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10-1.魔法使いの居ぬ間の進展

 海辺のコミュニティからマコが帰って来たと連絡を受けたレイコは、マンションを出て娘を出迎えた。

「レイコちゃん、ただいま」

「お帰りなさい。怪我したりしてない?」

「うん、もちろん」

 笑顔を見せるマコに、レイコは胸を撫で下ろした。これほど長期間、マコと連絡を取れないことは、これまでに無かったから。

「フミコちゃん、四季嶋さん、澁皮さんも、お疲れ様でした。マコのお守りは大変だったでしょう?」

「そんなことないです。いつもここでやってることしかしてませんでしたし」

 レイコの言葉にフミコは慌てて身体の前で手を振った。


 そこへフミコの両親もやって来た。平日なら狩猟や採集に出ている時間だが、日曜日だったので家で休んでいた。

 フミコも帰宅を両親に告げ、それぞれに挨拶だけして、その場は一旦解散することになった。マコはレイコと共にマンションの中へ、フミコも両親と一緒に簡易住宅へ、自衛官の二人は宿舎になっている簡易住宅へと別れた。


 レイコと二人きりになり他人の視線が届かなくなった場所で、マコは母に抱き着いた。

「レイコちゃんっ、ただいまっ」

「お帰りなさい。大丈夫だったの?」

 先程は落ち着いて見えた娘の反応の変化に、レイコに不安の陰が過ぎった。けれど、母の心配をよそに、マコは笑顔だった。

「うん、大丈夫。取り乱すようなことは無かったし、お仕事もちゃんとこなして来たよ」

 娘の様子を見て、今度こそレイコは胸を撫で下ろした。思い返してみると、太平洋からの帰宅が遅れた時と、誘拐事件の時には、マコは人目も憚らずにレイコに抱き着いて泣きじゃくっていた。今日はそれが無かったことが、レイコと連絡が取れなくても、マコが落ち着いていたことの証に違いない。


「それじゃ、漁は再開できそうなのね?」

 部屋に帰って落ち着いてから、レイコは今回の成果についてマコに聞いた。

「うん。まだ一艘だからすぐに前に戻るってわけにはいかないだろうけど。だから、来週も行って魔力機関を増やして来るよ。それまでにあっちで造ってるはずだから」

「数が揃うまで、定期的に行く必要がありそうね。次からは自転車を使えるから」

「木のタイヤのアレでしょ? アレなら歩いた方がいいんだけど」

 タイヤの代わりに木枠を付けた自転車は自衛隊でも使っているし、ここのコミュニティでも何台か造られた。しかし、評判は良くない。タイヤが衝撃を吸収しないから、乗り心地がいいとはお世辞にも言えない上に、壊れやすい。


「それよりはマシよ。ビニールの木の樹液で作ったタイヤを履かせるから。以前の空気タイヤほどとはいかないでしょうけれど、木のタイヤよりはずっといいわよ」

「あ、いない間にそんなの出来てたんだ。できれば一週間前に欲しかったなぁ」

 あの木に『ビニールの木』って名前つけたんだ、と思いながらもマコは言った。あの樹液なら、ゴムほどではないものの木よりは遥かに弾力があるから、確かに乗り心地は良くなるだろう。


「何にしろ、漁の目処が立ったなら良かったわ。あとは漁船をどれだけ増やせるか、と海の生態系の変化ね」

「そうだね。それと、塩は難しそうなこと言ってたよ。頑張ってるみたいだけど」

「それは前の時にも聞いたわ。塩田って砂浜があればどこでも同じようにできるわけじゃないから」

「そうなの?」

「もちろんよ。わたしも詳しくないけれど、海水が染み込み過ぎないように砂の下が粘土層になっていた方がいいとか、色々あるらしいわよ」

「そうなんだ。それで苦労してるんだね」


「それよりマコ、その魔力機関、ここでも造れないかしら?」

「材料があればできると思うけど、何で?」

 マコは首を傾げた。

「それで自動車を動かせないかと思って」

「ああ、なるほど。でもどうかな。結構大きい金属の塊が必要になるから。漁船のは、元のエンジンにちょうどいい部品があったから流用したけど、自動車のエンジンだと小さいんじゃないかな。あと、ペダルと連動させるのも難しそう」

