10-4.機上の作戦会議
「矢樹原スエノです。マコさんの警護に就きます。よろしくお願いします」
欧州への出立を翌日に控えた日、自衛隊からマコの護衛に就くためにやって来たのは、米軍の魔力研究の時に、シュリと共に護衛してくれたスエノだった。
「お久し振りです。魔法教室以来ですね。よろしくお願いします」
マコは微笑んで頭を下げた。
「では、明日からの予定を再確認します。明朝11:10、午前十一時十分ですね、一号棟前に集合します。次に……」
マモルの主導で、予定の最終確認を始めた。マコはマモルに魔力を纏わせて、ふわふわした心持ちのままマモルの言葉を聞いていた。
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翌日、マンションの主だった住民が見守る中、小学校の校庭に着陸したヘリコプターに、自衛官三人と共に乗り込んだ。
手を振る住民たちに向けて、マコも見えなくなるまで手を振り続けた。
何度か訪れたことのある米軍基地にヘリコプターで到着すると、離陸を待っている飛行機へと乗り換えた。
滑走路を風が吹き抜け、マコは髪を押さえる。昨夜レイコに切ってもらった、肩に掛かる程度の長さの髪。異変以来、ずっと伸ばしていた──と言うより、伸ばしっ放しだった──が、久し振りに異変前の長さになって、少し物足りない感じがしている。帰って来たら、また伸ばそうかな、などと考えているのは、現地に行けば苦労が予想されるので、無意識の内に別のことを考えようとしていることの現れかも知れない。
機内には、ゆったりした椅子が並んでいる。飛行機に初めて乗るマコでも、エコノミークラスでないことは解った。ビジネスクラス? ファーストクラス? もっと上のようにも思える。
最初に乗ったシュリに、機内にいた兵士が何か伝えた。シュリは頷いて、何事もないように機内に入って行く。荷物を収納に入れて椅子に落ち着くと、シュリが「同乗者を待って、二十分後に離陸の予定です」と三人に伝えた。さっき、兵士に耳打ちされた時に聞いたのだろう。
「あ、そうだ。今やること、ないですよね?」
マコが、三人の自衛官に聞いた。
「はい、今は離陸まで待機ですが」
「それなら、三人にいいこと教えます。できない人もいるんですけど、できたら快適って言うか、清潔になりますから」
マコは三人に、身体浄化の魔法を教えた。現地では風呂やシャワーはもちろん、下手をすると熱いタオルで身体を拭くことすらできない期間があるかも知れない。身体浄化を覚えておけば、身体の汚れだけは気にする必要がなくなる。
「お化粧まで落ちちゃうのと、服を着てると中が埃や垢で汚れちゃうのが難点ですけど」とマコは言いながら、手の甲に乗せた水滴を弾いてみせる。
シュリとスエノはすぐにコツを掴んだ。女性陣に対してマモルは、魔力を弾く、という感覚をなかなか掴めないようで、手の甲に垂らした水を弾くことはできるものの、皮膚の広範囲でそれを行うことができない。弾いているのではなく、念動で動かしているのかも知れない。身体浄化は念動力の一種とマコは捉えているので、方向性は合っているはずだが。
「少しずつ練習しましょう。中には、水滴を弾くこともできない人だっているんですから。それに、できなくても、お湯で絞ったタオルで身体を拭くだけでも同じですし」
マコはマモルを励ました。
「はい。ですが、確かに便利ですので、練習します。すぐには無理でも、いつかはできるように」
「頑張ってください」
二人だけの世界に入ってしまったマコとマモルを、女性自衛官二人は微笑ましいものを見る目で見守った。
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同乗者は、いつかのマッドサイエンティストとその助手だった。それに、いつかの女性士官と、男性士官及び下士官が計三人。兵士も数人。異変の影響を受けている人はいない。
マッドサイエンティストの顔を見た途端、マコは心の中で(うげっ)と思ったが、何とか顔に出さずに済んだ。実際にマッドかどうか、マコには相変わらず解らないのだが、どうしても狂博士に見えてしまう。見た目はそこそこのいい男なのに何故だろう、きっと醸し出す雰囲気に違いない、とマコは自分を納得させる。
飛行機が離陸し、水平飛行に入ってから、女性士官が全員を飛行機の後方に呼び出した。そこは会議室のようにテーブルと椅子が並んでいる。実際に会議室なのだろう。
全員が着席すると、前方の大型ディスプレイの画面にどこかの会議室が映った。軍人が並んでいる。米国本土のどこかの基地だろう。国防総省かも知れない。
簡単に挨拶を済ませると、飛行機側の女性士官の主導で会議が始まった。
マコは、女性兵士が配ってくれた飲み物を飲み、配られた資料を眺めながら聞いた。
