47.カップル様ごあんな~い
~~ 兄Side ~~
うーむ。
まだ小さいと思っていたけど、やっぱり女の子という事か。
何の事かって?そりゃ、今日の万里の様子だ。
今朝の一件で女性としての自尊心を傷付けてしまったみたいだ。
お陰で家を出るところから名前呼びに始まり、腕を組んで来たりわざと胸を当てて来たり。
そりゃあ俺だってまだまだ健全な若い男だ。
女の子からそういうことをされて嬉しく無いと言えば嘘になる。
けどなぁ。
ここで俺が反応を返して変な空気になるのは避けたい。
『変態!』『不潔!』
『私の3メートル以内に近づかないでください』
なんて言われた日には俺は今後どう万里と付き合っていけば良いのか分からなくなる。
なのでここは心を鬼にして全く興味のないフリを続けよう。
きっと明日になれば元に戻るだろうし。
「にしても、今日は特に日差しが強いな」
空を見上げれば雲一つないカンカン照りだ。気温もこの調子なら35度を超えているだろう。
普段日中はクーラーの効いた室内に居ることが多いからこの暑さはきつい。
時計を見ればもう13時半だし、ぼちぼちかき氷屋に行った方が良いな。
「万里。そろそろお店に向かおうか」
「はーい」
公園脇でやっていたアクセサリーの露天商を眺めていた万里に声を掛けて移動することにする。
「熱心に覗き込んでいたけど、気に入ったのでもあったか?」
「うーん、そうでもないんですけど。
あのお店のお兄さん。私と賢護さんを見て『彼氏におねだりしてみたら』って言ってたんですよ。
やっぱり見る人が見れば私達って恋人同士に見えるんですね♪」
「まぁそうかもな」
ああいうお店の人は口八丁というかお客を喜ばせてその気にさせるのが仕事だ。
大方万里の様子を見てそう言った方が良いと踏んだだけだろう。
詐欺師も同じような手口を使うから気を付けないといけないのだが、まぁ本当に危険な時はエルが止めるだろうし大丈夫か。
「っと、ここかな。『新鮮フルーツ喫茶マンゴスチン』」
「そうみたいですね。そこの看板にも『かき氷フェアやってます』ってありますし」
「予定時間の5分前だし、入るか」
「はい」
扉を開けて店内に入れば涼しい空気が出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ~」
「あの、予約をしていた坂本ですけど」
「はい。あ、2名様に変更になった坂本様ですね。
まぁ、まあまあ♪ さあさ、どうぞこちらへ!」
なんだろう。途中から態度がガラッと明るくなった店員さん。
まるでその顔は『心得てますよ(びしっ)』と言っているようで不安になる。
ともかく2人用のこじんまりとした席に案内された。
「メニューをどうぞ」
「ありがと……う?」
あれ、おかしいな。
「?どうかしたんですか?」
俺の様子が気になって万里がメニューを覗き込んできた。
でも俺ほど驚いては居ないな。もしかして知ってたのか?
「……このハート型に盛り付けられたのってかき氷なのか?」
「そうみたいです。先日ゆっこに見せてもらった写真にありました」
「渡されたメニュー表にこれ1つしか載って無いんだけど」
「ええ!?」
驚く万里にメニュー表を渡す。
万里もまじまじとメニュー表を眺めたり裏返したりしてみるが無いものは無い。
表の看板には他にもメニューはあったし、他のテーブルでは普通のかき氷を食べている人たちがいる。
なのでこれしかない訳が無いんだけど。
仕方なくさっきの店員さんを呼んでみた。
「すみません、他のメニューは」
「申し訳ございません。お客様にお勧めのメニューは本日それのみとなっております」
「え、でも他の人たちは」
「お客様にはそれのみとなっております」
にこにこと繰り返す店員さん。
何というか笑顔なのに物凄い圧迫感だ。
『男なら根性みせて彼女の為にそれ注文しろや!』
目がそう言っている。うん、怖い。
この店員さん、きっと前職はヤクザだったに違いない。女性だけど。
あ、いや。女ヤクザもいるのか。ヤクザ=男っていうのは偏見だな。失礼しました。
と現実逃避してる場合じゃないか。
ここで注文せずに帰ったら背中から刺されそうだけど、万里が嫌なら実力で排除する所存だ。
「万里、どうする?嫌なら……」
「ま、まぁ、これしかないなら仕方ないですね。これにしましょう」
「え”っ。あ、あぁ。わかった」
そうだった。今日の万里は押せ押せモードだった。
仕方ない。色や形はどうあれ、かき氷はかき氷だ。
無心で食えば終わりだろう。
「お待たせしました。どうぞ、ごゆっくり~~」
明るい声とは裏腹にドドンと置かれた特大のハート型かき氷。
いやもう、色とか形とか良いから大きさ何とかしてくれ。
なんでラグビーボールを2つ並べたくらいのサイズなんだよ。
それとなぜか1つしかないスプーンと但し書きのメモ。なになに。
『最初の10分間はスプーンの提供は1つのみとなっております。
どうぞ心行くまで【はい、あーん】をお楽しみください』
おいこら。まさかの強制イベントか。
周りを見れば普通に男女で来ている客もいるのにどうして俺達だけ……ってそう言えば店に入る時に腕を組んだままだった。
そりゃあカップルと間違われてもおかしくないか。
更には最初5人で予約していたのに人数変更で2人になってるし、物陰から3人が【ドッキリ大成功】とかいうプラカードを持って現れても不思議じゃない。
……いないよな。ふぅ。
ちなみに万里はというと、何かブツブツと呪文を唱えている。
「……女は度胸、女は度胸、女は度胸。よし!
