10-0.少年の悲劇
その日、彼は父母を失った。
アト市内を走行していた父の運転する自動車は、突然轟音を立てて停車した。後席いた彼と兄は、前席にぶつかっただけで済んだが、不注意にもシートベルトをせずに運転席と助手席にいた両親は、フロントガラスに頭を勢い良くぶつけてほとんど即死だった。
泣き叫ぶ彼を宥め、兄は自動車を下りた。辺りは混乱を極めていた。
最初は、ブリュッセルの自宅を目指そうとした彼らは、すぐに諦めた。突然訪れた異変に誰も彼もが混乱し、か弱い子供が何十キロも移動できるとは思えなかった。彼らは人目を避けるように街中を移動し、教会を見つけ、助けを求めたが、そこもすでに、彼らのような人々で溢れ返っていた。
それでも、身を寄せていられる内は良かった。
二人がたどり着いた頃には落ち着いていた人々も、日を追うごとに本性を現していった。強い者が弱い者から搾取する世界だった。
男は女から。
大人は子供から。
若者は老人から。
人々は食うために他人から物を奪った。そこにはもはや、神はいなかった。最初からいなかったのかも知れない。
兄は、彼を連れて教会を出た。
街中に出て、すでに略奪された食料品店に忍び込み、僅かに残った食品を集めて飢えを凌いだ。
人目に付かない場所を選び、肩を寄せ合い、恐怖に震えて夜を過ごした。
元より限界の見えている生活だったが、限界の来る前にその生活は終わりを告げた。
「おい、おまえら。食い物を寄越しな」
柄の悪い連中に見つかり、その要求を拒み、逃げた。しかし慣れない街で、彼らは呆気なく路地に追い詰められた。無法者が二人に詰め寄った。兄は、彼の前に立ち、盾になった。連中の振るったナイフが、兄の頸動脈を断ち切り、深紅の液体が噴水のように噴き出した。
その時、彼の中の何かが切れた。
「兄ちゃぁぁぁぁぁんっっっ!!!」
突然巻き起こった突風が、連中を空高く吹き飛ばした。ばらばらとゴミのように落ちてくる無法者たち。ほとんどの者が墜死する中、運良く怪我で済んだ者どもは、瞳に恐怖を宿し彼から逃げ出した。
「ば、ば、ば、化物だぁっ」
彼は兄に駆け寄った。兄はすでに事切れていた。彼は祈った。さっきの突風のような奇跡を。しかし、奇跡は起きなかった。ここには神はいない。
彼は涙を拭い、立ち上がった。生きるのだ。兄の分まで。両親の分まで、
彼は歩き出した。