ループ能力者の僕と昔仲の良かった幼馴染の話
永い時を過ごした学び舎を出て、別の学校に通うことにしたのは、なんかもう色々と疲れたからだった。
……繰り返す度に失うことに耐え切れなかったから
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今となってはよく覚えていないくらい昔のこと。
最初の高校三年生の終わりに僕は自分が特別な力を持っていることに気付いた。
ループ能力。時間を巻き戻す力。
同じ時の中を何度でもやり直せる超能力。
物語などではお馴染みの超強力な力だ。
物語の主人公が持ってるような、特別の中でもさらに特別な力だと思う。
何故そんな能力を手に入れたのかは分からないし、どういう原理で働いているのかもわからない。けれど気付いた時には確かに力があった。
繰り返す範囲は中学三年の冬から高校三年の終わりまでの約三年間。
高校三年の三月三十日になると意識が途切れ、中学生三年生に戻る。そんな繰り返し。
まるで閉じた円環のようだ。そう思う。
――その狭間を、僕はもう幾度も生きてきた。
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着慣れない詰襟に着替えると、喉元の辺りが少し苦しかった。
いずれ慣れるだろうとは思うものの、すでに体の一部のようになっていたブレザーと比べるとやはり動きにくいと感じる。
「……でも、新鮮でちょっと嬉しいな」
苦しさも楽しめる……というと少し変態っぽいが、新鮮なことを楽しむのはループ能力者にとってきっと大事なことだ。
自分自身では実感したことはないけれど、飽きると何もかも嫌になってくる――なんて物語も多い。なので、僕――竜胆敬はいつだって良いこと探しならぬ新鮮なこと探しをしている。
「――あら、似合ってるじゃない」
後ろからの声に振り向くと、母親が笑顔でこちらを見ていた。
その姿はいつもとは違うスーツ姿になっていて、髪型も化粧もばっちりと決まっている。
今日は高校の入学式だ。
我が子の晴れ姿を、と母も気合を入れているようだった。
「いよいよ敬も高校生かー。私も年を取ったわね」
「母さんはいつも若々しいよ」
「あらやだ、お世辞なんて覚えちゃって」
パンパンと俺の肩を叩く母に苦笑しながらも、毎回のことなので受け入れる。
繰り返すうちに、昔は言えなかった誉め言葉も言えるようになった。
「まあ、無事にこの日を迎えることが出来て良かったわ。十二月になっていきなり高校を変えると言い出した時はどうなるかと思ったから」
「それは悪かったよ」
戻ってきてすぐに言ったんだけど、それでも年の暮れだ。
母親としては気が気じゃなかっただろう。それでも信じて任せてくれたことには感謝している。
「……改めておめでとう、敬」
「うん、ありがとう」
おめでとうと言ってくれる母と、ありがとうと返す僕。これはいつものこと。
四月六日の朝。公立高校の入学式の日。これまでに何度も繰り返してきた光景だ。
――しかし記憶の中とは僕の来ている服だけが違う。
……今日から通うのは、今までとは違う学校だ。そう、再確認した
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疲れたから学校を変える……なんて言っている身では説得力はないかもしれないが、僕はこの能力をとても気に入っていたりする。
幾度となく繰り返して生きていくのは楽しかったし、実は今この時でも楽しいと思っている。
飽きるのでは、と思われるかもしれないが、ループとは言っても僕というイレギュラーがいる以上、全く同じものなんて一つもない。
いつもとは違う道を歩いたら違うものが見えるし、同じ道でも違う人と歩けば違う景色が見えるだろう。
通学路を一つに絞る必要なんてないし、学校の帰り道にする買い食いは毎回違ってもいい。きっとそういうものだ。
要するに新鮮なこと探しをすればいい。今日の朝もやっていたこと。
そしてそうすれば、いつだって新鮮なことはあったし――飽きない理由としては、何よりもループ能力の醍醐味というものがある。
それは繰り返すごとに自分が優秀になっていくというもの。
つまるところ強くてニューゲームだ。
知識も学力も最初から持っている僕は、誰よりも大きなアドバンテージをもってここに居る。
前回はついに東大の入試に合格したし、部活ではテニスで全国にも出た。
友達も多くいるし、彼女だってこれまでに何度も作って来た。
人から見たら、きっと順風満帆な人生。
普通の高校生が目標にするようなことは大体達成してきた自負があった。
――でも。
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遅刻しないように家を出て、電車に乗った。
母親は遅れてくるというので、今は一人だ。新鮮な気持ちで胸を満たしながらいつもとは違う電車に揺られる。
これまでは別の路線に乗っていたので、電車の揺れ方にも新鮮味を感じる。以前のものはカーブのタイミングすら完璧に覚えてたし。
「……っと」
言った傍から突然のカーブにバランスを崩し、慌てて吊り革を掴む。
危ない危ないと胸を撫で下ろし――ふと、気付いた。
「――ん?」
視線の先、少し離れたところに学生の姿があった。
腰まで伸びた長い黒髪に、周りの人と比べても小さめな身長。そして僕が今日から通う学校の制服を着た少女は――見覚えのある横顔をしていた。
「……」
……え?
