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10-6.トンネル施工

 ベルギーの米軍基地から目的のドイツの米軍基地までヘリコプターでおよそ二時間。ヘリコプターが着陸できるように広く空けられた土地が、作戦のためのキャンプだった。

「これって……民家を壊した、の?」

 マコが眼下に広がる景色に絶句した。キャンプの周囲には民家が密集しており、家を壊した時に出たのだろう廃材が、民家の内側に積み上げられている。さらにその内側には多数のテント。


「民間ジンの救出をケイ画シタ時から、住民にハ、外部へのイジュウをお願イシテいまス。その後、ムジンになった家を撤去シマシた」

 米軍女性士官が説明した。しかし、彼女もその様子を見たわけではないだろう。彼女は日本での異変対応に当たっていたのだから。

 もしかすると、現地住民をかなり強引な手段で移住させたのではないかとマコは思う。そう考えると、気持ちが沈んだ。困っている人たちを助けるためとは言え、別の人々を困らせていいのか、と。


 マコが魔力を繋げているマモルが、マコの様子にいち早く気付き、安心させるように彼女の肩を軽く優しく叩いた。マコがマモルを見ると、その瞳は普段の仕事中の彼と異なり、優しさだけが溢れている。マコは、彼を安心させるように笑みを浮かべて小さく頷いた。


 住民が穏やかに移動したのか無理矢理移動させられたのかは判らない。しかし、すでに行われてしまったことであって、いまさらマコが思い悩んでも仕方がない。今は、今困っている人々を助けることに集中すべきだ。

 マコは、頬を軽く叩いて気持ちを切り替えた。


 ヘリコプターから降り立った地上は少し肌寒かった。マコは身を震わせたが、すぐにその厳しい寒さは緩んだ。無意識の内に、体表面の魔力の一部を熱に変えていた。

 これくらいの魔力操作は、今では息をするように自然にできる。体外に放出された魔力のうち、魔力(ダスト)に変わる直前の魔力(ホールド)を熱エネルギーに変えているだけなので、多少寒さが和らぐ程度だが、魔力消費がほとんどない。僅かに温まるだけでも、何もしないよりずっとマシだ。


 マコたちが案内された場所には、キャンプの広場を取り囲むように張られたものに比べて小振りのテントがいつくか張らている。テントの少し先に大きな穴が口を空けている。穴の向こうには見晴らしのいい大地に金属製の巨大なパイプが二列に並べられている。さらにその向こうに見える建造物が、目標の基地だろう。鳥が何羽か、その上空を舞っている。いや、鳥ではない。飛竜だ。


 先に、ここの下士官に説明されたが、時折このベースキャンプまで飛竜が飛来するらしい。滅多にないことだが、地竜がやって来ることもあるようだ。万一の場合には、後方のビル群まで避難するよう、念を入れて注意された。住宅が間にあるので少し離れているが、シェルター代わりに使っているらしい。


 テントの一つでヘルメットとガスマスクと酸素ボンベを装備した。マスクは首に掛けて垂らしているが、合図されたら即座に装備できるように練習させられた。

 他に、日本から持ってきた魔力灯を手に持ち、ウェストバッグを腰に巻いた。ウェストバッグの中には、念のためにと持ってきた鋼板が入っている。魔力灯も、マコには必要ないのだが、魔力を放出して光に変えると多少なりとも気力を消費する。これから連続で瞬間移動を行うのだから、気力は少しでも節約した方がいい。


 マモルたちに周囲を固められてスロープ状に掘られている穴の斜面を降り、土の壁の前に立つ。穴の中、穴の周囲に軍人たちが集まって、無表情で、あるいは興味深そうに、あるいは薄笑いを浮かべて、見守っている。マッド博士はテントの下でノートパソコンを見ていた。得体の知れないアンテナのようなものがマコの方を向いていたが、努めて気にしないようにした。

 マコは土の壁から少し離れて立つと、魔力を金属パイプと土の中へと伸ばしてゆく。伸ばすだけなら一秒で百メートルは伸ばせるが、瞬間移動のためには範囲を正確に定めなければならない。


 移動の元と先──魔力を満たした空間の交換なので“元”も“先”もないのだが──で魔力を同じ形状に揃える必要はない。最初は揃えなければならなかったが、片側の魔力をきっちり設定して、対となる側はそれより広い範囲に大雑把に広げておけば、瞬間移動可能になった。その分、気力を削られずに済む。


「じゃ、やります。パイプの近く、気を付けてください。土が崩れると思うので」

 マコの言葉をスエノが伝えるのを確認して、マコは瞬間移動を実行した。パイプが土の中に埋まってトンネルの入口となり、パイプのあった場所には土の塊が現れた。

 米軍兵士たちから驚きの声が上がった。少しいい気分のマコだが、のんびりしている時間はない。


 続けてマコは隣の出口用のパイプを埋め、パイプの中へと入って次々とトンネルを伸ばしていった。

 シュリには並行する隣のトンネルを進んでもらい、念話を使って瞬間移動のタイミングを伝える。照明と通信のケーブルに空調のチューブを敷設している工兵とその護衛の兵士もいるので、瞬間移動とタイミングを伝えなければ危ない。しかも、ここにいる米軍兵士は本国から来ているため魔力を持っておらず、念話が通じないので、シュリに中継役を担ってもらった。どちらにしろ、マコは英語が解らないので、誰かに通訳してもらう必要があるのだが。


