34.いざ出発
なぜか話が進まない。
~~ 妹Side ~~
朝。目が覚めて隣を見ればお兄さんの姿は既になかった。
あ、隣と言ってもすぐ横ではなくベッドを出た先だけど。
お兄さんの朝は早くて、いつも私が起きた時にはその姿は寝室にはなくてきっちりと寝具も片づけてある。
夜にお布団を敷いている姿を見てなければ、また無理して居間で寝ているんじゃないかと心配になるほどです。
以前「何時に起きてるんですか?」と聞いたら返って来た答えは5時。
時計を見れば7時半なので私よりも2時間半も早く起きている計算になります。
偶にはお兄さんを起こしてみたいなと思ったりもしましたが、流石に5時に起きるのはちょっとね。
布団を抜け出した私の目に飛び込んできたのはパンパンに膨らんだボストンバッグ。
それは昨夜のうちに用意した今日の川遊び用の準備が詰まっています。
「さて、ぼーっとしてないで起きよう」
きっとお兄さんが朝ごはんを準備して待っててくれてます。
私は居間に続く戸を開けてお兄さんに朝の挨拶を、あれ?
お兄さんが居ません。朝食の準備は出来ているのですが。
トイレでしょうか?
そう思ってトイレの戸をノックしても反応はなし。
どこかに出かけたのでしょうか。
「エルちゃん、お兄さんがどこに行ったか知ってる?」
『はい。レンタカーを借りに出かけられたようです』
「あ、なるほど」
今日の予定は朝食を食べた後にそのレンタカーで皆の家を回ってそのまま河原に向かうことになっています。
お兄さんの事だから朝食を食べてから車を借りに行ったらその間私達を待たせてしまうとか気を回したってところでしょう。
さて、テーブルの上を見れば2人分のご飯の準備がしてあります。
つまりお兄さんもまだ朝食を食べていないって事ですね。
「お兄さんが帰ってくるまで何かすることは……」
『先に朝食を食べてても良いよと言付かっていますよ』
「うん。でもやっぱり一緒に食べたいし。お兄さんが戻ってくるまでそれ程かからないでしょ?」
『はい。あと10分と掛からずに帰宅する見込みです』
エルちゃんは質問すれば何でも返ってくるって訳じゃないんですけど、お兄さんに関することは大体答えてくれます。流石にプライベートな情報とかは教えてはくれないと思いますけど。
「ちなみにお兄さんが今どのあたりに居るのかも分かるの?」
『はい。つい先ほど近所のパーキングに車を止めてこちらに向かって来ています』
「……そういうのって何で分かるの?」
『そうですね。所有している携帯電話の位置から現在地が分かりますし、その移動速度から歩いているのか車に乗っているのかなどが分かります。
今ですと数分前まで時速40キロで移動していたのがパーキングで止まり、時速5キロに変化してこのマンションに向かって移動中です。
それと今日の予定を照らし合わせれば分かる訳です』
「なるほど」
てっきり監視カメラでお兄さんの一挙手一投足を撮影でもしてるのかと思いましたがそんなことは無かったですね。
『なお、一部の街頭カメラの映像も参考にしています。
もちろん違法ではありませんしプライバシーに関することは公開しませんのでご安心ください』
って、そうなの!?
確かに最近は色んな所に街頭カメラが設置されてて交通事故なんかの原因究明に一役買っているとは聞いてるけど。
と、そんな話をしてる間にお兄さんが帰ってきました。
「ただいま。いや、おはようかな?」
「はい、おはようございます」
「朝食は、まだみたいだな。なら一緒に食べようか」
「はい」
そうして朝食を食べ終えた私達は改めてマンション前に移動してきたレンタカーに荷物を積み込んだ後、みんなの家に向かいました。
ちなみに向かう順番は恵里香ちゃん、千歳、ゆっこの順です。
これはゆっこが一番準備に時間が掛かるだろうという予想の結果です。
「じゃあ行ってきます、お母さん」
「はいはい。楽しんできなさい」
「ではお嬢さんをお預かりします」
「ええ、よろしくお願いします」
玄関の外まで見送りに来てくれた恵里香ちゃんのお母さんに挨拶をするお兄さん。
こうしてみるときちんと保護者してるんだなって実感しますね。
あ、別に普段が保護者っぽくないって言ってる訳じゃないんですけど。
「お母さんも一緒に来れたら良かったのにね」
「私も一緒に行こうって誘ったんですけど、お仕事は休めないからって断られてしまいました」
「そっかぁ。じゃあまた次回だね」
「はい。その時は事前にお母さんの休みの予定も確認しておきます」
続いて千歳の家はと言えば、既にご両親は仕事に出た後だったのであっさりとしたものだった。
千歳自身も荷物は着替えと水筒とちょっとの小物だけなので身軽だった。
「日帰りだしね。そんなに色々持って行っても使う機会は無いだろうし」
「まあそうなんだけどね」
千歳の倍くらいの量になっている自分の荷物と見比べてしまった。
というか、私はあんなに何を入れたんだっけ。
あれも必要これも必要って色々入れてたらいっぱいになったんだけど。
ってもしかしてお兄さんの心配性が感染してる?