思わず二度見する。
なぜそんなに驚いているのかというと、彼女はここに居るはずのない人間だからだ。
もう少し詳しく言うと、前回まではずっと僕と同じ学校に通っていた。
つまり、今回僕が学校を変えたので、それぞれ違う学校に通うはずだった。
「……なんで?」
思わず声が漏れる。
これまでの経験上、知り合いや友人の通う学校が変わることは何度かあった。
中学三年の冬から春にかけて僕と深くかかわった人間は特にそうだ。
……でもこれまでの繰り返しの中で、彼女の学校が変わることはなかった。
そもそも、今回も僕は彼女と関わった記憶がない。これまで通り、会えば頭を下げるくらいの関係だ。
「……」
……何故?
首を捻る。理由が分からない。
「……まあ」
……でもしばらく考えてから、まあいいかと頭を掻く。
ここで悩んでいてもしょうがない。後で本人に聞けばいいだけのことだ。
もう一度視線をやると、彼女は無表情で窓の外を眺めている。
そんな彼女は、昔仲よくしていた僕の幼馴染だ。ちなみに隣の家に住んでいる。
◆
電車から降り、改札をくぐる。
そして改札口で理由を聞こうと彼女を待ちながら――昔のことを思い出す。
そういえば、なんで僕と彼女は疎遠になったんだっけ。
「……うーん」
確か……小学生のときかな?
ループの前なので、かなり記憶があいまいだけど、多分その頃だと思う。
「……」
……何かやらかした記憶もないので嫌われてはないと思うんだけど……。
「……あ」
そんなことを考えていたら、彼女が改札から出て来た。
さっそく声をかけることにする。
「おはよう――布藤さん。布藤さんも同じ学校だったの?」
話しかける段になって彼女の名前に悩み――なんとか思い出す。彼女の名前は布藤。布藤メイだったはずだ。
名前をうろ覚えな辺りに僕と彼女がどれくらい疎遠だったかが現れている。
ループしていたとしても、特に仲良くない人の名前とかは普通に忘れるものだった。
「……え!?」
すると視線の先で布藤さんが大きく目を見開く。
そして口をあんぐりと開けて――。
……?
……驚きすぎじゃない?
口を開けたまま停止している布藤さんを見て思う。
何か変なことをしただろうか。
ついこの間まで同じ中学に居たんだから、話しかけるくらいは別におかしくないような……おかしくないよね?
「……け、敬君!?」
「……え」
……敬君?
「……あっ……ごめんなさい、竜胆君」
「……あ、ああ、うん」
布藤さんが目を伏せる。
……いきなり下の名前で呼ばれたから驚いた。どうしたんだろう。言い間違えたんだろうか。
いや、間違えて下の名前で呼ぶってよくわからないけど。
「……そ、その……ど、どうしたの今日は」
……なんなのか、すごくそわそわとしている。
胸の前で手をすり合わせて、視線が右へ左へと動いて。頬も少し赤く染まっているような……。
「……」
……何この反応。
本当によく分からない。こんな子だったっけ……?
「……いや、せっかくだし一緒に行かないかって」
でも、よく分からないからこそ気になって来たので、一緒に登校しないかと誘ってみる。
ついでにその途中で学校を変えた話も聞けたらいいなと。
「へ……え、え?」
「……布藤さん?」
しかし、彼女はさらにオロオロとし始めた。
左右を確認したり、目を開いたり閉じたり。最後には背後を確認して……前を向き、首を傾げながら自分を指さす。
私のこと? と聞かれている気がした。
「……布藤さんのことだよ?」
「……!?」
……いや本当に、なんでそんなに驚いてるんだろう。
もしかして嫌だったんだろうか。いや、それにしてもおかしいような……。
「その、嫌なら別に……」
「……あ……ま、待って! 行く!!!!」
「……」
反応が不思議なので話を切り上げようかと思ったら、とても大きな声が帰って来た。
大きすぎて、一瞬周りの人の動きが止まるくらいの声。
周囲から視線が集まって来た。
「……あ、ご、ごめんなさいぃ……」
……え、なにこれ。どういうこと?
