66.家事と間違い探し
~~ 妹Side ~~
熱のせいもあって、お兄さんは程なくして眠りに就きました。
最近は私が使わせてもらっていたとはいえ、元はと言えばお兄さんのベッドですから寝心地も悪くないのでしょう。
ふふっ、お兄さんの寝顔。
普段は私の方が先に寝てしまうのでこうしてじっくり寝顔を眺めるのも珍しいです。
普段のキリッとした顔も悪くないですが、こういう顔も悪くないですね。
「よし、じゃあやりますか」
私はそう呟くと、お兄さんを起こさないようにそっと寝室を後にしました。
寝室の戸を閉めて、改めて居間を見回すとさっきまでお兄さんが使っていた掃除機が脇に置いてあって、洗濯籠には洗い物が結構溜まっていて、キッチンも食器は洗ってあるけど、シンクはちょいちょい汚れてます。
今回のお兄さんの体調不良の原因の一端は私が自分の事ばかりで家事とかを蔑ろにしてしまったことにあります。
この1ヶ月を振り返ってみても、私がやってた家事なんて必要最低限。
お兄さんは何も言わずに居てくれましたけど、きっと心の中では手を出したくてウズウズしてたのかもしれません。
姑さんが居たら発狂してますね。
なので、お兄さんが元気になった時に、もう安心して仕事に集中出来るって思ってもらえるように家じゅうをピカピカにしてみせましょう。
「まずはお兄さんが途中までやってた掃除機からかな。って」
床の状態をよく見るとごく一部の範囲だけ掃除機が掛けられていました。
私が帰ってくる直前に掃除を始めたとは考えずらいので、恐らく熱に浮かされて同じ場所を何度も掃除していたのでしょう。
まったく、無理ばっかりして。
掃除機が終わったら次は……
『洗濯は早めにするのがお勧めです』
「はーい」
エルちゃんにアドバイスも貰いながら洗濯かごの中身をカバンに詰め込んで。
いや、待ってください。何か予感がします。
この一見ただ乱雑に積み上げられた洗濯物も、お兄さんが何かやっている可能性がありませんか?
私の分は特に変なところはないですね。
ならお兄さんのかな。
試しにお兄さんのシャツを取り上げて臭いを嗅いでみます。
「くんくん。お兄さんのにおい、って違う違う」
慌てて周囲を確認しますが誰も見てないですよね。
ふぅ。
でもシャツが何ともないとなると、ぱ、ぱぱパンツでしょうか。
自分でも若干危ない道に進んでる気がしなくもないですが、これはお兄さんをより理解するために仕方なくやってるんだから大丈夫。決してやましい気持ちがある訳ではないんです。そうです、何も問題はありません。そうですよね!
って、あれ?なんで?
「なんでパンツが1枚もないの?」
改めて確認してもシャツは2枚あるのにパンツがありません。
まさか履いてないとか洗濯してないとは考えづらいのですが。
もしかして年頃の女の子=私に見られるのは良くないと言って別にしてあるのでしょうか。
なんかそんな気がしてきました。
私は気にせず肌着も全部置いてたのですが。ってもしかしなくても、それ全部お兄さんが洗濯してたんですよね。
ほんと今更ですが。
で、お兄さんのパンツは?お兄さんの洋服箱を漁ると出てきました。
何故かにおいを嗅ぎたい衝動に駆られますがぐっと我慢です。
……これがお兄さんのパンツ。
これだけ聞くと変態っぽいですが、心を無にして洗濯しないと。
無事に洗濯を終えた私は買い物へ。
流石にここで何かある、なんて事はないですね。
買ってきたものを冷蔵庫にしまう私の目に見慣れたものが映りました。
プリンです。
我が家の冷蔵庫には常にプリンなどがあって、学校から帰った後によく頂いています。
お陰で最近体重が、あ、いやいや。
「でもお兄さんがプリンを食べてる姿ってほとんど見たことないかも」
じゃあなんで常備されてるのって、これも私のためなんでしょうね。
では逆にお兄さんの好きなおやつって何でしょう。
ホットケーキ?でもあれはあの喫茶店だけかな。
まぁ元気になったら聞いてみましょう。
よし。お次はお風呂掃除。
風邪をひいた時には暑いお風呂で汗を流した方が良いって言ったり言わなかったりしますから、お兄さんが入りたいって言った時にいつでも入れるように準備しておきましょう。
でも腕捲りをした私の前に立ち塞がったのは、トイレ。
あ、別にトイレが動いてきた訳じゃ無いんですけどね。
まあそれはいいとして。
私の脳裏を過る『トイレ掃除ってやってなくない?』という疑問の声。
そうです。よく考えなくてもこの1ヶ月、私はトイレ掃除をしてません。
でも目の前にあるのはいつもピカピカのトイレ。
つまりここもお兄さんがこっそり掃除してたに違いありません!
