8.改めて受けとめた時間
~~ 妹Side ~~
あの後は結局下着売り場に行き、そこでもまた「プロですか?」と聞いて回るのかと心配しましたがそんなことはなくて、3店舗あったうちのひとつに入りました。
気になったので、今回は何を基準に選んだのか聞いてみたところ、
「ディスプレイされてたもののターゲット層の違いだな。
ここ以外の2店舗はどちらかと言えば社会人向けだったからな。
あっちに手を出すのは万里がせめて高校生になってからの方が良いだろう」
「はぁ」
うーん。言われてみれば?
色々刺繍がされてたりお洒落なデザインでした。
女の子としては見えない部分もお洒落したいなと思いますが、同時にいつ見られても大丈夫なようにという意図もあります。
でも見られるとしたら彼氏とか恋人とか……あ。確かに今の私には早い気がしてきました。
そして私たちが入ったお店はデザインはシンプルに、代わりに肌触りや機能性を重視しているようです。
私は店員さんに案内されるままに測定を行い購入を済ませました。
あ、代金はやっぱりあの人が全額払ってくれました。
「あの、今回の洋服代って大丈夫ですか?」
「蓄えはそれなりにあるから心配しなくてもいいよ。
娯楽とか贅沢品には出し渋るけど、これは必要経費だから。
今日はあと薬局に寄るけど、他に行きたいところはあるか?」
「薬局は何があるんですか?」
「常備薬の補充と、あと、生理用品」
「あっ」
あの人はちょっと言いにくそうに言いました。
聞いた私もちょっと気まずい感じになってしまいました。
確かに手元にあるのは念のためにとバッグに入れていた1回分だけ。
ストレスで周期が崩れるって話だったので今日まで来なかったのは幸運だったのかもしれません。
「俺は常備薬の方を選ぶから、そっちは頼む。量は1か月分で考えてくれ」
「わかりました」
そうして無事に色々買い終えた後、少し遅めの昼食を摂って時計を見れば15時。
まっすぐ帰るにはちょっと早い気もします。
出かけたりしたのも久しぶりですし、もう少し何かしていたい気分です。
私のその思いが顔に出ていたのかもしれません。
「疲れてはいないか?
まだ余裕があるなら気分転換に近所の自然公園に散歩に行こうか」
「はい、行きたいです」
あの人の提案に二つ返事で頷き、私たちはのんびりと歩いて公園へと向かいました。
あ、買った荷物は後で家まで配送してくれるみたいです。
公園は特別珍しいものはなく、お爺ちゃんたちが散歩していたり3歳くらいの子供を連れた家族が遊んでいました。
その穏やかな時間が今の私には良かったんでしょう。
自分では意識していませんでしたけど、凍り付いた心が暖かな日差しで溶けていくようでした。
「わんっ!」
「!!」
わっ、犬です。しかも大型犬のサモエドです。
お隣にいらっしゃるお婆さんが飼い主でしょうか。
うわぁ、毛並みがふわふわです。
いいなぁ。抱きしめてもふもふしたいです。
「ふふっ。良かったら撫でてあげてくれますか?」
「え、いいんですか?」
「ええ。この子は人に撫でられるのが好きですから」
「ありがとうございます。じゃあ」
お婆さんの許可ももらえたので早速わんちゃんの頭を撫でてみると、見た目通りふわふわです。
私がなでるとわんちゃんも気持ちよさそうに目を細めていてかわいいです。
私の家でも1頭飼ってました。
その子は私が生まれる前から家族の一員で、小さい頃の私の写真には常に一緒に写っているくらいいつも一緒でした。
2年前に寿命でこの世を去った時は一晩中泣き明かしました。
それが初めて私が『死』を体感した時でした。
「……」
「……どうかしました?」
「あ、いえ。ありがとうございました」
お婆さんとわんちゃんにお礼を言って別れた後、その後姿をぼーっと見つめていました。
