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39.兄の昔話(前編)

今回と次回はちょっぴりつらいお話。

……にしたかったんですが。まぁ。

いつも通りだいぶオブラートに進行しております。

~~ 妹Side ~~


霊園を出た俺達は通りを少し行ったところにあるだいぶ年季のいった喫茶店へと入りました。

扉には鈴が付いていて、カランカランと音を立てるとカウンターの奥に居た老人はちらっと一瞥しただけで読んでいた新聞に視線を戻しました。

お兄さんはそれに特に気にした様子もなく片手をあげて挨拶をしていました。


「やあ、お久しぶりです。元気そうで何より」

「ふんっ。年に一度しか来ん客が。お前さんよりよっぽど元気よ」

「それは良かった。奥の席借りるよ」

「好きにせい。

って、おい。後ろの嬢ちゃんは誰だ?

お前に大きい娘が居たなんて聞いて無いぞ」


さっきまで私達に興味の無さそうだった老人ですが、私を見て驚いたように目を見開いていました。

まぁ今のやり取りからして、お兄さんはこのお店の昔馴染みみたいなので、お兄さんが突然若い女性を連れてきたのが意外だったのでしょう。

でも今度はお兄さんの方がそっけなく、


「妹だ。色々あってな」


それだけ言ってお店の奥に行くものだから私は老人に会釈だけしてついて行きました。

席に着いてからお兄さんはこのお店について教えてくれました。


「祖父が生きていた頃から毎年墓参りの帰りに寄ってる喫茶店なんだ。

さっきの爺さんが祖父の昔からの友人だったらしくてね」

「ふんっ。友人なものか。あの馬鹿が。早々にくたばっちまいやがって」


老人から再びぶっきらぼうな声が飛んできました。

でもどことなく寂しそうな響きがするのは気のせいじゃないでしょう。


「それで、お前さんはいつものだな?そっちの嬢ちゃんは何にする?」

「はい。えっと、じゃあ私も同じのをお願いします」

「ふんっ。妹ってのも満更嘘でもなさそうだな」


『いつもの』という言葉が気になった私は折角なので同じものを注文してみました。

程なくして運ばれてきたのはホットコーヒーが2つ。

クーラーが効いているとはいえ真夏にホットコーヒーというのも珍しい。何かこだわりがあるのでしょうか。

お兄さんはと言えば、コーヒーカップを手に取りじっくりと香りを嗅いでから1口だけ口を付けた後、備え付けの角砂糖を摘まんでカップの中に入れ始めました。

1つ、2つ、3つ。って、お兄さんってそんなに甘党でしたっけ。

私の視線に気づいたお兄さんは、ちょっぴりはにかんでこう言いました。


「これは祖父がよくやっていた飲み方なんだ。

『折角淹れてもらったコーヒーに対して香りを楽しまないのは失礼。

そしてそのままの味を確認せずに自分で味を変えてしまうのは淹れてくれた者に失礼。

そう言って美味しそうに飲むばあさんに合わせてコーヒーを頼んだものの、儂は苦いのは苦手でな。

こうして砂糖を入れて飲むのさ』

そう言ってたっけな。

別に万里はマネする必要はないからな」

「あ、いえ。折角なのでやってみます」


多分こうして馴染みのお店に連れて来てくれたのも、昔からのコーヒーの飲み方を見せてくれたのも、お兄さんの思い出を私に伝える為なんでしょう。

うっ。でもやっぱりお砂糖3つは多いですね。

顔をしかめる私にお兄さんは苦笑いを浮かべていました。


「さて、俺の昔話か。どこから話したものかな」


そのお兄さんの呟きを聞いていると、まるで苦い思い出を甘いコーヒーで流そうとしてるんじゃないかという変な錯覚を覚えるのでした。


「要点だけかいつまんで話したり、面倒な部分を省略すればあっさり終わる話なんだけどな」


ここでそれを言うってことは、やっぱりお兄さんとしてもあまり言いたくない内容なのでしょう。

でもやっぱり私はお兄さんのことをもっと知りたいのでお願いすることにしました。


「お兄さんが嫌なのは何となく分かっているんですが、出来れば詳しくお願いします」

「嫌というか、聞いてて気分の悪くなる話だからな。まあ適当に作り話だと思って聞いてくれ。

さて、そうだな。

……昔々あるとことに平凡な家庭に生まれた賢護という少年が居た。

少年は何不自由ない生活を過ごして、このまま行けばごく普通の大人になるんだろうと思っていたんだ。

だけどその平凡な生活は小学校3年生のある日を境に終わりを迎えた。

その日、少年一家はどこかへドライブに行っていたんだ。

その帰りの峠道。

何が原因だったのかは分からないが、父親が運転していた車は道を逸れてガードレールを突き破って崖下へと転落してしまった。

日本の車は安全性に重きを置いているから普通の交通事故くらいなら助かる可能性は高い。

でも残念な事に崖はかなりの高さがあったせいでエアバッグが作動してなお、運転席と助手席に居た両親は瀕死の重傷を負ってしまった。

そして後部座席に居た賢護少年はというと、落下の衝撃でフロントガラスを突き破って車外へ飛び出してしまっていた。

後から聞けば、仮に車内に残って居たら生きてはいなかっただろうって話だから運が良かったのかもな。

でも車から飛び出して地面やら木やらに叩きつけられて手足は骨折。

更に車の破片が腹に突き刺さって、もう少し深く刺さって居ればやっぱり死んでいたらしい。

ただそれだけの幸運の代償は高くてな。

残念なことに少年の意識ははっきりしていたし、何より体の向きがな。丁度車を正面から見つめることになった。

全身血まみれで意識が混濁した状態で、それでもなお少年の姿を求めて手を伸ばそうとする両親。

少年は声を出すことも出来ず、目を逸らす事も出来ず、ただただ両親の命の火が消えていくのを見続けたんだ。

救助が来たのはその翌日。

ガードレールは派手に壊れていたし車から煙も上がっていたから通りがかった誰かが通報してくれたんだろう。

その時には両親は既にこと切れていて、少年も動けるようになるまで3か月、全治半年の大怪我だった。

ただ問題は身体の傷よりも心の方が壊れていたんだ。

日中は電池の切れたロボットのように動くこともなく、夜は暗くなると両親の顔が浮かんできて泣き叫ぶ有様。お陰でほとんど寝ることが出来なくて常に目が血走っていたね。

傷の治療が終わった半年後に、最低限人の言葉を聞いて動けるようになったのは間違いなく献身的な治療を続けてくれた医師と看護師のお陰だ。

少年は退院して10年以上たった今でも時々差し入れを持ってその病院に行っているそうだ」


淡々と話すお兄さんからは感情は伺い知ることは出来ません。

でも例えば自分に置き換えてみるとどうでしょう。

もし、実家の事故が修学旅行中ではなく、私の目の前で起きていたとしたら。

もし、両親が生きたまま燃え盛る瓦礫の下敷きになって私に助けを求めていたら。

私はきっと今でも立ち直ることの無い心の傷を負っていたでしょう。

もしかしたらそのまま絶望して自ら命を絶っていたかもしれません。

そう言えば以前、お兄さんのご両親が既に亡くなっていると聞いて、親の死に目に会うことは出来たんですか?って訊ねたことがありました。

頷いたお兄さんに、私は会えなかったので羨ましいみたいなことを言ってしまいましたが、お兄さんは一体どんな気持ちでそれを聞いていたんでしょう。



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