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1-9.お披露目

 マコは魔力の操作の訓練に没頭した。繰り返しの練習の成果は如実に現れ、掌から五十センチメートルほど離した直径三十センチメートルほどの魔力球を作れるようになった。また、その形状も球体に捕らわれず、板状にしたり球殻にしたりと、自在に操作できるようになった。ただ、身体から魔力を切り離すと見る間に拡散してしまうし、集中力が途切れた時にも途端に制御を失って虚空に消えて行く。体表面の二センチメートルほどの魔力を残して。


「まだまだ練習が必要だなぁ。頑張れば身体から離しても少しは維持できそうな気がするんだけど。少しずつやって行こう。身体から遠くまで伸ばすのと、形を変えるのと、身体から切り離すのを、七対二対一くらいの割合で練習しようかな」

 異世界ノートに、考えた練習メニューを書き込んでゆく。

「それと、魔力を光と炎に変える練習もメニューに入れよう。別のものに変えるのは少し先にした方がいいかな。いきなり全部は無理だし」


 とにかく何もかもが手探りだ。今までに読んで来たファンタジー小説、その中でも、魔法のある異世界転移モノを思い返し、作中の訓練を参考にしようかと考えたが、この異変で身に付いた魔力に当て嵌まりそうなものが思い浮かばず、結局は色々と試しながら独自のメニューを考えていくしかなかった。

 それでも、魔力を操作して小さな炎を灯したり、光の棒を出現させたりするのは楽しく、マコは飽きることなく練習を重ね、メニューを調整し、集中力が切れるとベッドに寝転がって、魔法を自在に使えるようになった未来を夢想し、にまにました。


「マコ、お夕飯よ」

 気が付くと、結構な時間が経っていた。会議から戻って来ていたレイコに呼ばれて、マコは魔法の特訓を中断した。


「ごめんね、あたしが用意しておけば良かった」

「いいのよ。わたしだってできることないし。悪いわね、大したもの用意できなくて」

 夕食に出されたのはインスタントラーメンだ。カップではなく、丼に入っているが。

「どしたの、これ? どうやってお湯沸かしたの?」

「四階の阿須間(あすま)さんがね、七輪と練炭を持っていて、お湯を沸かしてくれたのよ。練炭は前の冬の残りだから、最後の一つだそうだけれど」

「そっか。ウチも買っとけば良かったね」

「こんなことになるとは誰にも予想はできないからね」

 それはそうだろう。異世界が転移してくるなど、ファンタジー小説を好んで読んでいたマコも、思いもしなかった。その方面に疎いレイコは尚更だ。

 尤も、異世界転移はマコの推測、いや、夢想に過ぎないが。


「それよりマコ、明日から毎日、井戸から水を汲んで来てくれる?」

「えー、あたしが?」

 マコは嫌悪感を隠そうともしない。

「仕方ないでしょう。それしか水がないんだから。それに部屋に閉じ籠ってばかりじゃ駄目よ。運動もしないと。水汲みはちょうどいい運動になるわよ」

「うーん、仕方ないなぁ。解ったよ」

「それにその内、買い物もお願いするかも」

「お店、開いてるのかな?」

「判らないけれどね、今日、こういうことを決めて来たから」

 レイコは会議で決まったことを書いた紙をマコに見せた。


「うーん、解ったけどぉ、もし日本全部がここと同じだったら、日本円なんてゴミじゃないの?」

 日本の通貨を保証する日本政府が機能していなければ、紙幣は紙屑、硬貨は屑鉄同然だろう。

「あのねマコ、貨幣、通貨って言うのは特定の組織、円の場合は日本政府ね、それが保証することで成り立っているものではあるけれど、別に保証する組織は必ずしも必要じゃないのよ。要は取引のある人たちの間でその価値の合意さえ取れていれば、有効に働くわ。だから、日本全体がこの状態になっていても、貨幣経済が引き続き成り立つように合意を取ってしまおう、ってことよ。物々交換だけじゃ限界があるからね」

