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10-2.人命救助要請

 マコがジロウに頼んだのは、魔法教室で最初に行う、生徒に魔力を知覚させることだ。今まではマコが一人で行なっていたが、他人の身体に魔力を流し込めるようになったジロウなら可能なはずだ。

 まず、マコの身体に魔力を流させ、マコの左手から右手へとジロウの魔力が循環できていることを確認し、まだ魔力を知覚できないレイコを実験台にして、その力を目覚めさせることに成功した。

 これで、マコの負担が減ることになり、また、マコが不在時でも、魔法教室を中断する必要がなくなった。長期に渡ってマコがコミュニティを離れることは早々ないだろうが、万一の時に備えられることは大きなプラスになる。


 海辺のコミュニティへの道に沿った木々にも魔力灯が付けられ始めた。同時に、有線通信用のケーブルの敷設も始まった。距離があるため、すぐにと言うわけにはいかないが、そう遠くない内に通信路が繋がるだろう。

 遠方への通信路としては他に、自衛隊の駐屯地へのケーブル敷設があるが、こちらは近い内に開通する見通しだ。


 マコはその後、海辺のコミュニティを何度か訪れ、魔力機関を七基作製した。一先ずは、最初の一艘も含めた八艘で漁を行うそうだ。もっと増やしたいと言うのが本音だが、魔力機関として使えそうな材料が少ないことと、潤滑剤の残量が心許ないため、あまり増やせないらしい。

 塩の方は一応生産の目処は立ったものの、質は悪いし量も少ない。それでも、安定して供給できるようになったことは朗報だった。


 新しい生活が徐々に軌道に乗って来る中、彼らが再びマンションを訪れた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 彼らがマンションを訪れた時、マコは海辺のコミュニティの人々に魔法の使い方を教えるために六日間の予定で出掛けていた。そのため、それを聞いたのは数日が経った後だった。

「実はね、マコがいない間に、また米軍が訪ねて来たのよ」

 マンションの会議室で、レイコはそんな風に話し始めた。他に在席しているのは管理部の数人にマモルとシュリ、それに自衛隊駐屯地からやって来た佐官も二人いた。


「また何かの実験の協力依頼?」

 これまでの米軍との関係を思い返して、そうだろうな、と考えつつ、マコは聞いた。しかし、レイコの返事は少し違った。

「それがね、民間人救出の支援依頼、なのよ」

「民間人の救出? どこで?? って言うか、あたしで役に立てることあるの???」

「わたしも最初は断ったのだけれど、あちらさんも本当に困っているらしくて喰い下がって来てね。とにかく、詳しく話すわ。日本に続いて欧州(ヨーロッパ)で異変が起きていることは知っているわね」


 米軍からもたらされた話によると、欧州の米軍基地の一つが、ワイバーンとサラマンダーによって占拠されたらしい。

「ワイバーンはマコの言う飛竜ね。どうも、日本のものと種類が違うようで、好戦的らしいわ。サラマンダーは、マコの名付け方に従ったら地竜と言うところかしら。トカゲがそのまま体長十メートルほどに大きくなって、頭に大きな角を付けた外見の生き物だそうよ。ただし、その名の通りに火を吐くそうだけれど」

 それが、異変後しばらくしてから群で米軍基地に押し寄せ、居座ったらしい。最初に来たのは地竜だったが、やがて飛竜も飛来するようになった。


 もちろん米軍も、使える火器を用いて攻撃を加えた。しかしどちらの生物も硬い鱗に覆われ、拳銃弾や小銃弾程度では弾かれてしまう。対戦車ライフルやロケットランチャーならばダメージを与えられるものの、一発や二発では致命傷にならず、また、吐く炎によってほとんどが本体に届く前に無力化されてしまうらしい。


 米軍基地には軍人の家族などの民間人も多く居住し、基地内に足留めされている。すでに多数の死傷者も出ているそうだ。脱出しようにも、飛竜と地竜に見つかることは必至で無事に抜け出すことは難しい。救出のための輸送機を派遣しようにも、空には飛竜が飛び交い、滑走路には地竜が徘徊し、施設の一部は破壊されている。空爆すれば対処できるだろうが、それによる基地内の人々への被害は免れない。


 その、飛竜と地竜に占拠された基地からの民間人救出作戦に協力して欲しい、と言うのが今回の米軍からの要請、いや、依頼だそうだ。


「えーっと、色々聞きたいんだけど……」

「わたしに判る範囲でしか答えられないけれど、それで良ければ」

 娘の言葉に、レイコは頷いた。

「えっと、救出した人たちの受け入れ先って、あるの?」

「欧州の他の米軍基地に移送するようよ。本国には入れられないから」

 異変の外に出せば、そこで通信障害を起こすことになる。米国としてもそれは避けたいところだろう。

「民間人の救出って言ったけど、軍人さんは?」

「それは別に考えるらしいわ。明確には言わなかったけれど、最悪見捨てることも視野に入れている可能性もあると思う。相手の口調からわたしがそう感じただけで、間違っているかも知れないけれど」

