38.お墓参りにいこう
~~ 妹Side ~~
河原に遊びに行った翌日は筋肉痛でダウンしている私でした。
昨日はそれほどキツイ運動をした訳では無かったと思うのですが動けません。
普段はあまり使わない筋肉を使ったからだろうとベッドの上でゴロゴロする私を見てお兄さんは笑ってました。
そういうお兄さんは元気そうです。
「まぁ普段から多少は鍛えてるからな。
……歳のせいで筋肉痛になるのが遅くなってる訳じゃあ無いぞ」
「あ、はは」
確かに、若いうちは筋肉痛は翌日になるけど、年を取ると2日後に来るとか言いますからね。
ちなみに筋肉痛になってるのは私だけじゃなくてゆっこ達もみたいです。
だから私だけ非力だった訳じゃなくてほっとしました。
あと意外に元気なのが啓子ちゃん。それこそ若さゆえの超回復でしょう。
ふぅ。今日は特に予定もないのでゆっくり休んで回復に努めましょう。
そうして翌日の8月12日。
今日は両親のお墓参りに行く日です。
私の筋肉痛も少しは回復しました。
そういえばお墓参りに行くときの服装って普段着?それとも正装?
「お兄さん、服装ってどうすれば良いですか?」
「ん?普段着で良いよ。別にお坊さん呼ぶわけでもないし」
「分かりました」
どうやら考えすぎだったみたいです。
家を出た私達は墓地に向かう途中のお花屋さんでお供えの花束を3つ購入しました。
1つは私の両親の分なのでしょうけど、そうするとお兄さんは2つ?
ただここで訊ねるのは野暮な気がしますので、そっとしておきましょう。
そして郊外にある広めの霊園に着いた私達。
お兄さんの持つメモを頼りに20分程歩き回ってようやく見つけました。
『坂本家の墓』
簡素な造りなのはここが坂本家代々の墓ではなくて私の両親の為のものだからでしょう。
お兄さんは霊園の入口で借りてきた桶と杓子でお墓を掃除してくれます。
私も手伝おうかと思ったのですが、すごく手馴れていてかえって邪魔になりそうだったので今日は見守ることにしました。
お墓自体新しいのでそんなに汚れてませんしね。
それにしても何というか……
「さ、お花を供えてお参りをしてしまおう」
「はい」
お兄さんに促されて持ってきたお花を墓前に供えて手を合わせました。
……うーん。何でしょう。
もっとこう、お墓を前にしたら悲しくなったりするんじゃないかと思ってたんですけど、特に何も感じません。
お葬式の時も両親の姿を見ることは出来ませんでしたし、お墓を見せられても実感が湧かないと言いますか。
「お兄さん」
「ん?」
「私、冷たい子になってしまったんでしょうか。
両親の墓前だというのに何も感じないんです」
「俺もそうだったし、そういうものなのかもな」
「お兄さんも、ですか?」
「ああ。俺的には亡くなった人はお墓の中で眠っているというより、空から俺達を見守ってくれているんだって思う。
お墓はそっちと連絡を取る為の電話の中継器みたいな位置づけだな」
お兄さんの言いたいことは分かりますし、私もそうかなって思います。
でもまさかそんな非現実的な考えがお兄さんの口から出てくるなんて。
「……意外か?」
「はい」
「これでも一応神様とか守護霊とかは居ると思ってるんだぞ」
「そうなんですか!?
