2-0.偵察任務
ウラジオストク、いや、沿海州南部との通信が途絶えた翌朝、ロシア軍は地上と空から偵察部隊を派遣した。
連邦道路A370を通って沿海州へと入った地上部隊は、しばらくは何事もなく進む。しかし、異変はやがて起こった。
「分隊長っ、グロナスとの接続が切れましたっ」
「なんだと? 全車停止」
四台のジープが即座に命令に従う。
今回の任務は、ハバロフスクからウラジオストクまでの、A370沿線の偵察が任務のため、衛星測位システムを使えなくとも支障はない。しかし、始まったばかりで、通信途絶地帯の住民とも、いるかどうかも判らないは“敵”とも遭遇する前からの不具合だ。見過ごすわけにもいかない。
「ハバロフスクと連絡を取れ」
すぐに通信士に命ずる。
「定時連絡の時間まではまだありますが」
「異常は既に発生している。すぐに連絡だ」
「はっ」
しかし、その命令が果たさせることはなかった。
通信士が命令を拒否したわけではない。
「分隊長、ハバロフスクと連絡が取れませんっ」
「何? 他の基地や部隊との連絡は」
通信機としばらく格闘した通信士は、頭を上げて分隊長に報告した。
「駄目です。どこも応答しません」
「……沿海州南部との通信が途絶えたことと同じか」
分隊長が唸る。
「どうします? 一時撤退しますか?」
部下の一人が聞く。
「まだ何の任務も果たせていないのに、通信が途絶えただけで退くわけにはいかない。作戦続行だ」
「はっ」
再び四台の車輌が走り出す。が、左手の森から現れた物体を前に、急停車した。
「なんだ、あれは?」
分隊長が小さく言った。が、呆然としていたのはほんの一瞬だ。
「総員、戦闘態勢っ」
運転手と機関銃の射手を残して全員が降車、前方に現れたソレに自動小銃の銃口を向ける。
彼らの前にのっそりと現れたソレは、トカゲのようだった。しかし、その大きさはトカゲのそれではない。目測で全長十メートルはあるだろうか。この辺りに、こんな大きなトカゲの存在は知られていない。いや、世界でもここまで巨大なトカゲなど、存在しないはずだ。
「ジ……ジラント……」
兵士の一人からそんな言葉が漏れたのも無理もない。翼こそ無いものの、全身を鱗に覆われたそれは、伝承の竜にも見えた。
巨大トカゲは四台のジープを前に立ち止まり、後ろに伸びる長い尾を左右に揺らせている。その口が大きく開いた。
「グアァァァァァァァッッッ」
咆哮が轟いた。左右の森から何羽もの小鳥が飛び立つ。飛び去るそれらが彼らの見覚えのない姿であることに、兵士たちは気付かなかった。それどころではない。
「撃てっ」
ズダダダダダダダダッ。
分隊長の命令と共に、自動小銃と機関銃が一斉に火を噴く。巨大トカゲはその巨体に似合わぬ敏捷性を見せて左右に飛び退くが、何十発かの銃弾は当たっているはずだ。
しかし、当然ながら巨大トカゲは防戦一方では無かった。
「撃ち方、止めっ」
分隊長の一声で銃声が止まる。容赦無い銃撃で巨大トカゲは煙に包まれている。兵士たちが油断なく銃を構える中、硝煙の中から巨大な尾が現れ、横薙ぎに薙ぎ払われた。
「がぁっ」
三人の兵士が吹き飛ばされる。尾の一振りで硝煙が晴れ、無傷の巨大トカゲが姿を現した。自動小銃も機関銃も、巨大トカゲの鱗を傷付けることは叶わなかったらしい。
「分隊長っ」
兵士の声を聞くまでもなく、分隊長も彼と同じものを視認した。右手の森から現れた、もう一体の巨大トカゲ。
「退避っ、総員退避っ」
分隊長の命令一下、兵士たちは動いた。運転手は即座に車輌を後退、向きを百八十度変える。巨大トカゲに吹き飛ばされた兵士をそれぞれ二人ずつが抱え上げ、全員が乗車すると同時に全速力で走り出す。
ゴワッ。
全速で退避する彼らの背を、炎が煽った。巨大トカゲが火を吹いたらしい。
「……嘘だろ」
一人の兵士の呟きは、全員の気持ちを代弁したものだった。