目の前で小さくなっている布藤さんを見て思う。
「……うぅ」
「……」
……もしかして、嫌われてるんじゃなくて、好かれてる?
なんとなく、そんな気がした。さっきからの態度といい、敬君呼びといい、大声といい……そう考えたら納得できる気もする。
「……」
……まあなんにせよ、とりあえずここから離れようか。
周囲からの視線が少し痛い。めちゃくちゃ注目されてる。
「……えっと……とりあえず、学校に行こうか」
「あ、う、うん! 行く!」
声をかけると俯いていた顔が上がる。
そこには輝かんばかりの笑顔が浮かんでいた。
「……」
……これやっぱり好かれてるでしょ。
様子を見る限りそうとしか思えない。かなり態度が露骨だ。
「……」
……でも、なんでだろう。僕はイケメンでもないし、ずっと疎遠だったのに。
彼女にここまで好かれている理由が分からなくて、それが不思議だった。
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ループは楽しい。
では何に疲れたのかというと、人間関係だ。
自慢じゃないけれど、僕にはここ数回のループで美人の彼女がいた。
可愛くて、スタイルが良くて、性格もいい。そんな、本来の僕にとっては高根の花でしかないような人。
十回くらい前の周回で何かの行事で一緒の班になって、すぐに好きになって……何度か繰り返しながら頑張って、ようやく恋人になってくれた人だった。
僕はそんな彼女と一緒にいるのが楽しかったし、その時間が幸せなものだったと断言できる。
僕の長い人生で一番輝いている時間は何かと言われれば、それは彼女と恋人になってからの日々だろう。
楽しかったし、嬉しかった。
彼女と笑い合えたことを、僕は今でも誇らしく思っている。
……でも。
ループ能力者の宿命というべきか。
三年が経ち時間が巻き戻った後、当然のように彼女は僕のことを知らなかった。
まあ、それは当然理解していたし、その次の周回でも頑張って彼女と付き合えたからそれはいい。その後も僕は繰り返すたびに彼女と恋人になった。
………………でも、そんな日々を繰り返す中で……少し疲れてしまった。
一度や二度なら耐えられた。でも幾度となく繰り返すうちに、恋人だった人に忘れられるというのが段々と辛く感じるようになって。
それで、前回は少し離れることにした。
いつもなら高校に入ってすぐに彼女にアプローチしていたんだけど、それを一休みして……でもその結果、一年の冬に彼女は別のイケメン男と付き合い始めて。
……勝手な話だけど、とても衝撃を受けた。
自分から離れたくせにショックを受けている自分自身にも嫌気がして。
他の人と一緒にいる彼女を見ることが辛かった。
そして何よりも、身勝手な自分にも腹が立った。
なので、考えた。
中途半端に離れたのが良くなかったと。離れるのなら学校ごと変えるくらいはしなければ、と。そう思って――。
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高校生活二日目、朝。
二度目の詰襟にそでを通しながら考える。
内容は昨日一緒に登校した布藤さんのことだ。
あの後、天気の話とか流行りのドラマの話なんかをしつつ一緒に登校したんだけど……。
……彼女、明らかにこちらに好意を持っていると思う。
僕はこれでも人生経験はかなり豊富なので、多分間違いない。
……でも、なんで好かれているのかが分からなくて、悩む。
僕は彼女に好かれるようなことは何もしていないはずなんだけど。
不思議だった。
別にイケメンでもない僕にとって、好意というのは努力の結果に生まれるものだ。なので、理由の分からない好意というのは初めてでよく分からない。
……どうしてなんだろう。
「……」
首を傾げ、そうこう考えているうちに着替え終わり、登校の準備が出来る。
そして母に声をかけ、家の扉を開き――。
「――あ」
ちょうど隣の家も扉が開いたところだった。
隣に住んでいる彼女と、家の周りの生け垣越しに目が合う。
「おはよう、布藤さん」
「お、おはよう……竜胆君」
奇遇だなと思いつつ、近づく。
彼女のことは不思議だけど、嫌われているわけでもないし避ける必要もない。
「せっかくだし、一緒に行かない?」
「う、うん!」
ぱあ、と花が咲いたような笑顔を浮かべる彼女に、謎は深まる。
「……ん?」
――と、ふと気付いた。
彼女の髪が昨日までと違う。長さはあまり変わってないが、明らかに昨日より整っているのが分かった。
……これ多分美容院とか行ったよね。
そんなに仲良くないのに髪のことを口に出すとセクハラ男扱いされそうなので言わないけれど、おそらく間違いない。
これでも彼女がいた身だ。
その辺りは何となくわかるようになっている。
……でも、なんで昨日?
