11-4.土産と報告
マコを迎えに来たのはレイコだけではなかった。
「先生、お帰りなさい」
ヨシエが笑顔でマコを迎えた。
「お帰りなさい。荷物持つよ」
フミコがマコの後ろに回って背負っていたリュックサックを持った。
「ただいま。ありがとうございます。それじゃお願いします。ちょっと重いから気を付けてください」
マコは素直に言葉に甘えて、リュックサックから腕を抜いてフミコに任せた。
自衛官や兵士たちもすぐに追い付き、一行は再びマンションへの道を歩み出した。
マンションに着くと、マコは米軍兵士にお願いして一部の荷物を下ろした後、残りを氷室の一つに入れてもらった。
「フミコさん、これお土産です。ご家族で召し上がってください」
「ありがとう。いいの?」
「はい。フミコさんにはお世話になっていますから」
米兵は敬礼した後カートを押してヘリコプターへと戻って行き、フミコとは入口で別れ、自衛官二人は一旦会議室へと入った。
マコは、レイコとヨシエと一緒に、ひと月振りに家に帰った。
「はあ、やっぱり我が家が一番落ち着く。あ、レイコちゃん、ヨシエちゃん、これお土産。こっちはクッキーで、こっちのマグカップはみんなに一つずつね。あとこれ、帰りに米国で観光してきた写真」
マコは居間のソファーに座って言った。
「先生、お母さんやお姉ちゃんにも?」
「うん、お世話になってるからね」
「マコ、氷室に入れていた荷物は?」
レイコが聞いた。
「あれは、マンションのみんなへのお土産。チョコレート。五千個買ってきたから、みんなに一個ずつは行き渡ると思う。小さいけど」
「そこまで気にしなくても良いのに」
「チョコレートなんてみんな、しばらく食べてないだろうし。たまにはこういうこともないと、やる気も続かないでしょ」
そう言ってから、マコは大きな欠伸をした。
「時差ボケじゃない? ゆっくり寝ていいわよ」
「うん、そうする。あ、米軍の士官さん、来るって言ってたよ」
「ええ。澁皮さんと四季嶋さんも待っているし、行ってくるわ。ヨシエちゃん、悪いけれど、そろそろキヨミを散歩に連れてってくれる?」
レイコはまた会議室へと出掛けて行き、マコは重くなって来た眠気に誘われるように自分の部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ。
ヨシエは、マコと一緒に部屋に行って、すぐに寝込んでしまったマコの身体に毛布を掛け、その寝顔に「おやすみなさい」と小さな声で言ってから、キヨミを散歩に連れ出した。
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マコが眠っている間に、レイコはマモルとシュリ、それに、やって来た米軍士官から、欧州での行動を聞いた。
「地竜二十体以上を一瞬で、ですか……」
「はい」
マモルから状況を聞いたレイコの脳裏に浮かんだのは、シュリがドイツでマコに語っていたのと同じ内容だ。つまりは、米軍がマコへどんな対応を取るか、ということに他ならない。
しかし結局のところ、友好関係を継続していくしか方法はない、と米軍が考えているだろうことと同じ結論にしかならなかった。
さらに、ベルギーでの対魔法使い戦を聞いて、レイコは不愉快にもなった。マコが米軍の道具にされてしまうことは、レイコにとって看過できない事態だから。
しかし、女性士官とシュリの説明で、魔法使いを止めないことには飛行機の離陸が危ぶまれたことと、マコがきちんと報酬を要求していたことを聞いて、矛を出すことはなかった。
続いて、現在米軍が行なっている復興への協力は、あと三日で終了することになった。元々はマコが帰国するまでという契約だったが、米軍の受け持っている復興作業が中途半端になってしまうことと、マコに敵対的な魔法使いの対処を依頼したことの報酬の一部として、ということだ。レイコとしても元々の契約から大きく外れる事ではないので、その内容で合意した。
マコの購入して来たマンション住民全員への土産は、管理部の住民の手で八個ある氷室に分散され、それぞれの棟と簡易住宅に回覧板で通達された。
その通達で住民たちは、マコの帰還を知り、また、久し振りの甘味を喜んだ。
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マコが目を覚ますと、辺りはまだ暗かった。隣ではヨシエが安らかな寝息を立てている。
(うーん、体内時間がずれてる……無理にでも朝まで寝た方がいいよね……でも眠れそうにないなぁ……ちょっと散歩して来ようかな)
