12-1.結婚
「まさかこんなに展開が早いなんて……」
マモルと並んで雛壇の椅子に座っているマコは、変わってゆく景色を眺めながら、呆れたような、それとも疲れたような声を出した。
「マコ、誰かが来たら、そんな声出したら駄目だよ」
「解ってるよ。マモルにしか聞こえないように気をつけてる」
マコは顔に笑みを貼り付けたまま言った。
マコとマモルが結婚の件をレイコに伝えると、二人が思いも寄らない早さで準備が進められた。
キヨミがマモルの身体を目視で採寸し──キヨミの特技だ──、マコたちが欧州を訪れている間に譲って貰った足踏み式のミシンで、二人の結婚式の衣装を仕立てた。
新しい丸木小屋が、あっと言う間に建てられた。
広場の振り子時計を囲むように、円形の雛壇が造られた。しかもゆっくりと回転する機能付き。自動車技師が、魔力機関を試作自動車から取り外して回転台の動力として使っていた。
雛壇の周りにはテーブルが設えられた。
氷室には、大量の肉や野菜が蓄えられた。
すべての準備が、僅か一週間で整えられた。
結婚披露宴当日は早朝から沢山の人々がマコとマモルのために働いていた。
テーブルにクロスが掛けられ、調理された食事が運ばれた。
キヨミの仕立てた純白のドレスに身を包まれたマコは、マンション前からレイコに手を引かれて広場へとゆっくり歩いた。自衛隊宿舎前からは、タキシードに身を包んだマモルが、この日のためにやって来たらしい自衛隊駐屯地司令に伴われて、マコと同時に雛壇へと上がった。
ゆっくり回転する雛壇の上の椅子に二人が腰を下ろすと、マコの隣に立ったレイコと、マモルの傍に立った駐屯地司令が、二人のそれぞれを紹介した。その後で、マコとマモルが立ち上がり、簡単に挨拶してから揃って礼をすると、割れるような拍手が轟いた。
「なんだか大ごとになっちゃったね」
マコはマモルに言った。
「それは、本条さん……お義母さんから話があった時から解っていたんだろう?」
マモルが笑顔で答えた。
「うん、まあ、そうなんだけど。実際にこう、高い所から目にすると思っていたより凄いと言うか」
人々が入れ替わり立ち代わり、マコとマモルに祝いの言葉を持ってくる。二人は笑顔で礼を言う。ひっきりなしではないものの、こう多いと疲れてしまう。
「今の人、見覚えがないんだけど、マモル、知ってる?」
「いや、知らない。きっと、近くのコミュニティから来たんじゃないか? 海辺の街からも来ているようだし」
「うえー、レイコちゃん、どこまで宣伝したのよ」
マコは、外に出さないように溜息を吐いた。
そこへ、今度は小学生の一団がやって来た。
「先生、四季嶋さん、結婚おめでとうございますっ」
「「おめでとうございま~す」」
先頭にいたヨシエが言い、他の子たちが唱和する。みんな、魔法教室の生徒たちだ。今や、全住民が生徒ではあるが。
「みんな、ありがとう」
マコは笑顔で答える。
「それでね、先生たちにお祝いがあるの」
「本当? 何かしら?」
「みんな、やるよ。せーの」
ヨシエが音頭を取ると、子供たちは掌を上にして手を捧げた。そこから、昼間でもはっきりわかるほどに明るい、色とりどりの光の柱が立ち上った。幾何学模様を描く光が乱舞する。
上げた掌から上空一メートルほどで踊っていた光の中から、一本の光が抜きん出て、マコとマモルの頭上で二人を祝福するように輝き、そして、消えていった。
周りから大きな拍手が鳴り響く。手を下ろした子供たちは、周りの喝采に少し恥ずかしそうにしながらも、やり遂げた満足感を溢れさせていた。
「ありがとう。素敵だったよ。いつの間にかみんな上達してるんだね。光の色を変えるのも、教えてないのにできるようになって」
「みんなで練習したんだ。ちょっと苦労したけど」
「みんなもう、あたしが教えなくても平気だね」
マコは、生徒たちが自主的に多色発光を覚えたことに感動していた。
「ううん、先生には、まだ色々教えてもらわないと」
「アタシたちじゃできないこと、先生色々できるもん」
「これからも、よろしくお願いします」
子供たちは、最後にマコに揃って頭を下げて、雛壇からまだ拍手の鳴り止まない広場に戻って行った。
「先生、慕われているね」
マモルがマコに優しく言った。
「あはは。魔法ってみんな興味あるからね。あたしが国語とか算数を教えてたら、教え方もわかんないし、ここまで慕われなかったよ」
「いや、マコならなんでも大丈夫だったんじゃないかな。そういうオーラがあるって言うか」
「そんなことないって。あたし、元々引き籠もりなんだから」
「そうは思えないけど」
「ほんとほんと。魔法を教えることをきっかけに、少しずつ克服した感じかな」
「そういう魔法を知らず知らずのうちにかけていたのかもね」
「そんな魔法はないって」
そこへ次の人が挨拶に来て、短い二人きりの会話は途切れた。今日が終われば、二人きりで話す時間はいくらでもできる。今日はコミュニティの活性化のための人形役を務めよう、と思うマコだった。
