する量と言うか面積を調整する……ってどうやればいいんだろう……?」
魔鉱石の魔力ネットワークに与える命令をもう少し複雑にすれば可能かも知れない。そして、マコにプログラミングの知識があれば、或いはそのような命令も思いついたかも知れない。
しかし、マコにプログラミングの知識はなかったし、複雑な命令を考える他の方法も思い付かない。命令を解除しては改めて命令を与えて、と繰り返したが、命令を複雑にすると、思った通りには動かない。そもそも、思い通りの命令を与えられているのかどうかも判らない。
「うーん、判んないなぁ。気分転換にちょっと散歩して来よ。マモルも家の外にいるし」
マコはテーブルの上を片付けて、家の外に出て出た。