《……と、これまでの救出作戦の失敗を踏まえ、魔法使いであるミス本条の力を借りた作戦を立案します》
女性士官が言って、マッド博士に目を向けると、彼は助手に目配せした。助手は頷き、手元のノートパソコンを操作すると、正面の画面が二分割され、図面が表示された。マッド博士が話し出す。
《一つ考えたのは、これだ。輸送ヘリに魔法使いを乗せ、近寄るワイバーンを叩き落としながら基地に侵入、着陸し、乗せられるだけの民間人を収容して帰還する。これを繰り返す。魔法使いの意見はどうだね?》
マコは隣に座ったスエノの通訳を聞いて、答えた。
「えっと、そのヘリコプターは何人乗せられるんですか?」
《大型を使って、百人から百二十人だな》
マコは考える。一体や二体ならともかく、多数の飛竜を警戒するには、周囲に魔力を張り巡らせておく必要があるだろう。半径百メートルほどだろうか。着陸後も地竜を警戒する必要があるから、気を抜けない。
「それだと、難しいです。ずっと警戒しないといけないから、一日二往復が限界だと思います。確か、民間人だけで三万人以上いるんですよね? 毎日二百四十人を救出しても、えっと、百日以上かかります。現実的とは言えないと思います」
救出に三ヶ月も掛けられないだろう。軍人も含めるとなれば、さらに時間が掛かる。
《それなら、これは? 君は、テレポーテーションができるね?》
マッド博士の質問に、マコは(やっぱり知ってるよね)と思いつつも頷く。
「はい」
《君が基地にテレポーテーションで移動して、中の人々を連れてテレポーテーションで帰ってくる。これならどうだい?》
「それだともっと時間がかかります。キャンプから基地まで、二キロはありますよね。その距離を瞬間移動するなら、一日に十回、五往復が限度です。限界まで試したことはないから、もっと少ないかも。
加えて、自分以外の人間を瞬間移動させると、同時に四人が限界です。一日で救出できる人数が二十人、これだと千五百日も掛かっちゃいます」
《うーむ……》
マッド博士は顎を撫でた。もうネタ切れ?とマコは思った。それとも、マコの魔法の力を過大評価していることが今の二案で判明して、脳内で作戦を練り直しているのかも知れない。
《魔法使いと言っても大したことはないな》
画面の向こうにいる士官の一人が言った。それを訳してもらったマコは、内心むっとする。自分たちの手に負えないから藁にも縋る思いでマコを呼び出したのだろうに。
意味の解らない私語で騒めく中で、マコは頭を高速で回転させる。グラスの飲み物を飲み干し、配布されている資料の地図を睨んで何か方法がないか、考える。
「あの、いいですか?」
マコは手を挙げた。
《はい、どうぞ》
促してくれた女性士官に会釈してマコは口を開いた。
「基地で、民間人がいるのはどこですか? 地上の施設の中ですか?」
《いや、地下のシェルターに避難している》
画面の向こうの軍人が言った。
「ありがとうございます。それと、キャンプと基地の高低差は?」
《ほとんどない。平坦な地にある》
「それなら、キャンプから基地のシェルターまでトンネルを掘って、歩いてもらうとか電気自動車で往復するとかできませんか?」
画面の向こうから失笑が漏れた。
《いいかねミス本条、二キロメートルのトンネルを掘るのに、どれだけ時間が掛かると思うんだね? 単に穴を掘ればいいわけじゃない。土が崩れないように支柱を立てる必要もある。突貫工事でも、数ヶ月は掛かるだろう》
意味は通訳してもらわないと解らないものの、莫迦にしたような口調にむっとした。その思いをぐっと心に押し込めて、マコは言った。
「えーとですね、直径四メートルくらいの土管を二キロメートル分、用意します。それをあたしが瞬間移動で地中に埋めていきます。深く埋める必要はありませんから、瞬間移動の距離は大したことはありません。それなら、一日で四十回は実行可能です。直径四メートルの土管の長さがどれくらいか知らないですけど、十メートルとして、一日で四百メートル進めます。二キロ先の基地まで五日。開通してしまえば、後は簡単です」
どうだ、とマコは会議室の面々と画面を見た。
画面のこちらとあちら、それぞれで、あるいは画面を挟んで、米軍人たちが話し合っている。一度に話しているのでスエノの通訳が間に合わないが、通訳がなくても、真剣に検討していることが解る。
しばらくして画面の向こう側の士官が咳払いをして場を鎮め、口を開いた。
《今のミス本条の案が、これまでで最も現実的なようだ。懸念がないわけではないが、検討に値すると判断する。こちらで詳細を詰める。その間、移動中の皆は休んでくれ》
《では、一旦解散とする。次の招集まで機内待機。ミス本条と自衛隊の皆さんも、寛いでください。解散》
士官の言葉を女性士官が引き継ぎ、作戦会議は終わった。




