11-8.魔鉱石と魔力
魔鉱石という新しい可能性を入手したマコは、特別教室の準備の息抜きに、それについて色々と調べた。
(えっと、普通の金属とは比べ物にならない量の魔力を込められるのよね。しかも魔力のまま。まずは何からやろうかな……)
一つずつ確認していこうと、マコはまず、魔鉱石に注入した魔力の回収を試みる。自分の魔力を込めた魔鉱石へと魔力を伸ばしたところで、回収可能な気がした。自分の伸ばした魔力と魔鉱石の魔力を区別できない。
回収してみると、何の問題もなく魔鉱石から魔力を抜き取れた。魔鉱石を形作っている(らしい)未知の魔力はそのまま残っているし、何度か注入と回収を繰り返しても、魔鉱石自体が変質することもなさそうだ。
(忘れない……とは思うけど、書き留めておいてっと)
マコは異世界ノートに確認したことを書き込んでおく。
(今度は、どれだけの魔力を込められるか。昨日の感じだと魔鉱石の表面二ミリくらいは外にも留まっていたけど、もっとたくさん込めたらどうなるんだろう?)
魔鉱石に魔力を込めてゆく。魔力を詰め込むだけなら、魔鉱石ではないただの金属でも、石や木片でも、無限に込めてゆける。魔力濃度を高めるだけの集中力が必要になるが。
しかし、込めた魔力も濃度を高めるための集中をやめてしまうと、次第に魔力が物質の外へと拡散してゆき、適当な濃度まで薄くなってしまう。
今までは、蓄えられる魔力濃度は物質の比重に比例しているようだった。けれど、魔鉱石は金属よりも比重は小さいように思えるが、高濃度の魔力を蓄えられる。そればかりか、魔鉱石の外にも魔力を留めるという、生物のような性質を持っている。
目一杯魔力を込めてからしばらく待ち、魔鉱石を探る。表面の魔力の厚みは二・一ミリメートル。さらに魔鉱石に魔力を注入するが、厚みは変わらない。
(と言うことは、これが魔鉱石の魔力保持能力ってことかな。だいたいの人が一ミリから二ミリってことを考えると、割と高めだね。次はっと)
この結果も異世界ノートに書き込んで、次の実験に入る。
魔力を込めた魔鉱石を机に置き、椅子から立ってベッドに座る。目を閉じ、遠隔で感じる魔鉱石の魔力を意識する。机を感じる。魔力を広げるように操作して感じる範囲を広げようと試みる。
(あ、駄目だ。身体の魔力を広げても意味がない。えっと、机の上の魔鉱石に意識を集中、身体の魔力は動かさないようにして……)
じわじわと魔鉱石から魔力が滲むように出てきて、魔力が広がってゆく。厚みは四ミリメートルほどになっている。
(よしよし。いい感じ。……あ)
ぼわっと身体から魔力が広がる。魔鉱石への意識の集中が切れた。少し広くまで感知できていた机の上板の範囲が元に戻ってゆく。
「うーん、難しいけど、なんとか操作できそう。練習しないとね。ついでに」
魔鉱石の周りの魔力を光に変えてみる。一瞬、魔鉱石(の周囲)が眩い光を発した。
「あ、できた。まあ、操作ができるならエネルギー変換もできるよね。これも纏めておいてっと。……でもこれ、魔力タンクとして使えるってことだよね。魔力総量が少ない人なら、毎日貯め続ければ普段の魔力総量以上の魔力を使えることになる……魔法がもっと一般的になったら、すごく重要な道具になりそう。実際、異世界には魔鉱石を使った道具があるんだろうな。って言うか、魔鉱石が魔道具の主な原材料なんだろうな」
マコも、魔鉱石を使えば魔道具を効率良く作れると思えばこそ、魔鉱石の入手を自衛隊に依頼したのだ。元の異世界で使われていないわけがない。もっとも、マコの唱える異世界転移仮説は所詮は仮説に過ぎないので、異世界の存在が確認されたわけではないのだが。
「次はっと」
机に戻って異世界ノートに走らせていた鉛筆を置いたマコは、再び魔鉱石に向き合った。魔鉱石から魔力を抜き取り、改めて魔力を魔鉱石に伸ばす。魔力を魔鉱石に魔力として留められないか、試してみる。十分に溜めてから魔力を切り離してしばらく待ち、改めて魔鉱石の魔力を探る。
「うーん……」
魔鉱石に込められた魔力はマコの魔力のままだった。
「そうだよねぇ。そもそも金属に魔力を込める時だって、込めた時は魔力のままで、魔力を離すと後から魔力になるもんね。魔鉱石に入れる前に魔力になっていればいいんだけど。
魔鉱石に魔力を貯めた時に魔力にならないと魔道具の魔力タンクとして使い難いんだけど……どうしよう」
試しに、魔鉱石に貯まった魔力を魔力に変える要領で魔力に変えてみる。それは成功した。
「でもなぁ。一般的じゃないよねぇ。エネルギーに変えるのは割と簡単で誰でもできるけど、魔力に変えるのはコツがいるからなぁ」