あの、じゃあ神様が居るならどうして世界中から不幸はなくならないんですか?」
「そうだなぁ。俺達目線で不幸だって感じることは、神様から見たらそうでも無いのかもしれないな。
例えば万里のご両親が亡くなったのも、もちろん万里とご両親にとっては不幸な出来事だった訳だけど、それを乗り越えた今の万里は間違いなく以前より成長してるし、もしかしたら将来的に何かの役に立つかもしれない。
あとついでにその事故が無ければ俺と万里は出会ってすらいなかっただろうな」
「そう、ですね」
お兄さんとは元々何の接点もありませんでしたから、今回のことが無ければ一生、赤の他人。
街ですれ違っても気付きもしなかったでしょう。
ただ私はちゃんと成長出来てるでしょうか。いまいち自分では分からないのですが。
「マクロな見方をすると、第3次世界大戦が勃発して全人類の9割が死んだとするだろ。
もしかしたらそのお陰で本来なら100年で枯渇していた資源が500年保って結果的に人類は永く繁栄出来た、なんてこともあるかもしれない」
「流石にそこまで行くと想像の域を出ないですね」
「そ。つまり神様っていうのは俺達とは考えてることが全然ちがうのさ。
まぁ、神様論はこれくらいにして、この後は俺の墓参りに付き合ってもらって良いか?」
「あ、はい」
そうでした。
お兄さんの手の中にはまだ2つ花束が残ったままです。
私達は両親の墓前を後にして再び霊園の中を移動しました。
今度はお兄さんの足取りに迷いが無いことから通い慣れているみたいですね。
辿り着いたのはもう名前すら掘っていない小さな石組みのお墓でした。
お兄さんはまた手馴れた様子で掃除を行い、墓前に花を供えて手を合わせました。
……さっきはあんなことを言ってたのにその表情は真剣です。
よっぽど大事な人が眠っているという事なんでしょうか。
「ここにはどなたが眠っていらっしゃるんですか?」
お兄さんがお祈りを終えたところで聞いてみました。
私を見て笑うお兄さんの顔はいつもより優し気です。
「ここは俺の祖父母の墓なんだ」
あ、時々お兄さんの話に出てくるあの人ですね。
確かザンギもそのお祖父さんから習ったって言ってましたっけ。
どんな方たちだったんでしょう。
聞いてみても良いのかな?むしろこういう機会でしか聞くことってないような気がします。
「あの」
「さ、もう一か所もサクッとお参りを済ませてしまおう」
「あ、はい」
言いかけたところでお兄さんは移動し始めてしまいました。残念。
そして最後に向かったお墓はと言えば。
『高島家の墓』
高島というのはお兄さんの苗字ですからつまり。
「ここは俺の両親の墓らしい」
手際よく掃除とお祈りを済ませたお兄さんが私の疑問に答えるように言いました。
あれ、さっきのお祖父さんのお墓に比べて随分とあっさりしているような気がします。
手を合わせたのもほんの数秒です。
『らしい』ってことはやっぱりお兄さんもご両親がここに埋葬されたのを後から誰かに教えてもらったという事でしょう。
「もしかしてお兄さんもご両親の最期を見送ることが出来なかったんですか?」
「いや。むしろばっちり見送ったぞ」
「あれ、そうなんですね」
なんだ。てっきりそこも私と同じかと思ったのに違うんですね。
お兄さんは霊園の出口に向かって歩いていくので私もその後をついて行きます。
と、お兄さんが立ち止まりました。どうしたんでしょう。
「そういえば以前、俺の昔話は相応しい時にするって言ってたっけ」
「え、あ、はい」
あれは確かお兄さんが寝室で寝るようになった最初の日でしたね。
寝る前に話すような内容じゃないからと断られたんでした。
「あまり、というか全然楽しくないし聞くと後悔すると思うけど、それでも聞きたいか?」
向こうを向いたままそう尋ねてくるお兄さんはいつもの心配性というより、感情を表に出さないようにしているような、そんな感じがします。
これまでの流れからしてご両親の死に関わるような内容のようですし、本当は思い出したくないのかもしれません。
でもやっぱりお兄さんという人を知る為には避けては通れない道な気がします。
「はい。お兄さんが嫌でなければ」
「わかった。じゃあ落ち着いて話が出来る場所に行こう。
長い話じゃないけど、軽い話では無いからな」
結局お兄さんは私の方を振り返ることなく霊園の外へと歩いていきました。
それ程までに重い内容ということでしょうか。
これは気を引き締め直す必要がありそうですね。