魔力を全体に広げると、マンションの近くにマモルを感じた。今は彼が護衛の時間帯らしい。
隣のヨシエと床のタマを起こさないようにそっと部屋を出る。帰って着替えもせずに寝込んでしまったので、服を着替える必要もない。
音を立てないように玄関まで行って靴を履くと、マモルの傍に瞬間移動した。
「マコさん。驚かさないでください。それに、しっかりと休んでください」
口調はやや厳しいが、目元は優しく微笑んでいる。台詞の割に驚いていないのは、彼もマコの魔力を感じていたからだ。
「ちょっと目が覚めちゃって。少ししたら戻ります。マモルさん、少しお散歩付き合ってください」
「はい、お供します」
二人は広場の中央へとゆっくり歩いた。
「ひと月の間に結構変わってましたね」
「ええ。このコミュニティ内は見た目はあまり変わりませんが、周囲のコミュニティへの道路も整備されて、その周辺の空いている土地にも家を建てているそうです。マンションの同居も減っているそうです」
「へぇ。あたし、帰ってすぐに寝ちゃったから聞いてないや」
「海辺の街への道中に治安の悪い地域があったのですが、そこの人々もまとめたそうですよ。ここを中心に結構な広範囲で、一つに纏まっているようですね」
「へぇ。レイコちゃん、政治力はなさそうなこと言ってたけど、下手な政治家以上に有能ですよね」
「ええ、自分もそう思います」
二人は歩道を歩いて、巨大万年カレンダーのある開けた場所に来てベンチに座った。
「いつの間にか、あんなのもできてたんですね」
マコの視線の先には、大きな振り子時計が時を刻んでいた。
「ええ。自分も驚きました」
「今までは日時計だけでしたもんね。時間は正確に判った方が便利ですし。同じ時間をみんなで共有できた方が、かな?」
「そうですね。隊の作戦も時間を合わせることが重要ですし」
「……マモルさん」
マコは身体をずらして、マモルとの間にあった拳一つ分の空間を埋めた。頭をマモルの肩に凭せ掛ける。マモルは少し驚いたが、できたばかりの恋人を受け入れた。
「マモルさん、こんな世の中になっちゃったけど、あたし今、とっても幸せです」
「じぶ……俺も、後にも先にも、今が一番幸せです」
「違うよ、マモルさん」
「マコさん?」
マモルは首を傾げた。
「あたしはね、これからマモルさんといることで、毎日毎日、幸せな日々を過ごしていくの。後を見たら今が一番だけれど、これから先は毎日が一番幸せな日々になっていく、ううん、して行くんだよ」
「……そうですね。俺も、マコさんと一緒なら毎日一番の幸せを送っていけます」
マモルは自分よりずっと小さな少女を優しく見下ろして微笑み、頷いた。
マコとマモルは、暗闇の中でいつまでも肩を寄せ合っていた。
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翌日の午前中、マコは一度家を出た後、マモルを伴って帰って来た。
「何かしら? 二人揃って話って」
マコに、しばらく家で待っているように言われたレイコは、居間で二人を前にして、素知らぬ顔で尋ねた。
「本条さん」
「はい」
マモルの突き刺すような真剣な瞳を、レイコは柔らかい微笑みで包み込むように受け止めた。
マモルは、内心の緊張を表に出さないようにと高鳴る心臓の鼓動を抑えつつ、レイコの視線に推されないように目に力を込めた。
「本条さん、このたび御令嬢のマコさんと結婚を前提にお付き合いさせて戴くことになりました。本日は、そのご報告に上がりました」
言い切ってから、マモルのはごくりと唾を呑み込んだ。マコに告白した時よりも緊張している。
なかなか告白する勇気が出なかったものの、マコが自分に好意を持っていることを、マモルは薄々感じていた。他人が見ても見え見えだったマコの態度に『薄々』としか感じていなかったのは、彼の自信のなさの表れかも知れない。
しかし、その母親のレイコがどう思っているのかは、マモルには判らない。激しい感情の動きはさすがに見て取れるが、穏やかな時の彼女の情緒はマモルにとってまったくの謎だった。
マモルにとって無限にも思える数秒の後、レイコは満面の笑みを浮かべた。
「四季嶋さん、いえ、マモルさん」
「は、はいっ」
「不束な娘ですが、末永くよろしくお願いいたします」
「……は、はいっ! こちらこそ、よろしくお願いいたしますっ!!」
深々と頭を下げるレイコに、マモルは勢い良く立ち上がってテーブルにぶつけそうな角度で頭を下げた。