魔鉱石を魔力タンクに使えれば、魔力機関の出力を飛躍的に向上させることができる。魔鉱石に高濃度で魔力を貯められると解った時に最初にマコが考えたのがそれだった。
(魔道具は、魔力があれば、魔力を物に込めることがだけできれば、誰でも使えるようにしておきたいしなぁ。なんとかならないかなぁ)
考えてみたが、すぐには解決方法を思いつきそうにない。
(まあいいや。あとで考えよう。いきなり全部上手くいくなんて、稀なことだし。それから、確認したいことはっと)
マコは異世界ノートと魔鉱石を机の引き出しにしまって、自衛官たちに会うために外に出た。
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外で三人の自衛官に自分のやることを伝えたマコは、部屋に帰ってから、三人の魔力の込められた魔鉱石の一部を楕円形の薄い板状に切り出した。厚みは一ミリメートル。長軸の片隅に小さな穴を空け、全体をビニールの木の樹液で覆って割れないように保護し、机の引き出しを引っ掻き回して見つけた細い鎖に通してペンダントにした。
「これなら、寝てる時に着けたままでも気にならないかな」
これで、万一のことがあっても魔鉱石を手離してしまう可能性が低くなる。何より、眠っている間もマモルの魔力を感じていられる。もっとも、マモルの魔力に関して言えば、マモルに渡した魔鉱石の魔力でも感じているし、夜中も机に置いた巾着袋に魔力を伸ばしているのだが。
これを作る前に自衛官たちに連絡したのは、魔力の込められた魔鉱石を分割することで、彼らが混乱するかも知れない、と考えたためだ。意識しないと遠く離れた魔鉱石の魔力を忘れていられるが、彼らはマコの護衛だから、常とは言わずとも頻繁に意識しているだろうから。
続けてマコは、次の実験を始めた。
(これは気を付けないとね。下手すると魔力が無くなっちゃうから、回復するまで待たないといけなくなるし)
まず、シュリとスエノの魔力を込めた魔鉱石から、それぞれ厚さ三ミリメートルの楕円版を切り出して重ねる。次に、台所から持ってきた割り箸の先に、ゴミ置場から適当に持ってきた鋼板を挟んで魔力を込める。
(それからっと)
鋼板の魔力に命令を与えて魔力に変換する。与えた命令は、『重なる魔力以外の魔力に《重なる魔力以外の魔力に同じ命令を与えて光に変わる》命令を与える』とした。以前、マコが懸念した、『すべての魔力を連鎖的に無に帰し兼ねない魔道具』だ。
これから行う実験の結果如何に関わらず、この魔道具の作り方を他人に教える気は今のところない。しかし、確認しておく必要はある。
マコは最近、この魔道具では『すべて』の魔力を連鎖的に消去することは無理ではないか?と考えている。
魔力に命令を与える際、自分の魔力に命令を与えることはできるが、他人の魔力に直接命令を与えることはできない。しかし、魔道具の魔力を経由すれば他人の魔力にも命令を与えられる。
と言うことは、魔道具(魔力)から誰かの魔力に命令を与えることはできても、誰かの魔力から別の人の魔力には命令を与えられないのではないか、とマコは考えたのだった。
自分の魔力を触れさせないように、割り箸を持って先端に付けた魔道具を、重ねた魔鉱石の上、シュリの魔力が込められた魔鉱石に近寄せる。魔道具の魔力が影響を与える範囲は精々〇・二ミリメートルほどだから、直接触れさせても、下のスエノの魔力を込めた魔鉱石に影響を与えはしないはずだ。
魔道具でゆっくりと魔鉱石に近付けると、魔鉱石が光を放つ。すぐに離して、机の少し離れた場所に割り箸を置く。
少し時間を空けてから、マコは重ねた二枚の魔鉱石に魔力を伸ばした。
「あ、思った通り。スエノさんの魔力は残ってる」
マコに解るのは、『魔力』があるということだけで、自分の魔力(とマモルの魔力)なら区別をつけられるが、他の人の魔力に至っては魔力との区別すらつけられない。いや、違う魔力であることは比べれば判るものの、比較対象がないと判らない。だから、魔力錠を作る時も対象人物の魔力に直接触れて『この魔力』を対象に作っている。
今も、残っている魔力がシュリのものかスエノのものか、自分の魔力で触れただけでは判らないが、重ねた魔鉱石を離すと、スエノの魔力を込めてあった魔鉱石にだけ、魔力が残っていることが確認できた。
「これで心配が一つ減ったかな。これも書いておかなくちゃ」
マコは、うっかり触ってしまう前に鋼板の魔力を魔力に変えてから、異世界ノートに以前書き込んだ蓄積型魔道具のページを開いて、当時懸念していた内容を線で消し、新しいページに新事実を書き込んだ。
(まだまだ解らないことがあるからなぁ。一つずつ、考えていこう)