表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

壮年の男


 (おきな)の住む山奥に、ある日1人の来客があった。


「あんたかい?どんな願いも叶えられる(じい)さんって言うのは」


 何をするわけでもなく寒空の下で縁側(えんがわ)に座る翁に、そう声をかけたのは、(たくま)しい身体を持った壮年(そうねん)の男だった。


「ああ、それはわしのことじゃな。では、願いを聞こう」


「いや、その前に少し話がしたい」


「ほう?わしと話とな」


「ああ、あんたが来る(やつ)を追い返してばかりだからな。本当はあんたに願いを叶える力なんてないなんて(うわさ)もあるもんでな」


「仕方がないのぅ。わしの力見せよう。『百聞は一見にしかず』と言うやつじゃ、とやかく言うよりも早かろう」


 翁がそう言うと、雪の積もった木々に緑の葉が()い茂り、雪原は草原へと姿を変えた。そして、冬眠中であるはずの何千という動物達が翁の家の周りをぐるりと囲んだ。


「ほう、すごいな。まさか本物だったとは」


「それで、お主の願いはなんじゃ?」


「せっかくこんな山奥に来たんだ。もう少しゆっくりさせてくれよ」


「力の証明の次はなんじゃ?」


「あんたに本当に力があっても、人を追い返しているのは事実だからな。1つ聞いておきたいんだ。あんたの思う真の願いってなんだ?」


「そんなの決まっておるわ。『何も願わないこと』じゃよ。願いと言うものは自分で叶えるものじゃ、他人に頼って叶えたいと思った瞬間にその願いは真の願いにはなれないのじゃよ。それなのにここに来る者達は、あれが欲しい、これが欲しいと馬鹿のように口にする。まったく(あき)れるばかりじゃよ」


「ふっ、ははは。爺さん、あんたそれ本気で言ってるのかい?」


「何がおかしい」


「だってよ、『叶えたい願いはなんだ?』って問いに『何も願わないことだ』と答えるのは、『今何時だ?』って問いに『はい』と答えているような物だぜ。問いと答えが合ってないんだよ。あんたは願い事を言った奴らのことを馬鹿にしていたが、あんたのそれ以前だぜ。国語の勉強をした方が良いかもな」


「なんじゃと!?ならば、お主は何と答える?お主の願いはなんじゃ!?」


「俺の願いか?そうだな。『明日が欲しい』だな」


「そこまでの大口(おおぐち)(たた)くからどんな願いを口にするかと思えば、『明日が欲しい』じゃと?そんなしょうもないことが真の願いであるはずがなかろう!」


「そうかい?『明日』ってのは、当たり前のように来るが、決して当たり前なんかじゃないんだぜ。今日のうちに、事故で死ぬかも知れないし、病気で死ぬかも知れない、もしかしたら、天寿(てんじゅ)(まっと)うするかも知れない。そんな中で『明日』が必ず来る確証を得られるのは、この上なく素晴らしい物だぜ。ま、手にした明日で何をするかは、あんたが言うように他人頼みじゃなく、自分で決めるんだけどな」


 その後、男は山を去った。


「熊さん、熊さん、通るんでそこをちょっと退()いてくれないか?」


 なんて軽口を叩きながら翁の前から姿を消したのだ。


 翁が、男の願いを叶えたのかどうかは、誰も知らない。


 そして、男が、明日を迎えられたのかどうかについても、誰も知る(よし)もなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