「なるほどねぇ。でもさ、この辺りだけで合意取れても意味なくない?」

「わたしと同じことを考える人はごまんといるわよ。わたしなんてありふれた凡人なんだから」

 いやいや、起業して数年でトップレベルまで成長させたその手腕は、凡人じゃ無理よね?とマコは思ったが、それを言っても仕方がないのでやめておいた。


「裏山の探索はまあ解るけど、この、広場を空けるって言うのは?」

「エレベーターが止まっちゃったから、上の方に住んでいる人は移動が大変でしょう? それなら、下にテントでも張った方がいいと思って」

「なるほど。でも、テントでずっと過ごすなんてキツくない?」

「そうね。だから長引くようなら上の人には下に移ってもらうことも考えているわ。まだ相談もしていないけれど。その時は、わたしとマコが一部屋で住んで、他の家族と同居ってこともあり得るわね」

「うーん、それは避けたいなぁ」

 人付き合いの苦手なマコにとって、赤の他人との同居生活は途轍もなく高い壁だ。

「まだそうなると決まったわけではないから、今から気に病む必要はないわよ」

「うーん、なるべく気にしないようにしとく」

 けれどレイコの言うことは、遠くない内に現実になるだろうという予感がして、今から憂鬱になるマコだった。


「それから、困っている人がいたら手助けしてあげて。これからはみんな助け合っていかないと、まともに生活できないんだから」

「……そう言うってことは、レイコちゃんもこのまま元に戻らないって思ってるんだ」

 そもそも、そうでなければこれほど早くから動き出したりはしないだろう。

「まあね。元に戻ったとしても、無くなったものは現れないでしょうね。タマや動植物が元に戻るくらいで」

「そうだね。あたしもそう思う」

 マコも頷いた。しかし、レイコと違い、マコの言葉には予想だけでなく希望も入っている。何しろ、魔法を使えるようになったのだ。折角手に入れたこの能力を失いたくはない、とマコは考えていた。


「あと」

「まだあるの?」

 続けるレイコに、マコが口を尖らせた。

「文句言わないでとりあえず聞く。あとね、明日から今後の計画を具体化したり他の棟や近所の人たちと連絡を取ったりして忙しくなるから、マコにも色々手伝って欲しいのだけれど」

「ええっ」

 思わずマコは声を大きくした。

「や……駄目だよ、あたしだって忙しいんだから」

「忙しいって……部屋に籠っているだけじゃないの」

「あたしだってやれることを探してやってるんだから。あたしが試してることが上手くいけば、きっとみんなの役に立つし」

 確かにマコが魔法を使えるようになり、それを他の住人にも指導できれば、この状況下で役立つだろう。尤も、マコの本音は、魔法の探求を邪魔されたくないだけだったが。


「ふうん……ま、いいわ。でも、部屋に籠っているだけでいつまでも結果が出ないようなら、引っ張り出してでも手伝わせるわよ」

「……いいよ、明後日、ううん、明日には成果を見せてあげるから」

 マコは自信満々に言った。

「……本当、何をやってるんだか。いいわ、見せてもらいましょうか。大したことなかったら、明後日からはこき使うわよ」

 レイコは娘に対して、やれるものならやってご覧なさい、と言うように答えた。

「驚いて腰を抜かさないでよ」

 マコはレイコに、挑発的に応じた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 翌朝、マコは母に起こされるまで眠りこけていた。

「んみゅ? んあ、レイコひゃん、はよ~」

「ほら、寝惚けてないでさっさと起きなさい。まったく、水も汲みに行かないで」

「あふ。ご、ごめん。ちょっと夜更かししちゃって」

「暗闇で何やってるのよ。まったく。早く来なさい。ご飯にするわよ」

 マコは両手で頬を強く叩いて目を抉じ開けると、急いでパジャマから部屋着に着替えた。


 この日の朝食は砕いた乾麺と冷凍のミニハンバーグだ。もちろん温めてなどいない。そろそろ調理手段を考えないと厳しくなっている。

 そこで、今日の午後にでも披露しようと思っていたことを、マコはこの場でレイコに見せることにした。

「レイコちゃん、食べるのちょっと待って」

「いいけれど、何するの?」

「流石に調理済みと言っても、冷凍食品をそのままってのはね」

 マコはフライパンを棚から取り出し、その上にミニハンバーグを並べた。左手でフライパンを持ち、右手にフライ返しを構える。


「何をするの?」

 レイコが不思議そうに聞いた。

「昨日言ったでしょ。成果を見せるって。しっかり見ててよ」

 マコは、左手に意識を集中し、身体に纏った魔力をフライパンの持ち手に沿って伸ばしてゆき、フライパンの下に広げた。

(よしっと。それから、魔力を火に変換っ)