髪を整えるなら入学式の前に行くべきだ。それが普通だと思うし、わざわざ入学式が終わった後に行く必要なんてない。
「……えへへ」
隣を歩く彼女がニコニコと笑っている。
……もしかして、僕と昨日会ったからなんだろうか。
自意識過剰な気がして恥ずかしくなってくるけれど、どうにもそんな気がしてならない。
……ナルシストみたいで恥ずかしいけれど。
「……そ、そういえば、今日クラス分けの発表だね」
「え? ……ああ、そうだね」
布藤さんの言葉に意識を戻す。
そういえばそうだ。昨日は入学式だけだったから、今日からクラス毎に分かれての授業が始まるはずだった。まあ今日はホームルームだけみたいだけど。
「……その、い、一緒のクラスになれたらいいなぁ……なんて……」
「……」
「……えへへ」
……いじらしいことを言うなあ……この子。
だからこそ不思議なんだけど。
……本当に、何で好かれてるんだろう
僕この子に何もしてないんだけど。
恋愛というのは、努力によって成り立つものだと思う。
関係維持の為の努力だ。自分を好きでいてもらうための努力が要る。
だから、何かをしたから、してもらったから、そういうものはとても重要なはず……だと思うんだけどなあ……。
◆
その日のホームルームは午前中で終わり、その後はクラスメートと交流を深めつつ、夕方ごろ家に帰る。
それでも部活をしてた頃よりは遥かに早い時間なので、なんとなく押入れの中を漁ってみることにした。
普段は荷物を入れるだけであまり見ることもない場所は、しかし昔はよく使っていた場所でもある。
なので、隣の幼馴染に関係する物でもないかと探してみようと思った。
「……ん?」
そんなとき、カツンと指が金属に当たる。
引っ張り出してみると、お菓子の缶みたいだった。
軽く振るとカラカラと音が鳴って、中に何かが入っているのが分かる。
見覚えが無くて、缶の表面には子供が好きそうなシールが貼られていた。
「……おお」
なんかそれっぽい。
これこれ、こういうのを探してたんだよ。
早速、と爪を引っ掻けて開ける。
すると中には雑多な物が詰まっていた。
「……これは」
一番上にあるのは人の描かれた絵だろうか。
クレヨンで書かれた下手な絵には、おそらく男女の子供が描かれていることがかろうじて分かる。
そしてその下にはビー玉がいくつかと、ビーズで作ったアクセサリーと……ちゃちな作りの指輪が一つ入っていた。
「……これ、僕と布藤さんかな」
絵を見て思う。
その中では二人が仲良さそうに手を繋いで立っていた。周りには花や太陽が書かれていて、二人は楽しそうに笑っているように見える。
「……仲良かったのかな」
今はもう覚えていないけど。
もしかしたらそんな時代もあったのかもしれない。
箱の中に入っている物を見ていると……どこか郷愁の念をかき立てられた。
◆
次の日。
いつもの時間に家を出ると、布藤さんが家の前に立っていた。
「……その、一緒に行かない……?」
「そうだね、そうしようか」
オドオドとしながら話しかけてくるので、そんな必要はないと笑いかける。
すると彼女も安心したように息を吐いて笑顔を見せてくれた。
そのまま二人並んで歩きだす。
「そういえば、昨日こんなものを見つけたんだよね」
「……なに?」
早速、とポケットの中から昨日見つけた指輪を取り出す。
せっかく見つけたんだし、二人で見て懐かしがれたらな、と。流石にクレヨンの絵を持ってくるのには抵抗があったので、指輪にした。
「これなんだけど……」
「――あ」
彼女に見せる。……すると突然、ぴたりと布藤さんが立ち止まった。
「……? 布藤さん?」
「……それ、は……」
なんだろうと横を見ると、彼女は指輪を凝視している。
そして突然バッグを開け、中から何かを取り出した。
「……お守り?」
それは、小さな巾着状の物だった。
なので、てっきりお守りかとも思ったんだけど、しかし、布藤さんはそれを開け手の平にひっくり返す。
そこから出て来たのは――。
「――え?」
「……そ、それ、私も持ってる!」
僕が持っているのとそっくりな指輪だった。
ちゃちなプラスチックみたいな見た目も、リングのデザインも一緒。ただ、宝石代わりのプラスチックの色だけが違う。
僕の物は赤色で、彼女の持っているものは青色だった。
「敬君も持っててくれたんだ……」
「……」
……えっ。
声に顔を上げると、布藤さんが感極まったように口元を抑えていた。
しかも両目は少し潤んでいるように見えて……。
……えっ。もしかしてこれ、昔お揃いで買った何かだったりするの?