 しかし、レイコがそう感じたのなら可能性は高そうだ、とマコは思った。


「最後に、あたしは何をすればいいの?」

「それは判らないわね。作戦の詳細を聞いていないから。飛竜や海竜を退治したマコの魔法(ちから)に期待しているのでしょうけれど」

 レイコの予想が正しければ──そしてそれは高確率で正しいだろう──、飛竜や地竜を倒せ、とでも言うのだろうか。二体の飛竜を押さえ込むだけで半分ほど、一体の海竜を倒すのに八割方の魔力を使ったのだから、そんなに多数の飛竜を退治できるとは到底思えない。


「自分は反対です」

 駐屯地から来ている佐官の一人が言った。

「マコさんの身の安全は最優先で確保すると米軍は言っているそうですが、危険なことに変わりはありません。そもそも米軍で対応すべき案件であり、他国の、それも一民間人が協力する謂われはありません」

 断ってもあたしに責任はないと言ってくれているんだろうな、とマコは思う。

 レイコも佐官の意見に同意だろう。しかし、突っぱねなかったのは、相手が喰い下った事だけでなく、マコが誘拐された時に捜索に協力してもらったことが頭にあるからかも知れない、とマコは思う。何しろ目的が人命救助だ。愛娘を誘拐されてその命の危機を味わったレイコにとって、人の命を他人事と割り切ることは難しいだろう。


 マコは考えた。


 今、自分のしたいことは何かと言えば、決まっている。魔法の探求だ。ある意味それは、どこでもできる。場合によっては、一つ所に留まっていない方がいいかも知れない。


 今、自分のすべきことは何かと言えば、コミュニティの復興に力を貸すことだ。そして、結果論ではあるものの、マコは魔法の行使という形でそれに手を貸している。

 けれど、今はマコがいなくても、魔法で困ることはあまりない。魔法教室は基本的なことしか教えていないから、現在の教師役たちで充分だ。懸念だった、魔力の感知もジロウができるようになった。海辺での魔力機関の作製も、一旦中断している。


 つまり、マコがコミュニティを離れても、当面、支障はないことになる。

 もちろん、いつまでも、と言うわけにはいかない。魔法の応用教育は教師役がいないし、魔力機関をここでも造る計画がある。

 しかし、少しの間なら、マコがここを空けることに問題はない。


 それなら、米国人を救けるために欧州まで行くか否か。正直、マコに民間人救出の義務はない。魔法使いとは言え、一介の民間人なのだから。しかし、米軍がわざわざ依頼に来たと言うことは、藁にも縋る思い、なのだろうか。

 聞かなければ何も知らずに生活できたし、マコに何の力もなければ簡単に断ることができる。しかし、聞いてしまった上に、他の人とはレベルの違う魔力をマコは持っている。


「……本音を言うと、断りたいけど、あたしに何か出来るかも知れないのなら、手伝いたいと思う。ただの研究とかならともかく、民間人の救出って言われると、聞いちゃった手前、何も試さずに断ったら、ずっと心の棘になりそう……」

 良く良く考えた上で、マコは言った。

「ですが、欧州はこの辺りと比べてかなり危険と思われます。米軍によると各地で大規模な暴動が起きているそうですし、異変が起きて日が浅いですから、まともな自治活動もほとんど整っていないと考えられます。そんな危険地帯にわざわざ民間人が行く義務はありません」

 自衛隊のもう一人の佐官が言った。


「それはそうでしょうし、これが例えば現地の復興に力を貸してくれって言うなら、こっちだって復興途上なんだから断りますけど、放っておけばほぼ確実に亡くなってしまう人を救けるってことだから、無碍に断るのもどうかと思う……と言うより、あたしの気持ちの問題で、さっきも言いましたけど、話を聞きもしないで断っちゃったら、この後ずっと後悔すると思うんです。それに、現地では米軍と行動を共にするでしょうから、混乱に巻き込まれることも無いと思いますし」


「わたしは反対よ」レイコが言った。「正直、現地で何とかして下さい、と思う。これも、さっきマコの言った現地の復興の一環よ。だから、断ったとしても、マコが気に病むこともないわ」

「でも……」

 マコが言いかけたが、レイコは片手を上げて遮った。

「けれど、それじゃマコが納得できないんでしょう? 理屈ではなく、感情的に。どうしても、と言うなら、いいわよ。行って、精一杯力を尽くして来なさい」

「……ありがとう」

 理解を示してくれた母に、マコは礼を言った。


「……ご本人と保護者の方がそう言うのでしたら、我々もこれ以上は反対しません」

「ありがとうございます。あの、それで……」

 マコは佐官二人とマモルの顔を、窺うように見た。

「何でしょう?」

「えっと、マモ……四季嶋さんには、護衛について来ていただけるでしょうか?」

 ここを出てしまったら連絡を取ることは不可能になるし、と言うことはレイコかマモルに同行してもらわないと、精神の安定を欠いてしまう。そして、レイコがここを離れるわけにはいかない。


 佐官は苦笑いで答えた。

「はい、もちろんです。ほかに澁皮一尉と、さらにもう一人選びますので、三人を護衛としてお連れ下さい。本当は一個小隊規模の護衛をつけたいところですが、周辺の復興もありますので三人が限界です。ご理解下さい」

「いいえ、三人でも充分です。米軍も守ってくれるでしょうし、大変な時に三人も出してもらって、その方が申し訳ないです」

 マコは慌てて頭を下げ、ちらりとマモルを見て微笑んだ。マモルは仕事中の無表情を通していたが、ごく僅かにマコに向けて眦を下げていた。

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