 三本のパイプを繋いでからは、工兵が入口から床板になる金属板を敷き始めた。隣のトンネルでも同じ工事を行なっている。作業は順調に進んでいった。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 途中で何度か休憩を挟み、初日は二百本の金属パイプを土中に埋めた。途中、土の中から子豚ほどの大きさのモグラのような生物が飛び出してマコに悲鳴を上げさせたが、マモルが瞬時に仕留めた。

 瞬間移動のために魔力を地中に伸ばしているから、その気になればマコには事前に判るのだが、土の中はモグラモドキだけでなく、得体の知れない虫が蠢いていそうで、意識的に視ないようにしていた。


《一日で四分の一ですか。順調ですな。十日は掛かるという見積もりでしたが、この分ならあと三日で開通しそうですな》

 ここの指揮を執っている男性士官が言った。

「でも、明日は同じスピードで進めると思いますが、半分を超えたら速度は落ちると思います」

 マコが答えた。

《それは何故?》

「えっとですね、この先一キロはパイプを地上に並べてもらってますけど、その先は飛竜や地竜がいるので近寄れないから、一キロ付近にパイプをまとめて置いてもらってます。そうすると、瞬間移動の距離が長くなるので、時間が掛かっちゃいます」

 マコはホワイトボードに絵を描きながら説明した。


《なるほど。それでも予定よりは早く進みそうですな》

「そうですね。あと五日か六日あれば基地まで届くと思います」

 その後、今後の作業日程の修正についての打ち合わせを行い、初日の行動は終わった。まだ陽は高かったが、マコは結構気力を使っていた。身体を動かすことが億劫なほどではないが、疲労を感じている。一晩休めば回復するだろう。

 割合早く終われるかもね、とマコは皮算用した。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 二日目の作業に入る時、トンネルの前にバリケードが置かれ、トンネルに入ってすぐの床面に白い矢印が書かれていることに気付いた。マコが休んだ後も工兵たちは働いていたようだ。


 トンネルの設置は順調に進んだ。マモルは常にマコの傍についていたが、シュリとスエノは一日交代で隣のトンネルでの通信役を務めた。

 トンネルを造り始める前は胡乱そうな目でマコを見ていた米軍兵たちも、すぐにマコを見る目を改め、気さくに声をかけるようにもなった。マコは英語が解らないので曖昧に微笑むことしかできなかった。それでも、米軍兵たちは気を悪くしているようには見えなかったから、上手く付き合えていると見ていいだろう。


 二日目からは、トンネルの奥まで兵士がトラックで送ってくれた。この作戦のために調達された電動タイプだ。空調も考慮されているとは言え、突貫工事だから充分とは言い切れない。そんなトンネルで排気ガスを振り撒くエンジン自動車を走らせるのは危険だ。

 送ってくれたのは単なる親切ではなく、床面の耐久試験が本来の目的のようだ。マコがトンネルの延長作業をしている間も、後ろで何往復もしていた。


 マコの予想より一日早く、五日目にトンネルは基地まで繋がった。基地地下シェルターの外周部だ。パイプを瞬間移動させると同時に視界が開け、間を置かず、兵士たちが突入して行った。いるのは基地の兵士と民間人ばかりのはずだが、未知の生物が侵入していないとは言い切れないため、彼らの歩みは迅速でありながらも慎重だった。


 続いてマコは隣のトンネルも開通させた。そこでマコの仕事は終わりだったが、トンネルの開通したシェルターの部分は充分な広さがなくトラックを乗り入れることがきつかったため、工兵たちの指示に従ってシェルターの天井が崩れない程度に壁を壊して回った。


「これでマコさんの仕事も終わりですね」

 シェルターの拡張(破壊)も終えてベースキャンプに戻ったマコに、マモルが言った。ここに来てからずっと、マコを守るために緊張した雰囲気を纏っていたが、一仕事終わって人心地がついたようだ。

 マコもずっと魔法を使い続けて毎日気力を擦り減らしていたが、自衛官たちもマコの護衛で疲労が溜まっていたのだろう。

「これでしばらくはのんびりできますね」

 スエノの口調もやや弾んでいる。マモルと同じく、張り詰めていた気を少し緩めたのだろう。

「後は救出が終わるのを待つだけね」

 シュリが言った。彼女はマモルやスエノに比べて変化が見られない。彼女はいつも自然体だ。


 マコの仕事はひとまず終わった訳だが、シュリの言ったように基地の人間の救出が完了するまで──少なくともその目処が立つまで──ここに留まることになっている。

 何しろ、マコが金属製パイプで作ったトンネルは突貫工事もいいところだ。そこで、何かあった時に対処するために待機することになっていた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 救出は順調に進んだ。小型トラックが一日中、休む間も無くキャンプと基地の間を往復し、救出した民間人を昼の間に大型ヘリコプターがベルギーの米軍基地へと移送する。予定では、二十日間で兵士も含む全員を救出できる見込みだ。

 時々、飛竜が一、二体で飛来するが、監視塔からのロケットランチャーの攻撃で撃退している。


 マコは、自衛官たちに頼まれて彼らに念話と瞬間移動を教えている。しかしこれは、魔力を遠くまで伸ばすことと他人の魔力を知覚することが必要なので、なかなか捗らない。それでも、出来るようになれば自衛隊の活動も幅が広がるからと、頑張っている。その間に、マモルも身体浄化を出来るようになった。


 そんな、完全には気を抜けないが、比較的平穏な日々を過ごしているある日のこと、ここに来てから聞いたことのないサイレンの音が響き渡った。

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