さ、さあお兄ちゃん。あーんしてくださいっ!!」
だいぶテンパってるな。
呼び方もいつものお兄さんを通り越してお兄ちゃんになってるし。
それが聞こえた店内が一瞬静まったのは気のせいか?
「いやそんなに恥ずかしいなら無理しなくても」
「むむ、無理じゃないです。余裕です。大人の女性なら普通の事ですから。さあっ!」
これ絶対後から思い出して悶絶する奴だな。
まぁ若いうちは恥はかき捨てとも言うし、最後まで付き合うか。
「さあお兄ちゃん『あーん』です」
「はいはい。あーん」
差し出されたスプーンを頬張る。
うーん。味は普通に美味しい。ラズベリーなどの酸味の強いベリー系を中心に幾つかのフルーツのミックスだな、これは。
ま、味の感想は置いておいて、次だな。
「じゃあ今度は俺があーんする番だな」
「ええっ」
「ほらほら。スプーン貸して」
「は、はい」
慌てる万里からスプーンを受け取って氷を掬い取って差し出す。
「ほれ、あーん」
「あ、あーん」
何とか差し出したスプーンを加えた万里だったけど、もう今にも頭から煙が出そうになってる。
どうやらこの辺りが限界だな。
俺は手を挙げて影からこっちを見守っていた店員さんを呼び寄せた。
「すみません。恋愛初心者の俺達にはこれくらいが限界みたいです。
なので、彼女の為にスプーンをもう1本お願いします」
「はいどうぞ」
言えばすぐに出てきた。こいつ間違いなく準備してたな。
あ、それとちゃんと釘は刺しておかないといけないな。
「念のため言っておきますが、もし俺達の事を録音、撮影していたなら削除してくださいね。
もしSNSなどで見つかった場合、肖像権の侵害、個人情報漏洩などであなたとこのお店を訴える可能性がありますから」
「ハハハ、ヤダナー。じょうだ」
「冗談では無いですからね。よろしくお願いします」
「ハ、ハイ」
さっきのお返しとばかりに笑顔に殺気を乗せて伝えておく。
慌てて去っていく店員さんを見送り、ようやく回復してきた万里に目を向ける。
「さ、代わりのスプーンも来たし、溶ける前に食べてしまおう」
「はい。あの……」
「ん?どうした?」
「さっき私の事を彼女って」
「今日だけだからな」
「はいっ!」
俺の言葉に気を良くした万里は凄い勢いでかき氷を食べ始めた。
「って、そんなに一気に食べたら頭痛くなるぞ」
「んーーっ」
「ほら言わんこっちゃない」
「で、でもこれもかき氷の醍醐味だと思うんですよ」
「まぁ言いたいことは分かるけど無理はするなよ」
その後も順調に巨大かき氷を消化して言ったけど、結局半分以上は溶けてジュースになってしまった。
それはそれで美味しいから良いんだけど。
「あ、そう言えばかき氷の写真とか撮って無かったな」
「言われてみれば。まぁゆっこ達も食レポ送ってっていうのはネタだと思いますから大丈夫ですよ」
「そうだな。それに次こそ皆でくれば良い訳だし。
ひとまず味だけは文句なしだったな」
「ですね」
色々大変だったけど最後は普段の雰囲気に戻れて良かった。




