52.噂は千里を駆ける
~~ 妹Side ~~
警察沙汰があった翌日。
学校に行くと早くもお兄さんの心配が当たっていたようです。
廊下を歩いているとそこかしこで噂話が聞こえてきます。
「ねぇねぇ聞いた?」
「あれでしょ?えっと、だれだっけ」
「ほら坂本さん。以前事故で両親を亡くしたって言う」
「あぁ、それでぐれちゃった訳か」
「でも坂本さんってそんなに美人だっけ?もしくはスタイル良いの?」
「え、どうだったかな。でも特に話題になったことは無いから普通じゃない?」
「ならあんただって出来んじゃないの?パパ~とか猫なで声出せば」
「私はいやよ。将来は金持ちのボンボンを捉まえて左団扇で暮らすんだから」
「いやあんた。それ絶対無理だから……」
細かい部分は違うみたいですが、大体がこんな感じです。
でも同じクラスならともかく、通学路でも校内のどの場所でもちらほら聞こえてくるので何故か全学年に情報が行きわたっているみたいなんですよね。
なんででしょうか。
ちなみにうちのクラスはと言えば、まるであの事故があってから初めて登校した日に戻ったかのように私を遠巻きにしつつ、やっぱりこそこそと囁き合っています。
流石に私に聞こえる程の声では無いですけど、ちらちらこっちを見てるので私の話をしてるのはバレバレです。
「いやぁ万里っち。なんか大変なことになってるねぇ」
「おはよう、万里」
「おはようございます」
あの時も今日も、周りの噂なんて気にせずに声を掛けてくれるゆっこ達。
やっぱりこうして味方が居てくれるのは心強い。
「みんなは今、どんな噂が流れているのか知ってる?」
「まぁ一応ね」
「どうも昨日たまたま職員室に行ってた子が先生と万里の会話を盗み聞きしたらしくて、その内容をSNSにしたみたいよ」
「そうなんだ。でも昨日の今日でこんなに広がるのっておかしくない?」
「それがさぁ。この学校の情報通、というか噂好き?がその投稿を読んだらしくて、一気に方々に拡散させたみたいなのよ。それも尾ひれどころか手足に羽まで付けて」
また傍迷惑な人が居たものね。
その人が投稿したと思われるブログを千歳が見せてくれた。
『久々にスキャンダルをゲットしました~!!
みなさん今年の5月に、謎の爆発事故が起きたのを覚えていますか?
修学旅行中の少女1人を残して一家が亡くなってしまうという非常に悲しい事故でした。
その残された少女のその後については既に何度かお伝えしてきましたが、新情報をゲットしたんです!!
それはなんと、その少女は現在、引取先の親戚の家に帰っていないというのです。
いったい何があったのでしょう。
親戚の方々と喧嘩をしたのか、はたまた口では言えないあんな事をやこんな事をされそうになって逃げたのか。
なにせ14歳の少女と言えば、若い子好きの男性から見たらまさに食べ頃。
もう手を出さずには居れなかったとしても不思議ではありません。
その辺りの詳しい情報は現在調査中ですので、判明したらまたお伝えします。
で。家に帰らなくなった少女がどうしたかというと……
まさかの路上生活!?……ではなかった!
実はなんと、若い男の家に住み込んでいるというではなですか!?
これには私も驚きました。
確かに、14歳では自力で生きていくのは非常に困難です。
アルバイト一つとっても保護者の許可なく雇ってくれるところなんて皆無でしょう。
寝るところだってホテル代は高く、多少お金を持ち出していたとしてもすぐに底をつきます。
ですから少女が自分の身を売ったとして、誰に責められるでしょうか!
