56.季節はずれの台風
今回はちょっと短めです。
~~ 妹Side ~~
あれから幸いにも噂が尾を引くこともなく、お兄さんが心配していたような私達が男子に狙われるようなこともありませんでした。
その代わりと言っては何ですが、水元先生は学校を辞められたそうです。
朝の時間に副担任の山本先生がやって来たので何かと思えば、そういうことで今後は山本先生が担任になるとのことでした。
水元先生が辞めた理由については特に説明はありませんでしたが、そのお陰で噂のネタが私達からそっちに移ってくれた部分はありますね。
ちなみにそれを聞いたお兄さんはというと。
「今回色々と暴走して失敗した責任を取ったつもりなのか、はたまた教師としてやる気を失ったのか。
本当に生徒の為を思っているのなら、この程度で教師を辞めるという選択肢は無かっただろうに。
ま、どっちにしろその程度の人だったって事だな」
そう言って呆れていました。
まぁ確かに以前言っていた『何があっても私はあなたの味方よ』という言葉はこれで完全に反故にされたことになるのでしょう。教師を辞めるという事はそういうことです。
そうして季節は流れて12月。
ついこの前、夏休みだ、かき氷だって言ってた気がするんですけど、過ぎ去ってみれば半年なんてあっという間です。
そして12月と言えばやっぱりクリスマス。
商店街も駅前もすっかりクリスマスの飾りつけがされ、プレゼント用の商品が並んでいます。
私達も今年は皆で集まってクリスマスパーティーとプレゼント交換をやろうって話してます。
なので今日はお兄さんを連れてプレゼントの下見です。
「お兄さんは欲しいものとか何か無いんですか?」
「特にないな。必要な物があれば都度買ってるし」
「ぶぅ」
これだからお金に余裕のある大人はダメなんです。
私なんて毎年お父さんお母さんから何が貰えるかって1週間前からワクワクしていたのに。って。
「あの、お兄さん?」
「ん、どした?急にしんみりして」
「お兄さんってご両親からプレゼントをもらった事ってありましたか?」
お兄さんって確か小学生の時にご両親を亡くされてるんです。
だからもしかしたら家族でクリスマスを祝ったことも無いのかもしれません。
そう不安になった私の頭にお兄さんの手がぽんっと乗りました。
「気にしすぎ。もうほとんど覚えてないけど、確か知恵の輪をプレゼントしてもらって喜んでた気がするから」
「知恵の輪、ですか」
「子供の遊び道具としては安価で知育にもなって良かったんだろう」
単純にプラモデルとかお人形ではなく、機能性も考えているあたりお兄さんのご両親って気がしますね。
「じゃあ大人になってからは何かありますか?」
「残念ながらクリスマスパーティーをしてないな。
あ、でもあれは一応クリスマスプレゼントだったか」
「何を貰ったんですか?」
「あ、いや。これは秘密だ」
「ええーっ」
お兄さんが視線を逸らして口ごもるなんて珍しい。
これは何かあるに違いありません。
「教えてくれても良いじゃないですか。私とお兄さんの仲なんですし。
もちろん誰にも言ったりしないですから」
「いや、そういう「あら、そこに居るのは賢護?」……ん?」
「えっ?」
突然向かいから歩いてきた女性が声を掛けてきました。
賢護って、お兄さんのお知り合いでしょうか。
それにしても何というか、綺麗な大人の女性です。
身長はヒール込みでお兄さんよりちょっと低いくらい。
ブラウンのロングヘアはしっかりと手入れされているようで艶やかにカールを描いています。
スタイルだって同性の私が見ても羨ましくなるようなモデル体型。
道行く周りの人も誰しも振り返っていく美人さんです。
「玲奈。日本に帰って来てたのか」
「ええ、つい先月。この町にも4年ぶりに帰って来たけど、全然変わって無くて安心したわ」
お兄さんも親し気に話しているところを見るとやっぱりお知り合いのようですね。
どういった関係なのでしょうか。
「あの……」
「あらごめんなさい。もしかしてデートの邪魔をしてしまったかしら」
「いえ、それは大丈夫ですけど。その、どういうご関係なのかなって思って」
私がそう聞くと、玲奈さんはお兄さんに「いいの?」と目で問いかけ、お兄さんも曖昧に頷き返しました。
「まぁ一言で言えば、彼の元カノよ」
「ええっ!?」
まさかの彼女さんでした。
そう言えばお兄さんが以前話してくれた中に彼女が居たっていうのもありました。
それがまさかこんな美人な人だったなんて驚きです。
「ああ、安心して。別れてからは連絡を取ったことは無いし、よりを戻したいとかも思ってないから。
今日ここで会ったのも本当に偶然だしね。
でもそっかぁ。ふぅん。前から思ってたけど賢護には年下の庇護欲をそそる子がやっぱ合うわね」
「いえあの、私達は別にそういうのじゃ……」
「ああいいのいいの。それよりあんまりデートの邪魔しちゃ悪いわね。
ねぇ、あなたお名前は?」
「坂本万里です」
「万里さんね。こんどお茶でもしましょう。
良かったら彼の事、色々教えてあげるわ」
「は、はぁ」
玲奈さんの勢いに押されて思わず連絡先の交換をしてしまいました。
「じゃあね。また連絡するわ」
颯爽と立ち去っていく玲奈さんはやっぱり格好いいです。
それにしても凄い勢いで完全にペースを掴まれてしまいました。
まるで嵐か台風のようです。
あれ、そう言えばさっきからお兄さんが静かですけど。
「お兄さん?」
「ん?ああ、悪いな。もし嫌だったら俺からそれとなく断っておくから」
「いえそれには及びませんけど」
うーん、どことなくぎこちない気がします。
これはもしかしたら、お兄さんは今でもあの人の事が好きなんじゃないでしょうか。
もしそうなら私はどうすればいいのでしょうか。




