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62.年末はどこも大変だ

~~ 兄Side ~~


12月。それは一部の業界では最も忙しい月であり、無事に年を越せるまではまさに戦争のような状態になる。

とある歌の中では12月は夢見がちだった男女が急に正気に返るシーズンなのだとか。

いやまぁ、それだけなら良いんだけど。


「いいか。毎年12月には何故か犯罪件数が増加する。

特に女にフラれて気が狂った男が元カノを襲う事件は必ずと言っていい程起こる。

それらを防いで楽しいクリスマスと年越しを過ごせるようにするのが俺達の使命だ」

「「はいっ!!」」

「幸い先月から始まった街頭カメラとのコラボによりメインストリートやレジャー施設、公園などの入口で不審な人物の情報は逐一TZMに連携されるようになった。

とは言え、犯罪が起こるのは多くの場合、人気のない路地裏や公園の奥、公衆トイレなどだ。

流石にトイレの中まで監視の目を光らせるのは無理だからな。

俺達が出来るのはTZMから送られて来た情報を元に警備会社と連携し、事件が起きたとしても取り返しがつかなくなる前に事態を収拾出来るようにすることくらいだ」


俺の言葉を聞いて田中が質問をしてきた。


「あの主任。事件を起こさないようにするのは無理なんですか?」

「良い質問だ。その疑問は俺も最初の年に思った。だけどはっきり言おう。無理だ。

世界中の人がTZMと同等のシステムを活用してくれればと思ったこともあるが、それでも人の自由意思、特に激情を止めることは出来ないだろう。

犯罪が起きる前に介入するシステムを作れば今度はちょっと危険な遊びでさえ規制されてしまう不自由な世界の出来上がりだ」


実際問題、強姦だと思って踏み込んだら恋人同士の過激なSMプレイだった、ということは無くはない。

それを防ぐためにTZMには保護対象者の性癖や友人関係などを把握する能力も備わっている。

もちろんそれを第3者に公開することはありえないが。

ただ、それでも完璧とはいかない。

日々成長するTZMと言っても人の突飛な思考を完全に把握することは出来ないし、所謂第六感的なものが働いてはくれない。

そして得てしてそういう理屈じゃない部分が犯罪対策に役立つことが多い。


「と言っても、流石に24時間、デスクに張り付いて監視をする訳じゃないから安心してくれ。

通常業務に加えて随時送られてくる情報を精査する仕事が増えるだけだ。

集中して作業が出来なくなる分、ミスも増えるだろうから、そこはお互いにフォローし合って業務に支障が出ないようにしていこう。

そしてそんな忙しい中、昨日伝えた通り俺はコアの開発に入る。緊急時以外は動けなくなるが逆を言えば緊急時は遠慮なく声をかけてくれ。

俺からは以上だ」


朝礼で厳しめに挨拶をしたけど、早々事件が起きる訳が無い。

皆もそれが分かっているので、いつもより多少ピリッとした空気が流れる程度でやっていることは変わらない。

ただ俺は今日からコアの開発に入るからな。

最新の開発ツールの精密さの問題で作業中の俺は他に意識を向ける余裕は無い。

俺が動けなくなる分を皆で頑張ってもらう必要はある。


「じゃあ後を頼む」

「はい。主任も根を詰め過ぎないでくださいね」


同僚に一声かけてから俺は専用のヘッドギアを装着した。

これは装着者の脳波を直接読み取ってプログラムをするツールだ。

これのお陰で通常のキーボードでタイピングするよりも数倍から数百倍の速度で開発を行う事が出来る。

もっとも。慣れない人が使うと雑念ばかりが読み取られてノイズだらけになったり、欲望というか煩悩がそのまま出力されて人にお見せ出来ないものが出来上がったりする。

なので、まだまだこのツールの性能を十全に発揮できるのは全世界でも一握りに限られるのだとか。


……

…………

………………トントンっ


「ん、時間か?」

「はい。そろそろ連続使用限界です」


俺は肩を叩かれたのを合図にデータを保存してヘッドギアを外した。

その瞬間、俺の全身をまるでハーフマラソンを完走した後のような倦怠感が襲う。

実際には手足はほとんど動いていないはずなんだけど、作業中の俺の様子を見た同僚曰く、まるで痙攣しているかのように小刻みに体が動いているから、そのせいで疲れるんだと思われる。