その姿が見えなくなったところであの人がそっと私の肩に手を置きました。
「帰ろうか」
「……はい」
あの人の言葉に小さく頷いて無言で帰路に就きました。
マンションの入口に着いたところであの人は「えっと」と声を上げました。
「夕飯の買い出ししてくるから先に部屋に入ってて」
「え」
「ゆっくり選んでくるから1時間後くらいで戻るから」
「あ……はい」
別れ際にそっと私の頭に手を置いた後、そのまま立ち去りました。
私は部屋に戻るとベッドに突っ伏しました。
「はぁ。……ねぇエルちゃん」
『はい』
「私のお父さんもお母さんも死んじゃったんだよね」
『はい、そう伺っています』
「もう二度と会えないんだよね」
『ええ』
お父さん。お母さん……
私は枕に顔をうずめて涙を流しました。
ふと、トントントンッという音で目が覚めました。
どうやらあのまま眠ってしまっていたようです。
今の時間は20時過ぎなので3時間くらいかな。
居間に行くと部屋の片隅には段ボールと紙袋。きっと今日買ってきたものですね。
あの人は台所でご飯の準備をしてくれてました。
「お風呂沸いてるから入るか?」
「あ、はい」
「あとお風呂入ってる間に寝室入っても大丈夫か?」
「え、あ、はい」
あの人は私の方を見ずにそう聞いてきました。
私は返事をしつつ、一度寝室に戻ってベッドを軽く整えてから着替えを持ってお風呂に向かいました。
その際にもあの人は料理に集中しているのかやっぱり私の方を見ることはなくて。私は私で泣いた跡を見られなくてほっとしました。
お風呂から上がると居間に置いてあった段ボールが開封されていて、あの人がちょうど寝室から出てくるところでした。
手に持っているのは収納ケース?
「おや、今日は早かったな」
「あ、はい。あのぉ、それは?」
「ん?ああ。クローゼットに入ってた俺の衣服と机の中に入ってた小物だ。
これでどっちも空になったから今後は自由に使うといい」
「あ。ありがとうございます」
「とは言っても先にご飯にしようか」
「はい」
今日の晩御飯はミニハンバーグの山。
自分の食欲に合わせて山から好きな個数を取って食べれば良いってスタイルです。
味?味は、まぁ普通でしょうか。
でも今日は出掛けたりしたお蔭でちょっと多めに食べてしまいました。
食後寝室に戻って今日買った衣服をクローゼットにしまった後、バッグの中身も取り出して机の引き出しに仕舞っていきます。
あっ、携帯電話。
見ればゆっこ達からのメールが沢山来てました。
確認してみれば予想通り私の事を心配する内容ばかりです。
その中で『学校にはいつから来れそう?』というのがありました。
学校。
そうですよね。学校、行ったほうが良いですよね。
「あの」
「ん?どうした?」
居間に戻ると、あの人は居間の隅に作られた作業スペース(折り畳み机と衣装ケースを積み上げた棚)でパソコンで何か作業をしていました。
「もしかして仕事中でしたか?」
「まぁそうだけど大丈夫。何かあった?」
「えっと、学校って行ったほうが良いのかなって思って」
「あー、学校か」
私の言葉を聞いて悩まし気に頭をかくあの人。
もしかして学校に行くのに何か問題があるのでしょうか。
「うーん、いや。そうか。日常生活に戻ったほうが回復は早いか」
「あの……」
「あ。学校に行きたいなら明日からでも行けるよ」
「はい」
「ただ幾つか注意事項と約束事があるんだけど聞いてもらえるかい」
「……わかりました」
そこから始まったあの人の話は、心配性を拗らせた妄想なんじゃないかって思ってしまいましたが、あの人があまりに真剣なので一応心に留めておきましょうか。
という訳で、ここまでで第1部です。
この先は両親の死を受け止めた妹が心配性の兄に守られながら成長していく、予定です。
ただ予想通り投稿ペースは落ちる見込みなので気長にお待ちください。