69.伯父さんへの繋ぎ
~~ 妹Side ~~
初詣も無事に終わり、次に向かったのは伯父さんの家のはずだったんですけど、お兄さんに付いていった先にあったのは高層ビルでした。
てっきりマンションか一軒家だと思っていたのですが違うみたいです。
え、もしかして伯父さんってすごいお金持ちなんでしょうか。
「あの、伯父さんの家ってここなんですか?」
「ああ。今はここの37階で生活しているらしい」
「37階……」
駅ビルなら分かりますが個人が生活する家で37階って初めて聞きました。
あ、一応セレブの紹介番組とかで存在自体は知ってましたけど、まさかこんな身近にいるなんて。
「お、お兄さん。私、普通の私服で来ちゃってますけど大丈夫ですか?」
こういう所って曰くドレスコードみたいなのがあるんじゃないでしょうか。
ラフな服装で来たら黒服のSPが出て来て摘まみ出されたりとか。
そう心配した私を見てお兄さんは笑いました。
「いやいや、一応プライベート空間だからな。
そりゃ破廉恥な格好で歩いてたら通報されるかもしれないけど、Tシャツ短パンとかジャージでも怒られたりはしないよ」
「ほっ」
「あ、でも時々芸能人とかは居るみたいだし挨拶とか礼儀はしっかりな」
「は、はい!」
言われてみればこういう所に住んでいるのはお金持ちの人でしょうし、プロ野球選手とかテレビのゴールデンタイムに頻繁に顔を出してる人とか有名アイドルとかが暮らしてても不思議はありません。
や、やっぱり私達の場違い感がハンパないと思うんですけど。
そんな私の不安を気にすることなくお兄さんはスタスタとエントランスに入って行ってしまいます。
慌ててその後を追いかけてエレベータに乗った私達は15階で降りました。
「あれ?なんで15階で降りるんですか?」
「そりゃあ今のエレベータは15階までしか上がれないからな」
どうやら15階までは低層階という扱いのようです。
更に上の階に行くには専用のゲートを越えた先にある高層階用のエレベータに乗る必要があるみたいです。
でもおかしいですね。
こんな立派な高層マンションなのに特に手続きとか無く進めてしまえてるんですけど。
どうなってるんでしょう?
その答えは今乗っているエレベータにも付けられているカメラにありました。
「俺達が来たことはマンションの監視システムに既に把握されているんだ。
で、俺は顔を含めて幾つか生体パターンが登録されているからここの住人と同じ扱いで顔パス。
万里もエルを通じて俺の家族として認識されているから面倒な手続きとかはスルー出来たんだよ」
「な、なるほど」
ちなみに監視システムはカメラだけじゃなく、危険物探知機など複数のセンサーが随所に埋め込まれているらしいです。
爆発物の類いは花火であってもそのセンサーに引っ掛かるそうです。
ぱっと見で分からないのは流石というべきなんでしょうね。
そして遂に玄関扉に到着。
って、あれ?
エレベーター降りたら広場があったんですけど、そこから行ける扉は1つだけって。
「も、もしかしてこの階に1室しかないんですか?」
「まあオーナーフロアだしな。
と言うわけでポチっとな」
ピンポーン♪
悩む間もなくお兄さんがチャイムを鳴らしてしまいました。
『合言葉は?』
「静江さんは世界一美しい」
『よろしい』
謎のやり取りが終わるとガチャリと扉が開きました。
ごくり。
噂の伯父さんが遂に登場です!
「やあやあ、明けましておめでとう。
ささ、まずはずずいと入ってくれたまえ」
「はいはい」
「は……」
あ、赤ジャージ!?
きっとジャケットが似合うナイスミドルかなって想像してたのに、まさかの赤ジャージでした。
さっきの服装の元ネタはここなんですか?!
もう出だしから驚きっぱなしで疲れて来たんですけど。
そして通されたリビングは当たり前のように広くて家具の一つ一つもきっと高価なのでしょう。
ソファの隣に等身大の虎のぬいぐるみまで置いてあります。
「ふふっ。ごめんなさいね。
どうせ賢護さんからは何も説明されないまま連れてこられたのでしょう?」
そう言いながらお茶を運んできてくれたのは20代と思われる女性。
伯父さんの年齢からして娘さん、でしょうか。
「ふっ。紹介しよう。世界一美しい妻の静江だ」
「えっ……」
「ふっ。妹の万里だ。芯が強くて気遣いも出来るとっても良い子だ」
まさかの奥さんでした。
そして驚く私を無視して、何故か対抗するように私の自慢をするお兄さん。
静江さんはいつもの事なのか2人を無視して私をソファに誘ってくれました。
「あの人ってば知り合いが来る度にあれやってるのよ」
「はぁ」
「それにしても、あの賢護さんがあそこまで堂々と自慢するっていうことは、よっぽどあなたの事が大事なのね」
「あ、あはは」
なんというか隣でこう、堂々と自慢されると照れるのを通り越して恥ずかしくなりますね。
こういうのを親ばかって言うんでしょうか。お兄さんだから兄ばかかな?
