7.買い物に行こう
~~ 妹Side ~~
朝。この部屋で目覚める2度目の朝です。
昨夜もあの夢は見ていたはずなのですが、昨日同様気が付けば朝になっていました。
環境のせい、なのでしょうか。
あと昨日と違う点が1つあります。
「おはよう、エルちゃん」
『おはようございます。マイシスター』
ベッドの枕元に置いておいたTZMのエルちゃんに挨拶すると、自然な声で挨拶が返ってきました。
これで見た目がお人形やぬいぐるみだったらかなりファンシーな感じですね。
朝からちょっとほっこりしつつベッドから降りようとするとエルちゃんから声がかかった。
『マイシスター。起きられるなら私を装着してください』
「家の中でも着けるんだね」
『はい。隣の部屋に行った瞬間に大地震が発生する可能性もあれば、窓から突然不審者が侵入してくる可能性もゼロではありませんから』
「はぁ。何を想定してるの、まったく」
あの人の会社で開発?育成?されたエルちゃんはどうも極度の心配性です。
私としては圧迫感や強制されてる感じはしないので大丈夫ですが、ほかの人はどうでしょう。
こういうことも伝えておいたほうがいいのかな?
私はエルちゃんを左腕に装着して居間に行くと、あの人は既に起きていて朝ごはんの準備をしていました。
私に気が付いたあの人は、コンロの火を止めて私の目の前に来ると少しかがんで目線を合わせてにっこり笑いました。
「おはよう、万里。少しは眠れたみたいだな」
「あ、はい。おはよう、ございます」
未だにこうしてじっと見つめられると恥ずかしいというか緊張するというか。
年の近い男性って今までいませんでしたから仕方ないですよね。
今日は納豆になめこのお味噌汁にサラダに浅漬け。あと昨日のシチュー。
格別美味しい、なんてことは無いけど、昔お祖母ちゃんの家で食べたごはんに似てる気がします。
そんな感じにちょっと懐かしく思っているとあの人が言いました。
「今日は10時になったら出かけるから準備してくれ」
「あ、はい」
準備ってことは私も行くってことですね。
どこに行くんでしょう。
そうして10時になって向かった先は駅前のデパートでした。
そこでまず思ったのは、意外と知っている駅に近かったんだなってことでした。
知らない街だと思ってましたけど、ほんの隣の区だったんですね。
デパートに向かったのは衣料品売り場。それも女性向けのフロアでした。
あの人は適当なブースに行くと女性店員さんに声を掛けました。
「あのすみません」
「はい。いらっしゃいませ」
「失礼ですが、あなたはプロですか?」
「「は?」」
思わず私と店員さんの声が被りました。
今の質問はいったい何なんでしょうか。
ほら、店員さんもすごい訝しげな視線になってます。
ただあの人はそれをどう思ったのか、
「すみません。お時間を取らせました」
そういった後、私を連れて別のブースの別の店員さんに同じ質問をして回りました。
これに一体どんな意図があるのか分かりませんが、4人目の店員さんになったとき。
「あなたはプロですか?」
「はい。本日は何をお求めですか?」
(おぉ~)
あの人の質問に初めて二つ返事で頷く40代くらいの女性店員さんに心の中で感心してしまいました。
あの人もやっと見つけたという感じで笑顔になりました。
「彼女の服を4、5着見繕って頂けますか?