 魔力が炎に変わる様を脳裏に浮かべると、フライパンの下にぼわっと火が点る。

「え? 何これ? どうやってるの?」

 レイコが目を見開いた。

「終わるまで待って。集中しないといけないから」

 マコが答えると、レイコは口を噤んで経過を見守った。


 マコは持ち手を握った手から継続して魔力を注ぎ込み、炎が尽きないように、かつ火力が強くなり過ぎないように気を付ける。フライ返しでミニハンバーグをひっくり返し、両面をしっかりと焼く。

 頃合いを見計らって、マコは魔力の注入を止めた。火が消える。

「ふう」

 フライパンを五徳に置いて、焼き上がったミニハンバーグを皿に移す。

「はい、出来上がり。上手く焼けたかな?」

 レイコはすぐには声を出せなかった。


「……マコ、今何したの?」

「見ての通り、ハンバーグを温めたんだよ」

 マコは澄まして答えた。

「そうじゃなくて、どうやって温めたの? 解っていて誤魔化さないの」

「食べながら説明するから、取り敢えず座ろ」

 レイコは溜息を吐いて椅子に座った。二人とも手を合わせて唱和してから、箸を取る。

「で、どうやったの?」

 三たび、レイコは娘に聞いた。マコは、今度は素直に答えた。仏の顔も三度まで、という諺もあることだし。


「あのね、魔法を使ったのよ」

「魔法?」

 レイコは首を傾げた。

「いつから使えるようになったのよ」

「うーんと、昨日の午前中に使えそうな手応えを掴んで、午後には光と火を出せるようになったよ。きちんと使えるようになったって言うか、使ってみたのは今が初めて」

 昨日の夕食時点では、マコはそこまで魔力の制御はできなかった。しかし、陽が沈み真っ暗になった後も、部屋で魔力を操作する練習を続けていた。魔法で光を出せるし、そもそも魔力は目に見えないから、暗闇でも練習に支障はない。

 深夜まで魔力制御の練習を重ねた結果、実用に足るだけのコントロールを手に入れたのだった。続けて魔法を使うと、まだ数分しか集中力が続かないが。


「はぁ、マコにそんな才能があったとはね」

「才能って言うか、世界が変わったからだと思うよ。一昨日言ったよね? 肌の上に透明の肌があるような感じがしないかって」

「そう言えば、そんなこと言ってたわね」

「その透明の肌が魔法の源、魔力らしくて。それを使って、炎とか出せるのよ」

「はぁ、魔力ねぇ」

 レイコは自分の手を見た。掌を見て、裏返して甲も見る。レイコの目には何も見えない。マコも、目で見ているわけではないが。


「わたしには判らないわね。でも、それなら今度からマコに食事の支度を任せていいかしら?」

 マコは少し考えてから、頷いた。

「うん、解った。あたしに任せて」

 料理をする事で魔法の練習にもなる。

「よろしくね。食材はわたしの方でみんなと考えるから。あ、水汲みはマコもやってよ? 部屋に閉じ籠ったきりじゃ健康に悪いから」

「ええぇ」

「魔法を使えても病気になったら仕方ないでしょ。それとも、魔法で病気にはならないの?」

「それはない……と、思う……」

「なら、水汲みもやること。一日一度は下まで往復しなさいよ」

「はぁい」

 不承不承、マコは頷いた。レイコが色々と動いてくれているおかげで自分は他人との交渉をせずに済んでいるのだから、それくらいは我儘を言わずにやろう、と。

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