1-0.日本消失!?
「こちら、シアトル発成田行AJA367便、成田コントロール応答願います」
副機長の呼び掛けに、応答する声はない。
「まだ駄目か」
機長が聞く。
「駄目ですね。応答ありません」
「まったく、今日のフライトは踏んだり蹴ったりだな」
機長が言うほどではないものの、この機はトラブルに見舞われた。
出発時、現地の天候が荒れたため、一時は離陸も危ぶまれた。幸い、しばらくして天候は回復したものの、滑走路の排水作業を終えて離陸した時刻は、予定より一時間以上遅かった。
さらに、航路の半ばを過ぎたところでエンジントラブルが発生、爆発などの大事には至らなかったものの、四基あるエンジンのうち一基を停止しての飛行となった。
そしてこの、空港との通信障害だ。
気象予報では現地の天候は曇、急変がなければ着陸に支障はない。しかし、夜間の着陸となると、地上からの誘導なしでは安全とは言い切れない。
「少し早いが、雲の下に出る。情報が何もないではな」
「了解」
操縦桿を握り、オートパイロットを切る。レーダーに他の機影はないことを確認し、機体をほとんど揺らすことなく、高度を下げてゆく。厚い雲に突入し、そこを抜けると太平洋の上だ。そして機の向く方向には……
「なっ……」
機長は言葉を失った。
「に……日本が……ない……」
呆然とした声で副機長が言葉を絞り出す。
夜であれば日本列島を北から南まで彩る無数の光の点、それが一つもない。まるで本当に日本が消失してしまったかのようだ。少なくとも、日本が存在する事を示す何かを見いだすことはできない。
「機長、あれを」
副機長が、日本があるはずの場所の先、何もない地上を指し示した。機長は怪訝な顔で「何もないぞ」と言おうとして、はっと気付いた。
日本海の先、朝鮮半島も日本列島と同じく闇の中だ。半島の北半分の夜は日頃から暗いが、南半分は日本列島にも負けない光を普段は放っている。それが、列島と同じく闇に沈んでいる。
光がまったく見えないわけではない。遠くに灯る光は大陸の都市の灯火だろう。少なくとも、この“異変”は中国にまでは及んでいないようだ。しかし、この機が着陸地点を見失ったことに変わりはない。そして、飛行機はいつまでも飛び続けられるわけでもない。
「羽田、大阪、セントレア、どこでもいい、連絡しろ。応答のあった一番近い空港に向かう」
「了解」
機長が呆気に取られていたのは短い時間だった。副機長に指示を出し、自分は操縦桿を握って高度を保つ。着陸予定だった成田空港を目指し、その付近へ到達すると上空で旋回する。暗くて地上の様子は判らない。しかし、消失したわけではなさそうだ。遠くに目を向けると光が見える。いつから光っていたのか判らない。人工の光ではなく、何かが燃えているようだ。山火事だろうか。しかし、どうにもできない。
「機長っ。奄美空港から応答がありました」
「良し。少なくとも日本が消えたわけではないな。当機はこれより奄美へ向かう」
「了解」
機体を奄美大島へと向けてから、機長はマイクを手に取った。乗客に行先の変更を伝えるために。混乱が予想されるが仕方がない。誘導灯もなしでの夜間着陸など、自殺行為に等しいのだから。
あまり例のない(と思う)異世界転移物語の始まりです。
しばらくは毎日投稿予定。
しばらくと言わず、最後まで毎日行きたいな……