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3.少女を引き取ることにした

翌日。

少し遅めの時間を見計らって葬式が行われている会場へと向かった。

なぜ遅めかというと、もしかしたら俺の知らない間にまともな親戚が現れてみなしごになった子供を引き取っていてくれれば、それはそれで良いかなと思ったからだ。

しかし式場に入った俺は、その目論みが外れたことを悟った。

式場の奥に飾られた男女の写真。恐らく亡くなった親戚夫婦なのだろう。その横に死んだように生気のない少女が佇んでいた。

まばらに居る弔問客はその少女に形式だけのお悔やみの言葉を投げかけて帰っていくか隣の部屋に入っていく。

どうやら隣の部屋には親戚連中が集まっているのだろう。

どうせ今頃彼女に残された遺産を巡って足の引っ張り合いが行われているのが見なくても分かる。

ただ面倒な事に今回は俺もそこに足を踏み入れなきゃいけない。


「はぁ。ま、行くか」


俺は遺影に拝礼した後、隣の少女に声を掛けてみたが完全に無反応。焦点もあっていないな。

それも仕方ないか。

たった14歳の少女が突然家族を失ったんだ。失意のどん底に落ちても誰も責めることは出来ないだろう。

それに奴らの事だ。ろくにこの子の面倒を見ていないのだろう。髪がボサボサだ。


「はぁ。仕方ないか。話を付けてくるから待ってろ」


聞こえているのか分からないが、俺はその子を残して隣の部屋へと向かった。

その部屋は予想通り親戚と思われるおっさん共がたむろしていた。

さて、目当ての人物は、あ、居た居た。


「山田さん」

「お待ちしておりました高島様」


俺が声を掛けた初老の男性、山田さんは伯父のお抱え弁護士だ。

既に60近い年齢だと聞いたことがあるが背筋はまっすぐ伸びていて体つきもガッチリしているので実年齢より10以上若く見える。


「話は旦那様から伺っております。ただ申し訳ないのですが幾つか問題がありまして」

「と言いますと?」

「それが……」


山田さんの話を要約するとあの子を引き取るには今日、それも今すぐに本人の合意を取り付ける必要があるという。

それを逃せば結婚もしていない、年齢も若い俺があの子を引き取ることは厳しいそうだ。

それに失敗するとここに残ったいかにも好色そうなおっさん共の誰かがあの子を引き取ることになるという。

流石にそれは可哀そう過ぎる。

本当は今でも俺以外の真面な親戚が現れてくれれば良いと思っている。

資料を見れば14歳の女の子だというし、自慢じゃないが俺は年ごろの女の子の気持ちなんて分かる訳が無い。

それに俺の所は1DKでとてもじゃないが2人が暮らせるほど広くもなければ綺麗でもない。

多分まともな状態だったらあの子は絶対に俺の所に来たいとは言わないだろう。

それでも。

他に誰も居ないというなら俺がせめてあの子が元気になって独り立ちできるようになるまでは面倒を見ようと思う。

きっと祖父がここに居たら同じようにするだろうしな。


「よし」


そうと決まればここに居る理由は無い。

俺は部屋を出てあの子の元まで戻った。

あの子はさっき見た時と全く同じ状態で、放置しておけば一生このままなんじゃないかと思えてしまう。

触れたら砂像のように崩れたりしないよな。

ちょっと心配になりながら彼女の名前を呼びながら至近距離から顔を覗き込んだ。


「こんばんは。俺は高島 賢護だ。

坂本 万里さん。俺の言葉が分かるか?」


名前で呼びかけると彼女はゆっくりとだが、確かに俺を見上げた。

その目は死にかけているがまだ死んではいなかった。

ただ満足に頭が回っているかと言えばそうではないだろう。

だから俺はこう質問した。


「俺の元に来るなら首を縦に振る。そして嫌なら横に振ってくれ」


そう聞いた俺に対して少女は小さく顔を下げた。

それを頷いたと言うにはちょっと語弊があるかもしれない。しかし。


「山田さん?」

「はい。確かに彼女が了承したことを確認致しました」


隣に控えていた山田さんが認めた事で形式は成立した。

俺は山田さんと隣の部屋に戻ると、既に用意されていた書類に署名して彼女の荷物だというボストンバッグを受け取り彼女の元に戻った。


「さあ帰ろう」


そっと彼女の手を取って引くと彼女はゆっくりと足を動かしてくれた。

そのまま待機していたタクシーに乗り自宅のマンションへと戻った。

しかし玄関を抜けたところで彼女の足が止まった。

恐らく知らない家に通されてどうすればいいのか分からないのだろう。

俺もどうしてやるのが良いのかは分からないが、ひとまず今はゆっくり寝るのが一番だろう。

でもその前に少しでも栄養のあるものを摂取するべきだな。

そう思って冷蔵庫を開けると、中にあったのは卵と野菜ジュースとプロテイン。


「ここの所ずっと忙しくて料理する暇が無かったからなぁ」


あ、いや。食欲のない彼女には固形物よりも飲み物の方が良いか。

ならむしろプロテインはありだな。最近のは甘くて飲みやすいし。

適当なコップにプロテインと野菜ジュースをミックスして彼女に渡すと、彼女はゆっくりとだけど何とか飲み切ってくれた。

そして胃に物が入ったお陰か少しだけど反応が良くなった気がする。

これならトイレとかは自力で行けるか?

いくら何でも男にそれの世話をされたくはないだろうし。

あ、良かった。無事に済ませられたようだ。

トイレから出てきた彼女を誘導して奥の寝室。昨日まで俺が使っていたベッドに案内した。

これで臭いとか言われたら凹むところだけどそんなことは無くて一安心だ。


「あ、パジャマとか着替えは……ってもう寝たのか? 相当疲れていたんだな」


俺はそっと彼女に布団を掛けると居間に戻った。

さて今更だけどどこで寝るかな。布団の予備がある訳じゃないし。

仕方ないから床か机か。机で寝るのは徹夜の会社で慣れてるから多分大丈夫だろう。

今は夏だし風邪を引くことも無いしな。


いつもありがとうございます。

今回は引き続き兄視点です。

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