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「これからここでマモルと生活するんだね」
陽が西に傾いて来たところで、二人のために建てられた簡易住宅の丸木小屋に初めて入った。他の簡易住宅と違いはない。入ってすぐ広い部屋になっていて、奥に四つの小部屋があるだけだ。テーブルや椅子などの家具もある程度は用意されている。大工たちから二人への結婚祝いだ。
「そうだね。これからはずっとマコと一緒にいられるよ。そうそう、ずっと言えなかったけれど、今日のマコは一段と綺麗だったよ」
「えへ。ありがとう。マモルも格好いいよ」
マコはきゅっとマモルに抱き着いた。マモルはマコの頭を愛おしそうに撫でた。
「今日はこのまま寝たいな」
「せっかくのドレスが台無しになるよ」
「そうだよね。でも、結婚式って大変だね。こんなに疲れるものだとは思わなかった」
マコは部屋の中と外に魔力を伸ばした。グラスを二個、テーブルに瞬間移動させ、さらに井戸の底にも魔力を伸ばして水を直接グラスの中に移動させた。
「それでも楽な方だったと思うよ。神主や神父を呼んで本格的な式にしていたら、もっと大変だっただろうし」
二人は身体を離し、椅子に座って冷たい水を飲んだ。
「そうなんだろうね。でも、ケーキが出て来たのには驚いたよ。クリームとかどうしたんだろう?」
「家畜の乳を搾ってそれで作ったんじゃないかな。俺はそれより、米軍がお祝いに来たことに驚いた」
「あ、あたしも」
何度も会っている女性士官が、護衛の兵士二人と共にマコとマモルに祝辞を述べてくれた。ご丁寧に祝いの品も持って。住民たちにプレッシャーをかけないように配慮したのだろう、挨拶するとすぐに帰ったが。
「マコとの関係をこれからも大切にしたいんだろうね」
「でもそれなら、スパイなんて潜り込ませないで、兵士を堂々と派遣すればいいのに」
「それが軍隊、いや、国家というものだから。表で付き合うだけでなく、裏で嗅ぎ回るのは仕方がないことだよ」
そんなのもなのかなぁ、とマコは思う。
「そうそう、マモル、レイコちゃんと何か話してたけど、何を話してたの?」
思い出したようにマコは聞いた。
「大したことじゃないよ。いや、俺にとっては大したことかな。改めてこれからもよろしく、ってことと、お義母さん……レイコさんを、『お義母さん』と呼ばないように頼まれた」
「あ、そっか。マモル、あたしよりレイコちゃんに歳近いもんね」
マコは笑った。
マコの言うように、マコとマモルは十歳違い、マモルとレイコは六歳違いだ。レイコとしても、弟のような年齢のマモルに母親呼ばわりされるのは抵抗があったのだろう。何しろ、実の娘にすら『レイコちゃん』と呼ばせているくらいなのだから。
「別に気にする必要ないのにね。マモルの義母になるのは間違いないんだし」
「レイコさんも女性だからね。年齢を感じさせる呼び方はして欲しくないんじゃないかな」
「レイコちゃんらしいと言えばらしいかな。あ、そう言えば、マモルの着替えは?」
マコは話題を変えた。今夜からここに住むのに、何もないでは始まらない。
「昨夜まとめておいたのを、隊の連中が持って来ているはず」
「あたしのも。見てみよ」
二人一緒に、奥の部屋を見に行く。二つの部屋には箪笥が一個ずつと二人それぞれの荷物、もう一つの部屋には大きなベッドが一つだけあった。残る一部屋は空いている。
「……ベッド、一つだね。この大きさなら、二人で充分寝られるけど」
マコは、言葉に期待を乗せて言った。
「……そう、ですね」
マモルは、歯切れ悪く答えた。そんなマモルを、マコは不思議そうに見上げた。
「マモル、あたしと一緒に寝るの、嫌? 海辺に行った時もそうだったけど……」
マコの瞳がやや翳るのを見て、マモルは慌てた。
「あ、いや、そのマコと一緒に寝るのが嫌なわけじゃなくて、その……」
マモルは言い淀んだが、意を決して言った。マコに余計な隠し事はしたくない。
「その、俺、マコさんと寝たら、自分を抑える自信がないのと、それに、以前それで失敗していて……」
マモルはベッドに座り、過去の体験を告白した。高校生の頃に一度、女性と付き合った経験があること、我慢できずに襲い掛かり、それでいて萎えてしまい、相手に幻滅されたことを。
「そんなの、関係ないよ」
マコは、ベッドに乗って膝立ちになり、マモルの頭を抱いた。
「あたしは、マモルが好き。とっても好き。世界で一番好き。だからいつでもマモルを受け入れるし、何があっても幻滅するなんてことないよ」
「マコ……」
「昔のことは昔のことだよ。マモルとあたしの時間はこれから始まるんだから、これから楽しい思い出を作ってこ。ううん、これからの人生、全部二人で楽しくしてこ」
「……そうだね。マコと二人だったら、これからはずっと楽しくなるよ」
マコがマモルの頭を解放した。マモルはマコを見た。ベッドに腰掛けているマモルと、ベッドに膝で立っているマコの顔が、ゆっくりと近付いた。