5.書置きとお留守番
こういう作品を創っていると、感情移入というか自分が娘を持った父親になった気分になりますね。
洗濯を終えて部屋に戻ると、あの子はベッドで寝息を立てていた。
ご飯を食べてお風呂に入ったからかな。
穏やかな寝顔から、少なくとも今は悪夢に苛まれてはいなさそうだ。
一安心した俺はベッドの脇に洗濯物を畳んで置いておく。
時刻は既に9時前。
普通なら今から会社に行こうと思ったらおもいっきり遅刻だ。
ただ今週は変則的な出勤になることは伝えてあるので問題はない。
あの子を引き取ると決めた時からやらなきゃならない事が増えるのは目に見えていたからな。
今日の所はまずは改めて山田さんに会って正式に彼女を引き取る為の手続きを行って、役所にも届け出とか出す必要があるだろうし、彼女の学校に行って担任に話をする必要もあるか。
それらを済ませていたら今日1日は終わる気がする。
あ、そうだ。
会社に行って先日届いた試作品を引き取ってこないと。
多分今の彼女にこそあれは必要なものになるだろうしな。
念のためちらっと寝室の方に目を向けたけど、あの子が起きてくる気配はない。
朝の様子からしてちょっと目を離した隙に首を吊っているなんて心配は無いだろう。
むしろ元気になり過ぎてどこかに行ってしまうことの方が危険か。
なので俺は書置きを残して出掛ける事にした。
~~ 妹Side ~~
ふと目が覚めました。どうやら眠っていたようです。
ベッドから体を起こし……って裸?なんで!?
「あ、そっか」
ベッドの脇に綺麗に折りたたまれている私の服を見て色々と思い出しました。
お風呂から出た後、着る服が無くてそのままベッドに潜り込んだんでした。
服はきちんと洗濯してもらえたみたいです。
私はベッドから抜け出して服を着た後、そっと隣の部屋を覗きました。
あの人は居ないみたいです。出掛けたのでしょうか?
代わりに居間のテーブルの上には書置きが1枚。
『おはよう。
俺は用事を済ませる為に出かけてくる。18時には戻る予定だ。
お腹が空いていたら冷蔵庫の中のものは好きに食べてかまわない。
お昼はご飯も残っているから、今日の所は卵かけご飯やお茶漬けで済ませてくれ。
一応台所の戸棚を漁ればカップ麺やインスタントスープもあるからな。
あと、今日はまだ外出は避けてくれ。
暇で暇で仕方なかったら部屋の掃除でもしてるといい。
他には、そうだ。
もし誰かが訪ねて来ても、居留守を使って一切出ないこと。
郵便配達であっても警察であってもだ。
絶対に、例え隣の家の人が大怪我をして助けを求めてきたとしても心を鬼にして無視しなさい。
万が一間違って返事をしてしまった場合は扉にチェーンロックを掛けてから応対すること。
何か聞かれたら「家の人が居ないので分かりません。後日また来てください」で押し通すこと。
俺に連絡を取りたい場合はこの番号にかけてくれ。
090-xxx-xxxx
賢護』
……賢護?あの人の名前でしょうか。
そう言えば私、あの人の名前も知らなかったんですね。
というよりも何も知らないと言った方が正しい気がします。
今の時点で分かっているのはかなりの心配性って事くらいでしょうか。
この書置きの後半。
こんな念を押すように書かなくても良いと思うんですけど。
そんな変な人は早々やってこないでしょうし。
時計を見れば13:30。お腹は、ちょっと空いてます。
冷蔵庫の中を見てみればプリンにゼリーにヨーグルト。
どれもスーパーでありがちな3個パックのやつです。
「……プリン、かな」
私は冷蔵庫からプリンのパックを取り出してテーブルの上に置きました。
スプーンは、キッチンの引き出しに……ありました。
そうしてプリンを食べながら窓の外を眺めると知らない街並み。
あ、いえ。
間違いなく現代日本なのですが、少なくとも目に付く範囲で知っている建物はありません。
これ不用意に外に出たら確実に迷子です。
あの人もそれを見越して外出禁止って言っていたのでしょうか。
2つ目のプリンを食べながらぼんやりと流れる雲を眺めてみたり。
昨日までは知らないお屋敷の一室に放置されるか、好き勝手連れまわされるかのどちらかだったので、こんなに穏やかな時間は本当に久しぶりです。
ピンポーン!
「!?」
誰か来た??
思わず玄関を見てしまいましたが、居留守を使うべきなんですよね?
ピンポーン!
「郵便でーす。困ったな。速達なんだけど……居ないのかな」
陽気な若い男性の声。
明るくて悪意はなさそうですし、これなら出ても大丈夫なんじゃないでしょうか。
困ったって言ってますし。
ピンポーン!
「は……」
いえ、ダメですね。
そもそも出たとして受け取りのサインに私の名前を書くのも問題があります。
あの人がどんな理由で出るなと書いたのかは分からないですが『小さな親切大きなお世話』とも言います。ここは動かないのが良いでしょう。
配達員の人はしばらくして去っていったようです。
~~ 兄Side ~~
一通り用事を済ませて家に帰ってきてまず確認するのは玄関の施錠状態。
……良かった。鍵は掛かってる。
それはつまりあの子がこの家から居なくなっていない事の証拠だ。
まだ合鍵渡して無いからな。
俺はほっと息を吐きつつ玄関を開けて改めてあの子の靴があることを確認して家の中に声を掛けた。
「ただいま~」
「……っ」
部屋の奥から人の気配が返ってきた。
一昨日までは一人暮らしだったからこれも新鮮だな。
居間に通じる戸を開けると、あの子は寝室の戸を半分開けながらこちらの様子を窺っていた。
「ただいま」
「あ、はい。おかえり、なさい」
改めて挨拶をすると、たどたどしく返事が返って来た。
よしよし、順調に元気になって来てるな。
あとはこれで我儘の一つでも言えるようになれば御の字だ。
「お腹は空いてるか?」
「……少し」
「よし。食べたい物のリクエストはあるか?といっても簡単なのしか作れないけどな」
「えと、いえ。特には」
「うーむ、そう来たか。ならカレーとシチューとハンバーグ、どれがいい?」
「それなら、シチューでお願いします」
「分かった。あと嫌いな食べ物とか苦手な物とかは?」
「……特にないです」
「よし。なら買い物に行って料理するからもう少し待っててくれ」
「はい」
彼女がちゃんと頷いたことを確認した俺は荷物を置いた後、再び家を出てスーパーを目指すのだった。