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11-3.帰国

「四季嶋くん、漢を見せたねぇ」

 基地に帰って落ち着くと、スエノが言った。完全に揶揄い口調だ。

「……なんのことでしょう?」

 マモルは冷や汗を流しながら、同じレストランにいたとは言え、あれだけ距離があったのだから、と心を落ち着かせている。

「『こんな状況の中、いつになるか判りませんが、結婚を前提として、お付き合いさせて下さいっ』」

 スエノがマモルの口真似をし、若干強調して言った。途端にマモルとマコの頬が朱に染まる。


「揶揄わないで下さいっ。って言うか、どうやって聞き取ったんですかっ」

 マモルがマコに告白したレストランに、確かにシュリとスエノはいた。しかし、距離が離れていたので、言葉を聞き取ることは不可能だったはずだ。

「最近の、と言うより、米軍御用達のスマートフォンって、ものすごく性能がいいのよ。例えば、マイクの指向性も集音性能も、音響のプロが使う機材並に」

「それで、自分たちの会話を盗み聞いていたわけですか」

 マモルは溜息を吐いたが、頬はまだ赤い。もちろん、マコの頬も。


「せっかくだから、音声データも持ち帰ろうかと思ったんだけど……」

「やめてくださいよっ」

 マコが思わず立ち上がって言った。

「……だけど、持って帰っても再生できないから、諦めたのよね」

 それを聞いてマコは胸を撫で下ろしつつ、椅子に腰掛ける。

「もしも持って帰るようなことがあっても、あたしが処分しますけど」

「それはどうやって?」

 面白そうに見ているだけだったシュリが聞いた。

「あたしは魔法使いですよ? あたしにとって都合の悪い物を処分するなんて簡単です」

「そう言うことね。マコさんがその気になれば、物を盗み放題よね」

「やりませんよ?」

「解っているわ」


 瞬間移動を使えば、証拠を残すことなく窃盗が可能だ。証拠を押さえようとしたら、魔力を感知できる人が予め現場を張っていなければならない。そんなことは、マコでも不可能だ。

 二度の異変で三億人以上の人々が魔力を手にしたから、もしかするとマコを遥かに凌ぐ魔法使いもいるかも知れない。しかし、今のところ、そのような人物は確認されていない。


「ゆくゆくは、それにも対処していく必要があるでしょうね」

「そうですね。ベルギーで起きたようなことが日本でもあったら、対処しようがありません」

「そこはやりようだとは思うんですけどね」

 マコの言葉に自衛官たちが振り返った。

「どう言うこと? いえ、質問が適切ではないわね。強力な魔法にどう対応できるの?」


 マコは頭の中を整理しながら口を開いた。

「マモルさんと二人の時に話したんですけど、ベルギーの魔法使いは多分、あたしより魔力量が多いんですよ」

「そうなの?」

「魔力量を確認する前に無力化しちゃったから、確かなことは言えませんけど。それに、飛竜も海竜も地竜も、あたしより魔力多そうだったし」

「でも、いつもマコさんが相手を圧倒しているように見えたけれど」

「それは、あたしが理論的に考えて魔法を使っているのに対して、竜はもちろん、あの魔法使いも本能的に使ってるみたいでしたから。つまり、魔法使いの勝負は魔力の量だけでなくて、使い方の練度で決まるんです。魔法だけのことじゃないですけどね」

 シュリの質問に、マコは以前マモルに話した内容で答えた。


「つまり、強力な銃を持っていても、しっかりと射撃訓練をこなさないと的には当てられない、と言うことですね」

 銃に喩えるスエノは射撃が得意なのかも知れないな、とマコは思った。


「ところでマコさんはさっき、無力化した相手の魔力量は解らないと仰いましたが、それはなぜですか?」

「えーとですね」マコはどう答えようか考えた。「皆さんが魔力を感じられると伝えやすいんですけど、そうでないとちょっと難しいです」

「わたしたちでは、まだ他人の魔力を感じられませんからね」

「訓練はしていますが、なかなか出来るようになりませんね」

 練習を始めて一ヶ月以上は経っているが、三人はなかなか魔力を感知できない。数メートルほど、魔力を伸ばすことはできるが、伸ばした魔力で他人の魔力はおろか、物質に触れたことも判らないようだった。


 もっともそれは、三人に才能がないと言うことにはならない。魔力で他人の魔力や物体を認知することは、マンションの生徒たちの中にも数人しかいない。人によって、魔力感覚が異なるのではないかと、マコは考えている。肌感覚が各個人で異なるように。


「魔法使い犯罪に備えて、自衛官もみんな魔法を覚えるべきね。今は復興のためだけに習っているけれど」

 シュリが考えつつ言った。

「それにはまず、魔力で他人の魔力を感じられるようになることですね。それができないと対抗手段が限られる……って言うか、ほとんど無理ですから」

 マコが、自分の思う通りに魔法を使えるのも、魔力の操作に長けていることに加えて、魔力でそこに存在する物体や人物を正確に知ることができるからに他ならない。


「道は遠そうですね」

「全隊員の能力を底上げするよりは、適性のある隊員を対魔法部隊として編成した方が効率的でしょうか」

「部隊で魔法をどのように使うかは、私たちの悩むことではないわ。面倒なことは上に任せて、私たちは自分の能力向上に努めましょう。魔法使いのマコさんの護衛が魔法も使えないじゃ格好が付かないから」