「はいはい、あなたたち。お茶が冷めるからいい加減座りなさい」
「「はい」」
静江さんの一言で大人しくなる男性陣。
伯父さんは尻に敷かれるタイプなのでしょうか。
ソファに座った伯父さんはお茶を一口飲んでから優しい顔で私の方を見ました。
「ま、挨拶はこれくらいにして。
君から見てどうだい?彼は」
「はい。凄く良い人だと思ってます」
「何か嫌な事とか困っている事は無いかい?」
「ちょっと、いえ、かなり?心配症で、気が付けば無理をしているところを除けば大丈夫です」
「そうかそうか。
彼に君の事を預かるように言ったのは私なんだが、正直言って上手く行くかは五分五分かなって思っていたんだ。
あ、もちろん彼の人柄を疑っている訳じゃない。
ただ人の世話なんてしたことないだろうし、ましてや年下の女の子だ。
知らず知らずのうちに禁忌を犯して、君から変態認定されて拒絶されてしまう可能性もあった」
そう言われて引き取られた当時を思い浮かべると。
「お兄さんは最初から過保護で心配性だったと思います。
視界に入るものから匂いに至るまで気を遣って、私を放置しないけど孤独にもさせない距離感を一生懸命模索していたんだと今なら分かります」
最初の頃は食事の時とか以外は部屋に引きこもっていた私。
お兄さんは私が居る時は絶対に寝室には入って来なかったし、逆にふと居間に行けばいつだってお兄さんは私に笑いかけてくれて、でも近づくことはないっていう徹底ぶり。頭撫でるのにもだいぶ遠慮してましたからね。
幸い私は早いうちに元気になりましたけど、そうじゃなかったら1か月でも1年でもお兄さんは根気強く面倒を見てくれたと思います。
「彼の心配性が過ぎる部分が逆に心配になっていた所ではあるがね」
「まぁ、実を言うと最初はお兄さんには妄想癖でもあるんじゃないかって考えてしまいました」
「そうだね。彼は最悪の最悪の最悪くらいを考えてしまうからね。
そんなのジャンボな宝くじで一等前後賞を引き当てるくらいの確率だというのに。
まったく困ったものだよ」
はっはっはと楽しそうに笑う伯父さん。
お兄さんは心当たりがあるのか視線を逸らしてます。
「でだ。今日は新年の挨拶ってだけじゃないんだろ?」
伯父さんのその一言でようやくお兄さんがこっちを見ました。
その目は真剣そのもので最初のふざけた感じは完全になりを潜めています。
「今日はそのハズレの一等賞を引き当てた時の為に来たんだ。
俺に何かあった時には万里が伯父さん達に頼れるように紹介しておこうと思ってこうして連れてきた。
万里。もしもの時に伯父さん達以上に信頼できる人を俺は知らない。
俺が居なくなって自分じゃどうしようもない事態に陥ったら迷わず伯父さん達に相談しなさい」
「って、お兄さん!?流石にそれは縁起が悪すぎると思います」
まさかの発言につい声を荒げてしまいましたがお兄さんは至って真面目です。
それにもしもなんて、そう何度も起こられては困ります。
「そうよ。口は禍の元。噓から出た実。思考は現実になる。口の兄と書いて呪う。
そんな言葉が沢山あるくらいには、言葉っていうのは力があるんだから気を付けないと」
「そうだぞ。そういう訳でそんな悪い口は酒で清めるに限る。
万里さんも今日は無礼講だ。これも社会経験だと思って飲んでいくと良い」
「え、いえでも流石に」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと度数の薄いカクテルなんかも用意してあるから。
ヨーロッパに行けば小学生でもワインを水代わりに飲んでいるんだ。心配することは無い」
「ええ~~」
ひとりだけソフトドリンクという訳にもいかず、ちょっとだけ飲んでしまいました。
結局元の話がうやむやになってしまいましたけど、まぁ良いですよね。




