58.もうひとつのお兄さんの過去
すみません、色々難航中です。
~~ 妹Side ~~
待ち合わせ場所の駅前に着いた私はさっと玲奈さんがいないことを確認しました。
時計を見れば14:45。
待ち合わせ時間の15分前なので私がちょっと早く来過ぎた感じです。
お兄さんからは外で待ち合わせするなら10分前に待ち合わせ場所に居るようにすると良いって前に教えてもらった事があるのですが、玲奈さんも同じことをお兄さんから聞いてたらもしかしたら今くらいの時間には居るかなって思ったりもしたんですけど。
とんとんっ
「はい?」
「こんにちは、万里さん。随分早く来たのね」
肩を叩かれて振り返ってみれば、そこには玲奈さんが居ました。
今日はパンツルックで格好いい感じに纏めた服装をされています。
このタイミングってことは私が見落としただけで先に着いていたのでしょう。
「こんにちは。玲奈さんも早いですね。何時から来てたんですか?」
「私は15分前くらいね」
という事は待ち合わせ時間の30分前!?
「玲奈さんこそ早かったんですね」
「ええ。あなたならきっと遅くても10分前には来ると思ってたから」
「えっ。どうしてそう思ったんですか?」
「だってそういうこと賢護が言いそうな事じゃない」
「まぁ確かに」
流石お兄さんの元カノなだけあります。
きっと玲奈さんもお兄さんから同じようなことを言われたことがあるんですね。
「さ、立ち話もなんだから適当に喫茶店に入りましょう。奢るわよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
有無を言わさず、というよりも無駄を省いたその言動は不思議と相手を従わせる力がある気がします。
でも喫茶店かぁ。
ふとお墓参りの時の事が思い出されますけど、玲奈さんはどこまで知ってるのでしょう。
試してみる?……まぁ必要もないですね。
別に私は玲奈さんの事を探りに来た訳じゃないですし。
喫茶店のカウンターで玲奈さんはコーヒーを、私は無難にカフェラテを注文し空いてる席に座りました。
向かい合って座る玲奈さんはちょっと思案顔というか、気になるところがあるみたいですね。
「ねぇ、万里さんは今、高校生?」
「いえ、中学2年です」
「わぉ。若いとは思ってたけどそこまでとは。
うーん、賢護ってロリコンだったのかしら」
「え?」
いえ、多分お兄さんはロリコンじゃないと思います。
もしそうだったら私はともかく恵里香ちゃん達にももっと好色の目で接しててもおかしくないですけど、全然そんな素振りはなかったですからね。
むしろ玲奈さんの事がなければ女性に興味が無いのかと疑ってしまうところです。
「あの、どうしてそう思ったんですか?」
「え、だって。今はあなたと付き合ってるのよね?
あ、もしかしたら大人の付き合いは16歳になってから、みたいな話をしてるのかしら」
あれ?ってそうか。
前回お会いした時も確か私ってばお兄さんと腕を組んでましたし、傍から見たら年の離れたカップルに見えてしまっていたんですね。
玲奈さんもデートの邪魔してごめんねって言ってましたし。
「あの、私とお兄さんはお付き合いをしてる訳ではないですよ?」
「そうなの?って、え?お兄さん?」
私のお兄さん発言に目を点にする玲奈さん。
美人はそんな顔でも美人なのがズルいですね。
「はい。賢護さんと私は兄妹、というか家族です」
「……彼って天涯孤独だと思ったんだけど」
「色々あって今年の5月に養子に取って貰ったんです。
で、年齢的に考えて親子というよりは兄妹かなってことで今の関係に落ち着いてます」
私の話を聞いて玲奈さんは腕組みをして何か考えたかと思ったら深々とため息をつきました。
「はぁ~。なるほどね。大体事情が飲み込めたわ。
でもそっか。それなら全部納得できるわ」
「?」
「あぁ、ごめんなさいね。
あなたと仲良さそうに歩いてる姿を見てもしかしたらと期待したんだけど、やっぱり彼の傷は全然治ってなかったんだなと思ってね」
「傷、ですか」