 マコは頭の中で、アクセルペダルを踏んで魔力機関の出力を変える機構を想像しようとした。しかし、そっちの方面に疎いマコにはまったく見当も付かない。


「構造の方は詳しい人を探すとして、問題は材料ね。魔法で何とかならないの?」

 レイコは聞いた。マコは頭を捻った。

「大きい塊から小さいのを切り出すなら簡単だけど、小さいのを合わせて大きい塊にするのは難しいかなぁ。魔法で高温にして溶かして何とかなるかなぁ……」

 鉄を刻んで集めて、魔力を力に変えて作った見えない箱に入れ、魔力をそこに集中して熱に変えて溶かす。完全に溶けたところで今度は冷気に変えて再び固める。しかし、途中で魔力が尽きてしまったら大変だ。熱い鉄が流れ出ることになってしまう。


「……やってみてもいいけど、ちょっと危ない気がする……」

 そもそも、金属を溶解させるほどの高温にしたら、周囲への影響も大きいだろう。冷やすこともできるが、余計に魔力を消費することになる。

「そう。それじゃ、どこかで反射炉でも造ってもらおうかしらね……」

「反射炉?って?」

「金属を溶かすための炉よ。昔から使われている」

「ふうん。あ、何かそういう設備を造るなら、温度を上げるだけなら魔法でできるよ」

「それで溶かせる?」

「うん。でも、あたし以外じゃ無理かも。鉄を溶かすとなると、温度を上げるのにかなり魔力を使うはず」

「それなら、魔法に頼らない方がいいかも知れないわね。魔道具の製作みたいに魔法じゃないとできないことに魔法を使って、使わなくてもできることは昔ながらの方法を使った方が良いだろうし」

「うん、その方がいいかも」

 レイコの提案に、マコも頷いた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 マコのいない間に、マンションでは自転車以外でも進展があった。

「先生、出来るようになりましたっ」

 その日はのんびりと過ごすことにしたマコが外を散策中、広場に造られた巨大な万年カレンダーの辺りに差し掛かった時に、ジロウが駆け寄って来た。

「ジロウくん、お久し振り。出来るようになったって、何が?」

「あ、お久し振りです。お帰りなさい。お仕事、お疲れ様でした」

 マコの言葉に挨拶もしていないことに気付いたジロウは、慌ててマコの帰還を喜んだ。


「それで、ですね」ジロウは続けて意気込んだ。「ムクオくん相手に練習して、魔力を他人の身体に送れるようになりましたっ」

 ジロウは嬉しそうにマコに報告する。しかしマコは、眉を顰めた。

「ジロウくん、その練習はあたしの前でって言ったよね?」

「え、えーと、その、早く先生に追い付きたくて……」

 マコが目をきつくして言うと、ジロウはあたふたと目を泳がせた。その様子を見て、マコはふっと目を緩めた。

「まあいいよ。誰かに迷惑を掛けたわけじゃないし、ムクオくんにも無理強いはしていないんでしょ?」

「それはもちろん」

「それと、他の人を連れた瞬間移動は試してないんだよね?」

「はい」

 ジロウは、今度は目を泳がせることなく、しっかりと頷いた。


「じゃ、今から試そう。会議室空いてるよね。日曜だし」

「それじゃボク、ムクオくんを呼んできます」

 駆け出そうとするジロウをマコは呼び止めた。

「いいよ、あたしで試せば」

「え? 先生がお相手してくれるんですか?」

「うん。できるようになってたら、ジロウくんにお願いしたいこともあるし」

「えっと、その、解りました。お願いします」

 と言うわけで、二人はマンションの会議室へと向かった。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「うん、大丈夫、あたしの中にジロウくんの魔力は入っているよ。そのまま、あたしの身体中に、薄く魔力を拡散させるイメージで」

