30.人知れずこっそり掃除
~~ 兄Side ~~
その日は出勤の為に家を出たところで万里からメールが届いた。
『今日も下駄箱に手紙が入ってました。内容は……』
ふむ、これで3通目か。
内容はとうとうまごう事なき脅迫文だ。
『お前の弱みを握っている』
『今日こそ来ないと容赦しない』
『もちろんこの内容を誰かに知らせたらどうなるか分かってるんだろうな』
そんな感じの内容になっていた。
ちなみに2通目の内容は悲劇のヒロインのように約束を反故にされた悲しみが延々と綴られていた。
約束も何も一方的な話だったんだけど、送り主からしたらどうでも良い事なんだろう。
しかしここに来て攻撃性が一気に増したという事は放置は出来ないな。
俺はメールに手早く返信を送った後、別の場所に電話を掛けた。
「あの、すみません。昨日お願いしていた件ですが、今日の午後決行でお願いします。
はい。ええ。そうです。追加報酬はいつもの口座に。では」
電話を切った後はそのまま出社。
午前中はいつもどおり業務をこなした後、14:00を過ぎたところで席を立った。
「じゃあ俺は客先に行って直帰するから後を頼みます。
緊急の場合は電話で、それ以外で何かあればメールを送っておいてください」
「「はい!」」
みんなにそう伝えて会社を出た俺が向かった先は万里の通う学校だった。
正確にはそのすぐ近くの喫茶店に入った。
店内を見回してお目当ての人物が、いた。
「こんにちは」
「あら、やっぱり来たのね。別に来なくても良かったのに」
そう答えた相手は腰近くまで伸びたロングヘアを片手で流しながら優雅にコーヒーを飲んでいた。
彼女は某組織で活躍するプロの捜査官だ。と言っても表か裏かと言われたら裏側らしいけど。
普段は普通の警備会社で働きつつ、時折こうして特殊な仕事を請け負っているらしい。
「あなたが失敗するとは露ほども思ってませんけど、俺なりのケジメみたいなものです」
「そう。まぁ邪魔はしないでね」
「もちろんです」
彼女はのんびりとコーヒーを飲み干すとレシートを置いて喫茶店を出て行った。
~~ ??Side ~~
時計を確認すれば時刻は16:00に差し掛かろうとしている。
体育倉庫裏のここには遠くから運動部と思える声が届くがこちらから大声を出しても向こうに届くことは無いだろう。
(さて、来るとしたらそろそろかしら)
そう思っていたところで「ざりっ」と砂利を踏む音が後ろから聞こえた。
音の数は1人分。いや、その少し離れたところに数人の息遣いがある。
私は気付いていないふりをしつつ倉庫の壁をぼんやりと眺めていた。
そこへ足音の主の男子生徒が声を掛けてきた。
「やあ。来てくれたんだね。嬉しいよ」
「……」
私は聞こえていないかのように何も反応を返さなかった。
それが彼の勘に触れたらしい。
「おい聞こえてるんだろ?無視するなよ!」
「きゃっ」
彼は私の肩に手を置くと強引に振り向かせた。
その勢いのせいで思わず尻もちをついてしまう私。
見上げれば茶髪の下品な笑顔を浮かべた男子が私を値踏みしていた。
私は私でウサギのように怯えてみせた。
「あ、あの。誰かと間違えてませんか?」
「い~やぁ。坂本さんだろ?
君は俺の手紙を読んでくれたからここに来たんだ。だろ?
そうじゃなかったら普通こんな場所来ないだろうからな」
ニタニタと笑いながら顔を近づけてくる。
というかこいつ。ターゲットの顔を覚えてないのか?