華美すぎず、普段着として着こなせるものをお願いします」
「かしこまりました。
ではお嬢様。本日はよろしくお願いいたします。
私は『天使の羽』店長の柴田と申します」
「あ、はい。よろしくお願いします」
丁寧にあいさつしてくれる柴田さん。
これまで回ってきた3人の店員さんは(あの人の聞き方も悪かったと思いますが)私の事をどこか値踏みしている感じがありましたが、彼女からは真摯な雰囲気が伝わってきます。
あの人の良くわからない質問はこれを求めていたのでしょうか。
「では後はお願いします。1時間くらいあれば大丈夫ですか?」
「はい、お任せください」
「じゃあ俺はほかの買い物をしてくるから、もし早く買い物が終わったらここで待っていてくれ」
「わかりました」
私は柴田さんと一緒にあの人が別の階に移動していくのを見送りました。
過保護なあの人にしては珍しく心配するそぶりも見せずに私をその場に残してお店を後にしました。
それだけ柴田さんのことを信頼したということなんでしょうね。
「さあお嬢様。こちらへどうぞ」
「あ、はい」
そうして私は柴田さんと一緒にブースの奥に移動するのでした。
~~ 兄Side ~~
俺は万里を柴田さんに預けた後、俺は家具売り場に向かった。
と、その前に。
「エル、大丈夫そうか?」
『はい。問題ありません』
万里に着けてもらっているエルに連絡を取って状況を確認した。
時々、保護者がいる時といない時で態度を豹変させる人が居るからな。
幸いあの人は期待以上に良い人だったみたいだ。
ちなみにTZMに盗聴機能はない。
たとえ保護者であっても保護対象のプライバシーを侵すことはできない。
先ほどの確認も保護対象の安全を守るためという基準のもとに差し障りのない内容だけ回答を受け取れるようになっている。
まあそうじゃないと安心して使えないよな。
~~ 妹Side ~~
無事に5着が決まって数分経ったところであの人が戻ってきました。
「どう?決まった?」
「はい」
「じゃあ会計してくるから待ってて」
あの人は私に一声掛けた後、柴田さんにお礼を言って一緒にレジカウンターに向かいました。
あれ、そういえばこのお店ってどちらかというと高いお店なんじゃないでしょうか。
本当に今更ですけど。
服を選んでいた時には値札とか付いてなかったのですけど。
試しにすぐ近くに飾られていたブラウスの値段を確認してみたら、1、2、3、4、5!?
1着1万円以上もするんですか!?
どうしよう。さっき上下合わせて10点くらい選んでしまいました。
つまり最低でもじゅう・まん・えん……。
これは流石に怒られるんじゃないでしょうか。
そう心配していたのですが軽い足取りであの人は戻ってきました。
「お待たせ。次に行こうか」
「え?あの……って次!?」
「そ。だって肌着も買う必要があるだろ?」
「それはそうですけど」
ずんずん先に行ってしまうあの人の背中をを慌てて追いかけました。
女性下着もけっこう値段張るんですけど大丈夫なのでしょうか。
~~ 番外編:柴田Side ~~
今日は不思議なお客様がいらっしゃいました。
親子にしては歳が近く兄妹にしては距離感のある二人組です。
もちろん詮索は致しませんが、お客様の人柄に合わせてご提案させて頂くものも変わりますのでお客様がどういう人なのかを理解するのは大事なことです。
それにしても突然プロかと聞かれたのはこれで2度目です。
1度目は店長に就任する際にオーナー様と面接したとき。その時は色々な感情が渦巻き、頷くまでに1分近くかかってしまいました。
そのおかげでしょう。2度目の今回は気負うことなく頷くことができました。
それを聞いたお兄さんは私の返答に満足したのか妹さんを預けて出ていかれました。
予算面など何も仰っていませんでしたが、大丈夫でしょうか。
私にプロかと聞くくらいですから、私から値段を気にして手を抜く気はないのですが。
そう思っていたら妹さんの左腕に目が留まりました。
「あら」
「え?」
「あの失礼かもしれませんが左腕のそれは何でしょうか?」
「あ、これは……って答えても大丈夫なのかな?」
『大丈夫ですよ。初めまして柴田様。
私はTZM最新型のエルと申します』
「っ! 左様でございますか。
よろしくお願いいたします。エル様」
突然聞こえてきた声に驚きましたがTZMといえば防犯グッズの最高峰。
最高峰というのは性能もですが費用面でもです。
本体代が20万円前後ですが毎月の契約料も数万円はするはず。
つまりそれだけ大事にされているってことなのでしょうね。