 シュリが気を引き締めるように言った。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 予定通りの時刻に飛び立った飛行機は、トラブルに見舞われることもなく順調に飛行し、日本の米軍基地に着陸した。行きと同じく、建物に入ることなく、普段より少し大きいヘリコプターに乗り換える。兵士たちの手で、米国で購入した土産物もヘリコプターへと移された。

 スエノは同乗せず、別のヘリコプターに乗った。

矢樹原(やぎはら)さんはどちらへ行くんですか?」

 マコが聞いた。

「矢樹原二尉は一旦駐屯地へ戻ります。報告と、それに隊への贈り物もありますから」

「そうなんですね。それなら、ちょっと挨拶して来ていいですか?」

「その必要はありません」

 シュリの返事に、マコは怪訝な表情を見せた。


 シュリは笑みを浮かべたまま続けた。

「彼女も引き続きマコさんの護衛の任を続けますので、またすぐに会えますよ」

「あ、そうなんですね。それじゃこれからは、マモルさんと澁皮(しぶかわ)さんと矢樹原さんの三人で護衛してくれるんですか?」

「はい、そうなります」

 マモルが優しく答えた。

「良かった。実はちょっと心配していたんです」

「何をですか?」

 マコの台詞にマモルとシュリが首を傾げた。


「あの、お二人のどちらかは必ずあたしを見守ってくれていますよね? 夜の間も。二人きりで二十四時間張り付くって大変だと思って」

「そんなことは、マコさんがお気になさる必要はありませんよ」シュリが微笑んだ。「それが我々の仕事ですし、それにマコさんがいなくなったら日本の復興も遅れます。つまり、自衛隊の都合で護衛をしているのですから、マコさんが気になさる必要はまったく無いんですよ」

「それでも、ありがとうございます。感謝しています」


 誘拐されるという、後に引きそうなことを体験したにも関わらず、その後のマコが夜中にうなされたりすることがないのは、自衛官たちが見守ってくれている、という安心感を無意識の内に感じているからだ、とマコは自己分析している。だから、彼らの護衛が義務感からのものだとしても、マコにとっては感謝してもしきれなかった。自分を、物理的にだけではなく、精神的にも守ってくれているのだから。


 やがて、女性士官と数人の米軍兵士が乗り込んで来て、ヘリコプターは離陸した。士官は、レイコと話があるということで同行するそうだ。

 ヘリコプターはいつも通りの航路を飛んで、今やヘリポート代わりになっている小学校の校庭へと降下した。


「一ヶ月の間に、ここにも人が住むようになったんですかね? ここら辺は高い建物がないから、そんな必要もないと思うんですけど」

 マコが言ったのは、小学校の校庭の周囲に、何張りものテントが設営されていたためだ。

「あれはワガ軍のテントでス」

 女性士官がマコの疑問に答えた。

「米軍がこっちでも活動しているんですか?」

「イイエ、マコさんの今回の支援のタイカとして、本条サンからヨウセイされたのです。復興の支援をシテ欲しいト」

「そうだったんですね」


 レイコが米軍に何の要求もせずにマコを送り出すとは思っていなかったが、そんな取引をしていたとは思わなかった。

「ケイヤクはマコさんが帰るまでデスノで、区切りのイイところで引き上げマス」

 今日のレイコとの話と言うのは、その辺りのことなのだろう。


 ヘリコプターから降りると、士官はマコたちに先にマンションへ向かうように言って、自分は兵士二人を伴ってテントの一つに歩いて行った。

 マコは、自衛官たちと、土産物の荷物をヘリコプターから下ろした兵士たちと共に、マンションへの道を歩き出した。

「ありがとうございます、わざわざ運んでもらって」

 マコは大きなカートを押している兵士に言った。

「コレも仕事ですカラ」

 仏頂面で答えた彼だが、仕事と割り切っているからだろう。マコはもう一度礼を言ってから、兵士たちを先導した。


「随分と様変わりしましたね。道路も歩きやすくなっているし」

 アスファルトが消えて歩き難くなっていた砂利道が、小さな石が敷き詰められて固められている。米軍の協力で整えたのだろう。

 他にも、空家になっていた家の荒れ果てていた狭い庭が綺麗に手入れされ、生活感を漂わせている。

 空いていた土地に丸木小屋が建てられていたり、畑になっていたりして、マコのいない一ヶ月ほどの間に随分と復興が進んでいることが見て取れる。


「マコっ!」

 辺りを見回しながら、ややゆっくりと歩いていたマコの耳に、懐かしい声が届いた。前に眼を向けると、レイコが小走りに駆けて来る。

「レイコちゃんっ!」

 マコは駆け出した。

 レイコに駆け寄り、飛び付く。レイコは小柄な娘をしっかりと抱き止めた。

「レイコちゃん、ただいま」

「お帰りなさい。どうだった?」

「頼まれたことはしっかりやって来たよ」

「良かった。でも、一番良かったことは、マコが無事に帰って来てくれたことよ」


 レイコはマコの帰還に心から安堵し、ひと月振りに愛しい娘の身体を力強く抱き締めた。

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