まさかね。
そのお兄さんは標準的なリュック1つのみ。
「お兄さんは意外と荷物少ないんですね」
「ん?ああ。持ち歩く荷物は嵩張ると邪魔になるからな」
そう言って指さした荷台にはBBQグッズ以外にもロープとか救急箱とかAEDとか他にも何に使うかよく分からない道具が色々積まれていた。
なるほど。私みたいに絆創膏は要るかな?ってレベルじゃないんですね。
お兄さんらしくて安心しましたけど。
最後のゆっこの家では呼び鈴を鳴らすとギリギリまで準備に手間取っていたゆっこが慌てて出てきた。
「おまたせ~~」
想像通りバタバタしてるゆっこを見て私達は顔を見合わせて笑いあった。
ただ出てきたのはゆっこだけじゃなかった。
ゆっこの妹の啓子ちゃんがゆっこの腰に抱き着くようにして一緒にやってきた。
「お姉ちゃんだけずるい~。私も行きた~い」
「うーん、ごめん皆。朝からずっとこんな感じなんだ」
珍しく?駄々っ子になってる啓子ちゃん。
でもその原因は多分朝ごはんの時とかにゆっこが今日の事を自慢したからじゃないかな。
千歳も呆れたため息をついてるから思ってることは同じっぽい。
ただ今日のは私達の一存でどうするかは決められない。
引率というか保護者はお兄さんだから。
「一緒に連れて行っても良いですか?」
「ふむ」
お兄さんは少し考えるそぶりを見せた後、啓子ちゃんの前にしゃがみ込んだ。
「えっと、啓子ちゃん、だっけ?」
「はい。おじさんは?」
「おじさん……」
あ、啓子ちゃんのおじさん発言に若干ダメージを受けてます。
お兄さんでもやっぱりそういうの気にするんですね。
「お、俺は万里の義兄で今日はみんなの保護者だ」
「ほごしゃ?」
「つまり、一番偉い人だ」
「おお~」
立ち上がって若干胸を張るお兄さんと、あまりよく分かってないけど凄そうだと声を上げる啓子ちゃん。
子供相手に上から目線で偉そうにするのはお兄さんらしくないかなって思ったけど、そこからの話は実にお兄さんらしいものだった。
「啓子ちゃんを一緒に連れて行っても良いけど、その為には幾つか約束を守ってもらう必要があるぞ」
「どんとこい」
「まず俺がダメだと言ったことは、どんなに楽しそうでも面白そうでもやっちゃいけない。
俺が戻って来いって言ったらすぐに俺のそばに戻ってくること。良いかな?」
「うん」
「あとは一人で林の中に突撃しないこと。常に俺やお姉ちゃん達の誰かと一緒に行動すること。良いね?」
「うん、大丈夫」
「よし、じゃあハイキングは今の格好のままでも大丈夫そうだから、自分用の水着とタオルと水筒を用意しておいで」
「うんっ!」
ぴゅーっと家の中に走っていく啓子ちゃん。
元々人見知りすることは無いけど、物凄く従順にお兄さんの言葉に従っていた。
もしかしたら啓子ちゃんにとってまま事の一種なのかも。
気分は警備隊でお兄さんが隊長って感じかな?
まぁどちらにしても楽しそうだからいっか。
そうして私達は予定よりも1人増えて河原へと出発した。