「はい。……でも先生、ムクオくんに比べて先生には魔力を入れ難いです……」

「あたしの方が体内魔力が濃いからだろうね。ゆっくり、慌てずにやってみて」

「はい」


 握った両手から、マコへと魔力を流すジロウ。手を握った時には照れくさそうにしていたが、今はそんな余裕はなさそうだ。真剣な表情で繋いだ手を見つめ、額には脂汗が滲んでいる。


「でき、ました。どう、ですか?」

 しばらくかかって、ジロウはマコの全身に魔力を注ぎ込んだ。

「うん、大丈夫。ちゃんとあたしにジロウくんが全部入ってるよ」

 ともすれば卑猥に聞こえなくもない綺麗なお姉さんの言葉にも、ジロウは反応する余裕がない。気を抜くと、一気に押し出されてしまいそうな感覚を彼は感じていた。


「じゃ、そのまま、ジロウくんの、そうね、右一メートルの場所に瞬間移動してみて」

「は、はい」

 ジロウはマコに注いだ魔力を維持しつつ、身体の横に魔力を伸ばしてゆく。しかし、どうしても人間二人分の魔力を体外に維持できない。

「先生、ま、魔力が、足りません」

 そう言いつつも、なんとかしようとジロウは悪戦苦闘する。魔力を可能な限り薄めたり、距離をもっと近付けたり。それでも、自分の思うように魔力を展開できない。


「それじゃ、あたしだけを瞬間移動させてみよう。一人分ならなんとかなる?」

「は、はい、やってみます」

 ジロウは、体外の魔力を一人分のサイズに集めた。この容積なら維持できそうだ。マコに注いだ魔力と形を合わせてゆく。

「で、できました。やります」

「うん、やって」

 次の瞬間、マコの前からジロウの姿が消えた。いや、マコの身体が一メートルほど、瞬間的に移動したのだ。


「やったね、できたじゃない。きちんと服もついて来てるし、ばっちりだね」

「は、はい、あ、ありがとう、ござい、ます。ちょっと、し、失礼します」

 ジロウはよたよたとテーブルに近付き、椅子を引いて倒れるように座り込んだ。一度の瞬間移動で気力を使い果たしてしまったようだ。

「今の要領で練習を重ねれば、他の人と一緒に自分も移動できるようになるよ」

「はぁ、はぁ、ありがとう、ございます」

「でも、身体だけ移動させちゃ駄目だよ。特に女の子は。今みたいに、服もきちんと移動させてね」

「はい、はあ、解って、ます」

 マコの冗談に応じる気力もないほど、ジロウは疲弊している。


「それで、先生、はぁ、はぁ、ふぅ、質問なんですが」

 ジロウはやっと、息を整えられたようだ。

「なあに?」

「あの、先生は怖くありませんでした? 未熟なボクが失敗して、先生の身体が切断されたり、とか」

 実際、マコが瞬間移動で自動車などから鋼板を切り取っている方法はそれだ。ジロウはそれを人間に対して行使することを気にしている。しかしマコは、それが難しいことを知っていた。


「それは心配してないよ。他人を瞬間移動させるのは今みたいに魔力を相手の身体全体に注ぐだけでいいけど、瞬間移動で切り取るには、相手の体内魔力の三倍くらいの濃度で注がなきゃならないから。早々できないよ」

 マコは、裏山の木々でそれを実験して知った。植物と動物で必要な魔力濃度は異なるかも知れないが、今はそれは重要ではない。

「そうなんですね」

「うん。多分ね、魔力(フィルム)がそうさせないように防いでいると思うんだけど」

「フィルム?」

「うん。あ、ジロウくんには話したことなかったかな。あたしが勝手に決めた魔力の分類なんだけど……」


 マコは、魔力の分類をジロウに説明した。それが適切かどうかはまだ判らないし、少し訂正の必要があるともマコは思っていたが、瞬間移動による身体切断を防いでいるメカニズムの説明には充分だ。

「そうなんですね。通りで、先生が心配してないわけです」

「そういうこと。それで、これができるようになったから、ジロウくんにはこの先やって欲しいことがあるんだけど……」

「何でしょう?」

 マコは、ジロウに一つのお願いをした。

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