「えへへ……嬉しいなあ……」
「……」
……本気か?
彼女は感動しているようだが、僕からすると喜びより先に困惑が来る。
どんな由来があるのかわからないけど、こんなおもちゃを後生大切に?
昔の思い出を箱に入れて取っていた……というのならまだわかるけど、わざわざ袋に入れて持ち歩いてまで?
「……」
……昔の思い出の品を大切に持ち歩く、というのは聞くだけなら美しいのかもしれない。
でも、現実的に考えてそんなことをする人はまずいない。
昔は昔だからだ。
それもずっと仲良くしていたならともかく、何年も疎遠だった人間との思い出なのに。
「……」
わからない。
恋愛というのはもっと打算的で合理的なものじゃないのか。
好意という物は長続きしない。
だからこそ維持する努力が必要で、それを怠ると失うことになる。遠距離恋愛が失敗しやすいのもそのせいだ。
……それなのに、こうも無条件に好意を維持されていると……困る。理由が分からない。
「えへへ……」
布藤さんはニコニコと笑っていて……僕はよく理解できなかった。
◆
「今日から授業だね!」
「そうだね」
それから、妙に元気になった布藤さんと一緒に通学路を歩く。
困惑はまだ治まらず、しかしそれを取り繕うくらいの人生経験はあった。
「高校の勉強って大変なんでしょ? ちょっと不安だなあ……」
「どうだろう。真面目に予習復習してれば大丈夫だと思うけど」
ちなみに、これは適当なことを言っているわけじゃない。
記憶が正しければ、彼女は前の学校で落ちこぼれたりはしてなかったはずだ。
名前を覚えてないくらい疎遠だったとは言っても、彼女の名前は赤点常連者の中には無かった。点数が悪いというのはそれだけで目立つものなのである。
「……敬君は大丈夫だろうね」
「どうかな。頑張るつもりではあるよ」
下から伺うように見上げる彼女と目が合う。
……その目を見ていると、無理やり取り繕ったはずの混乱がまた湧き上がってくる気がした。
……ついさっき、指輪を見て涙ぐんでいた彼女を思い出す。
「……困ったら教えてもらってもいい?」
「もちろん。僕に教えられることなら、いつ聞いてくれてもいいよ」
どうして僕にそんな笑顔を見せるのか。
どうして僕を好きでいてくれたのか。
わからない。全くわからない。
僕にはおもちゃの指輪をずっと持ち続けるなんてことは出来ない。
「……」
……でも、分からないけれど。
……ふと思った。
彼女は何度繰り返しても僕のことを忘れないでくれるのかな、と。
「……僕と一緒に勉強しない?」
「……え?」
だから、そう思ってしまったから。
気が付いたら僕は彼女にそう提案していた。
「いや、試験前とかさ、お互いに教え合うことも出来るかもしれないし――」
「――する!」
彼女の声。
嬉しそうに目を輝かせた彼女の顔。
「一緒に勉強しよ!」
「うん」
布藤さんの笑顔が眩しい。
数年ぶりに会話してまだ三日目だとは到底思えない顔。
……でも、だからこそ。
いつかこれからの三年間を忘れても、彼女は僕にこの笑顔を見せてくれるのかもしれない。
「敬君!」
「なに?」
「これから三年間よろしくね!」
……まあでも、そうは言ってもどうなるかは分からない。
何せ会話するのも久しぶりだ。昔は仲よくしていたとしても、今はどうかわからない。
人間関係には相性もあるし、すぐに嫌われてしまう可能性もある。
この学校も、彼女と二人で歩くのだって初めてなんだから。
もしかしたら明日にでも喧嘩別れすることだってあるかもしれない。
人間関係とはそういうものだ。
……でも、仮に。
もしそうならなかったのなら。
「うん、よろしく」
――これからの三年間は彼女のために使おう、と。そう思った。