普段の生活を見てると、どこか痛めていたり、古傷で行動に支障が出ているようには見えませんでしたけど。
「傷というか、病気とかトラウマって言った方がしっくり来るかしらね。心の傷よ。
すこし、昔の話をしても良いかしら。
この事は彼と一緒に居るなら知ってた方がダメージが少なくなると思うし」
「え、ええ」
「ありがと」
玲奈さんはコーヒーを飲みながら窓の外を眺めました。
まるで過去の自分とお兄さんを思い出すように。
「そうね。万里さんは彼が子供の頃に事故で両親を亡くした話は聞いてる?」
「はい。今年の夏休みに」
「ある程度具体的なところも?」
「……はい」
「なら話は早いわね。
その事故の影響で、彼は身の回りの大切な人を守りたいって気持ちが凄く強いの」
「まぁ確かに過保護だなって思う事はよくありますね」
それはもう初めてあった頃から数えきれないくらいお兄さんの過保護は見てきました。
時々ただの被害妄想なんじゃないかって思うこともあります。
でも確かに行き過ぎているきらいはありますけど、傷という程痛ましいものでも無いと思うんですけど。
「それって悪い事なんですか?」
「良い事だと思うわよ。ただし『自分を蔑ろにしてでも』って付かなければね」
「え?」
「覚えておいて。彼が守りたい対象に彼自身は入ってないの。
彼は誰かを幸せにするためなら自分が傷付くことも苦労することも何とも思っては居ないのよ。
いいえ、むしろ自分には価値を見出していないのかもしれないわ。
だから自分の事は最低限死ななければ良いなんて思っているんでしょうね」
言われてみると確かに思い当たることは幾つもあります。
私を引き取ってから1カ月近くは碌に寝ていなかったり、食事も私と一緒に食べるようになる前は野菜ジュースとプロテインだったみたいですし、普段着てる服も色あせてヨレヨレになっているものが多い印象です。あ、外出着はそれなりに真面ですけど、それも一緒にいる私が恥をかかないようにって意味があるのかもしれません。
「私なんて最初彼に会った時、彼は貢ぎ癖でもあるんじゃないかって疑ったわ。
必要なものは金額に関係なく買ってくれたから。
でも2回目のデートで試しに宝石を指差して『これ買って』って上目遣いでお願いしたら『え、なんで?』って素で返されたのは今でも覚えてるわ」
宝石は安全とか健康には無関係ですからね。
その代わり衣服とか生活に必要なものは金額に関係なく良いものを選ぶんですよね。
TZMだってかなりの額が掛かっているはずですし。
「まぁお金くらいは良いわ。
問題は付き合い始めてから4ヶ月目くらいかしら。
実は私、髪の毛がカラフルで身体中にピアス付けててナイフを舐めてるような変態集団に襲われちゃってね」
いや何故か明るく話してますけど、それってかなり危険な状態、というか、いつの時代の人達ですか?
「あわや犯されるのと殺されるののどっちが先かしらって時に彼が助けに来てくれたわ。
と、ここまではどこのヒーロー?って感じなんだけど、刃物持った暴漢5人を相手に無事で済む訳が無くて襲い掛かる暴漢を押し返すのが精いっぱいだったわ。
あの時は私を後ろに庇いながら何度も切り裂かれて血を流す彼を、私は泣きながら見ている事しか出来なかったわ」
「それでどうなったんですか?!」
「何度切られても彼が怖くなったんでしょうね。
暴漢達は逃げるように去っていったわ」
ほっ。
「でもね。何より私が怖かったのは、彼が私を振り返って笑顔で言うのよ『無事か?良かった』って。
自分は血塗れで意識を保つのもやっとだって言うのに。
肩にナイフが刺さったままなのよ?なんで笑っていられるのよ。
その時確信したわ。
彼の心はまだ壊れたままなんだなって。
そのあとすぐに警察と救急車を呼んでその場は収まったんだけど、無傷で泣く私と傷だらけで笑う彼を見て、みんな首を傾げていたわ」
そんなことがあったんですね。
でもお兄さん、私には一言もそんなことがあったなんて言ってなかったのに。
お兄さんにとっては本当に当たり前の事をしただけなのかもしれないですね。