家事を私に任せて私の前ではぐうたらしてて内心『お兄さんも遂にダメ親父化ですか?』なんて思ってたのに全然ですね。
むしろどうぞ安心してダメ親父になってくださいって言えるようにならないと行けませんね。
そうして一通り家事を終えてひと息ついていた頃にようやくお兄さんは目覚めました。
「おはようございます。気分はどうですか?」
「ああ。ひと眠りしてすっかり元気になったよ。ありがとう」
そう言ってベッドから起き上がろうとするお兄さん。
ですがそうはいきません。
「風邪は治り始めが肝心ですから、今日はお手洗い以外、ベッドから出るの禁止です。
それに、ん~~やっぱり。まだ熱下がりきってないですね。
なので大人しく寝ててください」
「うーむ。まるでお母さんみたいだな」
お兄さんが私をからかってきますがその手には乗りません。
「はいはい。そんなこと言ってもダメですよ。
それよりお腹空いてますか?梅がゆ作ってますけど」
「おー、梅がゆ。いいなぁ」
「よし。ちょっと待っててくださいね。
あ、エルちゃん。お兄さんが起き出さないように見張っててください」
『承知しました。マイシスター』
エルちゃんをお兄さんの枕元に置いた後、キッチンに行って用意しておいた梅がゆを温め直して風邪薬も確保してお兄さんのもとへ戻ります。
よしよし、流石のお兄さんでもエルちゃんの監視を抜けることは出来なかったみたいです。
「ではお兄さん。あーんしてください」
「いや、自分で食べられるぞ?」
「ダメです。今日はヨボヨボのおじいちゃんの如く私にお世話されてください」
「むむ、これは言っても聞かないやつだな。仕方ない」
抵抗を諦めて私の持つレンゲからおかゆを食べるお兄さん。
普段お世話されてばかりだから、こういうのも新鮮で良いですね。
食事が終わったら薬を飲んでそれから……あっ。
お世話と言ったらあれは外せませんね!
「お兄さん、寝ないでちょっと待ってて下さいね」
「ん?」
食器を片付けるついでに風呂場からお湯を張った洗面器とタオルを数枚確保してっと。
寝室に戻ってこればお兄さんは無事に半身を持ち上げた状態のままでした。
そのお兄さんは私の持っている洗面器を見てちょっとだけ驚いたようですが、一瞬考える素振りをした後にため息をついて言いました。
「俺の身体を見てもあまり驚かないこと。あと当然だけど上半身だけな」
そうしていそいそと服を脱ぎ始めるお兄さん。
といってもやっぱり汗で張り付いて脱ぎにくいみたいなので私も手伝います。
私の手元にはお兄さんの脱ぎたてのシャツ。って、それはもう良くて。
それより上半身だけとは兄さんの裸。
「うわぁ。す、すごいですね」
「だからあまり見せたくなかったんだが」
初めて見たそれは、想像通り引き締まっていて、想像した以上に傷だらけでした。
流石に胸に7つの穴が空いているなんてことはないですが、その世界の人達並みに何か所も縫った痕が肩にも胸にもお腹にもあります。
特に左胸の少し下にある大きな傷跡。これが恐らく子供の頃に事故で死にかけた時の傷なんでしょうね。
他の傷は玲奈さんの話にあったものもあるのでしょうけど、それでも多すぎる気がします。
「どうしてこんなに多いんですか?」
「まぁ人生色々っていうか。中学を卒業してから何度か事件や事故の現場に居合わせる事があったからな。
その度に人助けしてたらこうなった」
「どんだけ悪運が強いんですか」
普通こんな大怪我をすることなんて人生で1度か2度でしょう。
それなのにお兄さんの場合5回や6回では済んでないように見えます。
中学卒業以降って事はほぼ年1回以上のペースなんですけど。
これはもう何かに憑りつかれているんじゃないかと心配になるレベルですね。




