28.教えてお兄さん
~~ 妹Side ~~
さて、時刻は22時半を過ぎたところ。
この時間に寝間着姿でお兄さんと2人きりっていうのは何だか新鮮です。
先日のゆっこ達とのお泊り会とは違った感じでワクワクしている自分が居ます。
私がベッドに座ってお兄さんが床に敷いたマットレスに座っているので私の方が視線が高いというのもいつもと違います。
と、そうだ。せっかくこうして一緒に居るのですからお兄さんの事を色々と聞いてみましょう。
「私、お兄さんの事って全然知らないので教えてもらっても良いですか?」
「俺の事か。別に面白いことはないんだけどな。どこから聞きたい?」
「全部。生まれはどこか、どういう子供時代を過ごしてきたのか、今どういう仕事をしてるのか、趣味とか特技とか色々と。それによく考えれば名前だって真面に聞いたことないかもしれないです」
「ん~そうだなぁ」
お兄さんは腕を組んで考えこむようにした後、ぽつりぽつりと話始めました。
「じゃあまずは自己紹介だな。
高島 賢護。24歳。誕生日は1月5日のやぎ座。
身長170センチ、体重57キロ。血液型はA型。
生まれは隣町でごく普通の家の長男として誕生して兄弟はなし。
色々あって小学3年の時に祖父に引き取られて中学卒業と同時に働きに出て、3年前に今の会社、橘インダストリーの社長に声を掛けてもらって主にTZM関連のシステム開発部門の主任を任されている状態だ」
「その色々は教えては貰えないんですか?」
「まぁ寝る前にする内容ではないな。聞きたいならまた折を見て話すよ」
「……わかりました」
ふっと息を吐くお兄さんはいつもと変わらない笑顔でしたが、それ以上は聞けない雰囲気でした。
ただ今一人暮らしって事はつまりそういう事なんでしょう。
「お兄さんって恋人とかは居ないんですか?」
「今はいないね」
「今はってことは前は居たんですか?どんな人だったんですか?」
「一言で表すと自由奔放な人だったね。
『若いうちに出来ることは全部出来るんだ~』って言って色々やってたよ。
まぁ自由過ぎて危なっかしいところもあってさ。
最初知り合ったのも、彼女が怪我をして困ってるところに偶然俺が通りかかったんだよ。
それで『あなたは命の恩人ね。何かお礼をさせて』って言われたけど、特にして欲しい事はないって言ったら『あなた彼女は居る?いないなら私が彼女になってあげる。こう見えても尽くすタイプよ』ってちょっと強引な感じで付き合い始めたんだ」
彼女の話をするお兄さんはさっきと打って変わって楽しそうです。
多分別れた今でもその人の事を好きなんだと思います。
「今は居ないってことは別れちゃったんですか?」
「別れたというか、振られたが正解かな。
付き合い始めて半年くらい経ったある日に突然別れ話をされて、以来音沙汰無し。
振られた原因は今でも分かってないけど、多分俺があれこれ言うのが鬱陶しかったのかもしれないな」
「あぁ、それはあるかもしれないですね」
お兄さんの話が本当であればその彼女さんは自由を求める人みたいですし、いつものお兄さんの調子で『あれは危ない』『これはしない方が良い』なんて言われ続けたら息苦しくなってしまったのかもしれません。
でも助けてもらって自分から付き合いたいって言ったのに自分勝手な人ですね。
「お兄さんは引き留めたりしなかったんですか?」
「まあな。去る者追わずって言ったら聞こえは良いけど、例えば泣いてすがって引き留めて同情や哀れみで残られても辛いだけだろうからな。
それに女性の恋の炎は一度消えたら二度と燃え上がらないともいうから。
その辺りは同じ女性の万里の方が理解出来るんじゃないか?」
「そう、ですね」
確かに。男の子はどうかは知らないですけど、女の子って恋が冷めてしまうと未練のみの字も無くなってしまうものです。
男の子にはそれが分からないらしく、別れた後でしつこく付きまとっては冷たく追い返されている姿を何度か見たことがあります。
ただ、逆に女の子がまだ好きなのに男の子に振られるとどうなるかは分かりません。
禍根なく別れた場合なら「それでも彼の事が好きなの」と言って健気に男の子の幸せを願うパターンもあります。
が、理不尽な振られ方をした場合は最悪ストーカーまがいに発展してしまう事もあります。
愛しさ余って憎さ百倍って奴ですね。
さすがにドラマみたく夜の帰り道で後ろからナイフでグサッと行くような事は早々ありません。
少なくとも私達中学生くらいなら。
「そういう万里は?好きな子とか居ないのか?」
「うーん、居ないですね」
修学旅行の夜に女の子同士で集まってそういう話もあったのですが、私もゆっこ達も今のところ気になる男子は居ませんでした。
他の女子には「あんたら今からそんな枯れててどうするのよ」なんて言われたけど、こればっかりはね。
運命の人に出会うと自然と目で追ってしまうとか、体に電流が走るとか言われるけどサッパリです。
「それにお兄さん。確か前に年内は恋愛禁止だって言ってませんでした?」
「禁止というか極力しないように、だな」
「禁止じゃないんですね?」
「まぁな。恋は盲目って言うだろ?どんなにダメだって言っても恋に落ちるのは止められないみたいなんだ。困ったことに」
「はぁ。そういうものなんですね」
恋愛小説とか読んでると確かにそうみたいですけど、自分がそうなってみないといまいちピンとは来ないです。
ちなみに恋愛禁止なのは事故で心が弱っているところに付け込まれるのを防ぎたいからだそうです。
でもそういう意味で言えばお兄さんが一番危ないんじゃないでしょうか。
初めて会ったあの日からずっと私の事を影から守っていてくれた訳ですし、現状最も身近に居る男性でもありますから。
「うーん……」
「ん?どうした?」
「あ、いえ。その、お兄さんを見ても特にドキドキはしないなと思いまして」
「ああ。それでいいし、むしろそうじゃないと一緒に暮らすのに支障が出るだろう」
「それは……そうですね」
もし仮にお兄さんの事が好きで一緒に居るだけでドキドキしていたら、同じ部屋でなんて寝られないですし、家に居る間中ドキドキし過ぎて死んでしまいます。
なのでお兄さんとの関係は今のままが良いって事ですね。
「ところで」
「はい?」
「もうすぐ夏休みだよな?」
「え、ああ。言ってませんでしたけど、今年は夏休みと冬休みはお盆と年末年始のみに短縮されるんです。
ほら、今年は2月~5月にかけて流行り病のせいで学校閉鎖とかあったじゃないですか。
あれで授業が遅れてるので、それを取り戻すために夏休みは8月9日~20日だけになったんですよ」
「そりゃ残念だったな」
まったくです。12日間じゃGWとそんなに変わりありません。
その代わり、夏休みの宿題も大幅に減らされるという話ですけど。
「それで、夏休みがどうかしたんですか?」
「うん。どこでも良いけど1日予定を空けておいてくれ」
「分かりました。どこか出かけるんですか?」
「お墓参り」
「あっ」
お盆って本来そういう日ですよね。
今までお参りする必要がなかったからすっかり忘れていました。
そう言えばお父さんとお母さんのお墓ってどうなってるんでしょうか。




