50.本当なら今すぐ帰りたいところ
いつもの事ですがサブタイトルが悩ましい
そしてすみません。今週は投稿が遅れそうです。
~~ 兄Side ~~
先月までのTZMを使用しているお客様からの感想や要望をまとめ上げ、今月からよりサービスの拡充に向けて新サービスの開発検討へと業務内容が移り変わり、今日も朝から続いた会議がさっき終わったところだ。
「主任、お茶淹れますので休憩しましょう」
「ああ、ありがとう」
「これでようやく開発に入れますね」
「そうだな。俺としては仕事の8割が終わった気分だ」
「え、でも実装のメインは主任が担当することになるんですからこれからが大変なのでは?」
「いやいや。やっぱり会議の方が何十倍も疲れるよ」
現実を無視して理想を語り続ける人を宥めたり、予算を削減することしか頭にない人に価値が伝わるように説明したり、言いたい事だけ言って何もしない人の言葉を上手く切り捨てたりと、何かと大変なんだ。
その点、開発は積み木を組み上げるように目に見えて成果があるからやりがいもあるし、楽しい。
後は会議と違って時間を拘束されないのもありがたいな。
ふぅ。
柊さんが淹れてくれたお茶を飲みつつ時計を見れば、もうボチボチ万里が学校から帰ってくる時間だった。
そう考えてたところで不意に会社の電話が鳴った。
「「!!!」」
電話の音にフロアに居た全員の視線が集中する。
このフロアの電話は通常内線しか掛かってこない。
例外的に外線が直接掛かってくるのは、契約している警備会社からであり、言い換えればTZMを始めとした防犯グッズを利用しているユーザに何かがあった事を示している。
「ランプの色は?」
「緑です」
「そうか。ふぅ」
その回答に全員から安堵のため息が出る。
警備会社からの連絡は緊急性によって電話のランプの色が変わるようになっている。
緑はTZMまたはそのユーザから警備会社に対して連絡が入った時の報告用だ。
黄色はTZMから保護対象が危険な状態に陥るかもしれないという警戒時の色。
赤はTZMから保護対象が危険な状態に陥っているので今すぐ救援を要請するという連絡が入った時だ。
黄色または赤のランプの付いた連絡が来た時は多くの職員が問題が解決するまで待機することになる。
そして、これは来ては欲しくないが黒のランプが点いた時は保護対象に重篤な被害があった事を意味している。
「……はい。はい。は?分かりました。少々お待ちください。
主任、お電話です」
「俺?」
電話を取っていた椿原さんが俺を呼んだ。
珍しいな。緑の時はふだん定型の報告だけで終わるんだけど。
「お電話代わりました。高島です」
『お世話になります。警備会社の田原です。
実は今回連絡があったTZMが高島様のお嬢様がご利用のものでして』
「あぁ、なるほど」
『どうもご自宅に警察を名乗る者が来ているというのです。
現在は事実確認と救援の為に職員を派遣したところです。
TZMからの報告でお嬢様に危険が迫っている事実は無いことは確認できていますが、高島様からも直接お嬢様にご連絡頂き、安否を確認頂きたいと思いまして』
「分かりました。すぐに連絡を取ってみます」
一度電話を切る。
っと、まだ皆が俺を心配そうに見ているので特に大した問題じゃないと笑顔で手を振りつつオフィスを出ることにした。
そのまま万里の所に電話を掛ける。
『はいもしもし』
受話器越しに元気そうな万里の声が聞こえて俺はそっと胸を撫でおろした。
万里にはエルが付いているし、あの家は万里が暮らすようになってからこっそり防犯システムを強化してあるから犯罪者に侵入されても高い精度で撃退出来るようになっているけど、やっぱりこういう連絡が来ると心配になるのは仕方ない。
俺は不安になっているだろう万里に極力明るい調子で話すことで元気づける事を意識することにした。
幸い万里は俺の言ったことを守ってチャイムがが鳴っても玄関を開けることはなかったようだ。
今は寝室にいて事態が落ち着くのを待っていると。
二言三言安心させるように言葉を重ねた後通話を切り、警備会社にも問題なかったことを伝えた。
ひとまず今日の所はこれで大丈夫だろう。
しかし、うちに警察が来た原因はなんだろうか。
ここ最近の家周辺の治安が悪くなったという話は聞かないし、注意喚起の為に警察が巡回しているというだけなら万里がチャイムに反応しなかったら留守だと判断して次の家に向かうだろう。
つまり警察の目的はうちという事になる。
うちが悪臭や騒音で近所に迷惑を掛けたなんて事は無いから近所から通報されたとは考えにくい。
とすると、考えられるのは親戚か?
しかし引き取ってから既に半年近くが経っている。
俺が万里を、つまり多少の遺産と少女をかっさらっていったことに対して不服な奴らが行動を起こしたにしてはちょっと遅い気がする。
何か問題を起こして『それ見た事か』と口を出してくるなら分かるけど、特に問題も起こした記憶は無い。
「すまないが今日は定時で上がるから」
「承知しました」
「でもさっきのって妹さんに何かあったんでしょう?
いっそのこと今すぐ早退しても良いんじゃないですか?」
「いや、あの子自身に何かが起きた訳じゃないから大丈夫だ。
それに変に早退して気を遣わせるのも良くないしな」
「あぁ、なるほど」
万里は賢いからな。
自分のせいで仕事を早退したと分かったら今後は俺に連絡が行かないように無理をするかもしれない。
そうなると本末転倒だからな。万里の安全が第一だ。
チッチッチッチ……
うーん、時計の進みが遅い。
いつもならとっくに定時を過ぎていると思うんだが……
「ふふっ。主任。そんな3分おきに時計を睨みつけても時間は進まないですよ」
「そ、そうか」
柊さんから呆れたように窘められてしまった。
いかんな。自分で思っている以上に集中出来ていないようだ。
よし、ここは考えを切り替えて、みんなより早く上がるんだからその分仕事を進めておかないと悪いよな。
カタカタカタカタッ
「あ、あの。主任?だからと言って私達の仕事まで奪う必要はないんですよ?」
「ん?まぁ気にするな」
仕事が早く終わる分には誰も困らないだろう。
と、よし。定時だ。
「じゃあ後を頼む」
「「お疲れ様でした」」
俺は会社を出ると一目散に帰宅した。
玄関を開け中の様子を確認すると……うん。大丈夫だな。
「ただいま」
「おかえりなさい、お兄さん」
寝室で勉強をしていた万里に声を掛ければいつも通り元気な様子だ。
ただそれでも若干無理しているような気はするし、今日1日くらいは極力離れない方が良いか。
なら夕飯の買い物もパスして冷蔵庫の中の物で何か作るか。
「あ、そうだお兄さん。これを」
「ん?」
「先生から保護者の人にって」
万里がおもむろに差し出してきたのは2通の手紙。
その手紙の宛先を見ただけで、俺はおおよその今回の警察沙汰の原因を理解するのだった。