それに連続使用限界は3時間と決まれれている事からも分かる通り、このツールは脳への負担が大きいのだろう。


「主任、お茶淹れましたので休憩にしましょう」

「ああ、ありがとう」


俺は休憩スペースで柊さんが用意してくれたお茶とイチゴのショートケーキを頂きながら一息ついた。あ、そう言えば昼休み中に万里からメールが来ていたか。

あの時はツールを使う直前で意識を集中させてたから見る暇がなかったんだよな。

えっと、どれどれ。


『お兄さん。

実は明日から期末試験だったことをすっかり忘れていて試験勉強が全然出来てないんです。

だから今週の家事は休ませてもらえないでしょうか』


ふむ。本音を言えば家事に盆も正月も関係ないのだけど。

まあまだそこまで求めるのは酷か。

今月に入ってから慣れない家事と学業を両立させるので大変そうだったからな。


『了解。ただ今夜は帰りが遅くなるから夕飯は自力で調達してほしい』


送信っと。

さて、じゃあもう1頑張り行きますか。


「主任。またやられるのですか?」

「ああ。折角ならクリスマスに間に合わせたいからな」

「あまり無理をならない様に」

「分かっている。今のところ特に問題は起きてないな?」

「はい」

「よし。行ってくる」


そうして俺は本日3度目となる開発作業へと入った。

次にヘッドギアを外せばあっという間に20時過ぎ。

この時間でも会社には半数以上が残っていた。


「主任、今日はもう上がってください。雑務はこちらでやっておきますから」


柊さんが用意してくれた蒸しタオルで目元や首筋をマッサージする。

これをするかしないかで疲労の回復具合が全然違うんだよな。


「ありがとう。でも柊さん達も早めに上がってくれ。

深夜まで働いて、帰り道で襲われた、なんて言ったら笑い話にもならないからな。

雑務くらいなら家でも出来るし」

「そう言って家で徹夜で仕事をする人が居るから困るんですけど」

「はっはっは。まぁまぁ。今日の所は帰ろう」

「笑ってごまかさないでください」


柊さんのお小言を聞き流しながら俺は会社を出た。

家に帰れば21時前。

この時間だと万里は既にご飯を食べてお風呂も上がっているだろう。

玄関を開けて居間を覗いてみたけど明かりが消えていた。

キッチンには料理をした痕跡が無いけど、もしかして食べてないのか?

試験がどうこう言ってたから、試験勉強に集中して食べるの忘れてたりして。

寝室のドアをノックしながら開けてみれば案の定、万里は机に向かって勉強していた。


「ただいま」

「あ、おかえりなさい。お兄さん」

「夕飯は食べたのか?」

「あ、うん。久しぶりにカップ麺で済ませちゃった」


なるほど。それで料理をした痕跡が無かったのか。


「一応、お兄さんの分のカップ麺も買ってきてあるから良かったら食べてください」

「うん、分かった」


と言っても今の体力的にもうちょっと栄養価の高いものを摂りたいし久しぶりにプロテインかな。

後は万里もまだまだ育ち盛りだしカップ麺だけじゃ夜中に小腹が空くかもしれないから軽く摘まめるものも用意しておくか。

要らなかったら自分で食べればいいし。


「じゃあ俺は勉強の邪魔にならないようにしよう。

無理しない程度に勉強頑張って」

「はい、ありがとうございます」


俺は寝室を後にすると、ホットミルクを差し入れてから重い足を動かして深夜営業のスーパーに向かった。

うーん、あの程度でここまで疲れるなんて歳かな。

エルのプロトタイプを創った時なんて今日と同じかそれ以上の密度で1月作業出来たんだけど。

ってあの時は完成した後に1週間寝込んだんだっけか。

今回は3、4日の予定だし何とかなるだろう。

そうして俺は夜食となりそうなサンドウィッチと明日以降の食材を購入していった。


……ピピッ


ん?ショートメール……エルからか。

ふむ。万里が寝落ちした、か。

時計を見れば既に1:30。

突然徹夜で勉強をしようとすればそんなものだろうな。

ちなみに万里が夜食を取りに来たのは23:30。

夜更かしと食後の眠気のダブルパンチに耐えるのは俺でも厳しい。


「ふぁ~~」


っと。さて、なら万里をベッドに運んで俺も4時間ほど寝よう。

明日は久しぶりに朝食と弁当を作ってやらないとな。



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