私は制服を着る以外、特に変装とかはしてないんだけど。
「ち、違います。私坂本なんかじゃありません!」
「あれぇ。そうなのか。まあどっちでもいいや。
じゃあ偶然ここに来ていた自分を恨むんだ、なっ!」
「きゃあっ」
突然胸を鷲掴みにされた。
うーん、力加減とか全然考えてないな。
ま、パットを着けてるから痛くはないんだけど。
さて、これで十分強姦未遂にはなったけど、ちょっとは抵抗しておきましょうか。
「いやっ」どんっ
「うわっ」
思いっきり突き飛ばしてやれば簡単に後ろに倒れ込む男子。
その隙に私は立ち上がって胸を庇うように腕を胸に置いた。
「いってえな、この」
「ぎゃははっ、だっせぇ」
「あっきらく~ん。手ぇ貸すよ~」
「逃げられたら面倒だしね。
ちゃっちゃとヤル事やって写真撮影して逆らえないようにしちゃおうよ」
あきらと呼ばれた男子の醜態を見て、待機してた残りの男子たちもやって来たようだ。
これで今ここに来てるメンバーは全員みたいね。
彼らの話を聞いて青褪める私。
「ま、まさかあなた達、私以外にも同じような手口で女子を襲ってるの!?」
「まあな。お前で3人目だ」
「良かったじゃないか。お仲間は居るから寂しくないぞ」
「とは言っても、もう前の2人は犯しても碌に反応しなくてつまんないんだけどな」
「そうそう。やっぱり泣き叫んで命乞いをしてくれないとな~」
真性のクズね。よし、その被害者の情報を吐いてもらわないといけないし、再起出来ない程度に殺そう。
まぁその前に一応最後通告だけはしてあげましょうか。
「来ないで!それ以上こっちに来ると大変なことになるわよ!」
「んなはったり聞くかよっ」
そう言って一歩私の方へと近づいた男子に向けて私は草むらに隠しておいた痴漢撃退用の催涙スプレーを噴射した。
「ぐあっ」
「ちっ、このアマ!」
「おい、一気に取り押さえるぞ」
「おうっ」
残りの男子たちが慌てて私を取り押さえようと掴みかかって来た。
私は更に一歩下がりながら、小さくつぶやいた。
「緊急用撃退モードオン」
『イエス、メム。現状を非常事態であると認識しました。レベル3の制圧モードを起動します』
私の言葉を受けて、両腕に着けているお洒落なブレスレット風の装置が起動した。
その結果どうなるかと言うと。
「ぎゃっ」
「グッ」
「ッッ」
私に触れた3人が強力な電撃に撃たれたように短い悲鳴と共に痙攣を起こして倒れてしまった。
あ、最初の1人も仲良く痺れてなさいね。
「ぎゃあああああっ」
優しく両肩に装置を押し当ててあげたら良い感じに苦しんで気を失ってくれた。
ふむ、やっぱりこれ、ちょっと強過ぎね。
民間利用はレベル2までが限界かしら。
ま、それはともかく今のうちに動けないように縛り上げて携帯と財布は没収。
携帯は指紋認証か顔認証でロックが解除できるから、彼らの身元の確認とこれまでの被害者の情報を回収しておきましょう。
後はさっき襲われた一部始終を録画したデータチップを分かりやすく置いて警察に連絡すれば依頼完了ね。
あ、後は二度と同じことが出来ないようにあれを潰しておきましょうか。
どうせあっても碌な事には使わないでしょうしね。
ついでに復讐も出来ないように腕の2、3本も砕いておきましょう。
まったくこんなのでも死ぬと悲しむ親が居るんだから面倒よね。
~~ 妹Side ~~
あれから。
結局4通目の手紙が届くことはありませんでした。
ただ、風の噂で3年生の不良グループが何かの事件に巻き込まれて全員病院送りになったそうです。
かなりの重傷らしく復学は厳しいんじゃないかとまで言われています。
「身近でそんな事件があると不安になりますよね」
「そうだな。用心するに越したことは無いけど、ありもしないものに不安になってても仕方ないからな。
日頃から危険な場所には近づかないようにだけ気を付けておけばいいさ」
「はい」
事件の話を聞いてもお兄さんはいつも通りでした。
てっきり心配性のお兄さんの事だから過剰反応すると思っていたのに。
もしかしてその事件にお兄さんが関わってる?
……なあんて、ある訳ないですね。