悪いのは少女を保護できなかった親戚の保護者であり、この社会です。
私は心から少女が健全な道に戻れる日が来るのを祈っています』
えっとぉ。
正しい事なんて何一つないのに、なんでこの人はこんな自信満々に記事が書けるのでしょう。
ちなみにこれは書かれた記事のうちの一つで、複数の媒体で似たような内容が掲載されていた。
更にそのコメントを見ると、
『毎晩裸エプロンを強要されているんじゃない?』
『語尾にワンとかニャンとか付けてそう』
『少女もノリノリでやってたりな』
『捨てられたら困るのは分かるけどちょっと引くわ』
『その男性ってきっと病気もちだぜ、きっと』
などなど、無責任で心無い事が沢山書かれていた。
こういうのって誰一人否定しないのが凄いですよね。
あ、否定しようとしたら『ご本人登場!?』とか言って炎上するパターンかな。
うーん、ありえそう。
「これどうしたらいいかな」
「うちらでコメントするのはアウトだよね?」
「ええ。炎上間違いなしよ」
「それは違うって言えば、なら証拠を出せって言ってきますものね」
「だね」
自分が書いたことには何の証拠もないのに他人には要求してくる理不尽さ。
それで何か出せば、またそれを使って変な記事を書かれるのは目に見えている。
困ったなって頭を突き合わせる私達に、思わぬ助っ人が参加してくれました。
『それについては私の方で対処しましょう』
「エルちゃん!?」
『ブロガーの方には残念ですが、確度の低い情報で混乱をもたらす者には相応の報いが必要です。
ただ早くても沈静化するのに1週間は掛かる見込みです』
「ちなみにどうするの?」
『それは企業秘密です。フフッ』
エルちゃんがわざとらしく黒い笑い声を立てました。
それはきっと黒に近いグレーな行為をするから知らない方がいいって事なんでしょう。
かなり気になりますが任せておいた方が良さそうです。
じゃあ後の問題は校内だけですね。
と、そうだ。みんなにもお兄さんの話は伝えて警戒だけはしておいてもらいましょう。
私のせいで皆に何かあったら嫌ですからね!
そうしてその日の授業は若干の緊張感を孕んではいたものの特に問題もなく過ぎていきました。
しかし昼休み。
私は突然廊下で声を掛けられてしまいました。
「坂本さん!」
「はい?」
声を掛けてきたのは見知らぬ女生徒。
3年生みたいだから去年一緒のクラスだった、なんてこともなさそうです。
「あの、どちら様ですか?」
「突然声を掛けてごめんね。私は3年の笹倉朋子。放送部の部長をしてるの。よろしくね」
「はぁ」
気さくというより馴れ馴れしいというか、ずかずかと踏み込んでくる人みたいです。
放送部って言ってましたけど、報道部とかの方が似合いそうですね。
「今流れている噂については知ってるわよね?」
「まぁ大体は」
「それで本当の所はどうなの?その住まわせてくれてる男性ってどんな人?やさしい?テクニシャン!?」
その勢いに押されつつ、私は別の事を考えてました。
昨日お兄さんが挙げた例の中に、このパターンは無かったなぁって。
マスコミというか突撃レポーターがまさか校内に居るなんて。
もしかして噂の主はこの人?とも思いましたが、そこまでは確証は持てませんね。
「本当の所を言うと、噂の内容が全部デタラメで開いた口が塞がらないところです」
「またまたぁ。昨日の放課後にあなたが職員室で先生に詰められてたって言うのは確かな情報なのよ」
「あ、それ。そもそも誤った情報に踊らされてるだけですから」
「そんな先生が根も葉もない噂で動く訳ないでしょう?
ね。お願い。隠さないで教えて。メディアは真実を求めてるのよ」
求めてるのはきっと真実ではなく視聴率が稼げるネタですよね。
そんなものの為に犠牲になる気はありません。
「残念ですが、先ほど言った通り全部デタラメです。それ以上言う事はありません。失礼します」
「あ、ちょっと!」
口早に答えた私はさっさと彼女の脇をすり抜けて自分の教室に戻ることにした。
「放送部を舐めないでよね。絶対真実を突き止めてみせるんだからっ!」
後ろからそんな声が聞こえたけど無視です。
まぁむしろちゃんと真実を突き止めてくれるのであれば被害は最小限に抑えられるのですが、多分無理でしょうね。
あの人の頭の中では既に私が不純異性交遊をしたことが確定しているみたいですから。




