26.お宅訪問時のチェックポイント
~~ 恵里香Side ~~
今日は先日のお泊り会に続き万里さんのお宅に私達がお邪魔することになりました。
あ、もちろん私達は泊る訳ではありません。
そしてただ遊びに来たのかと聞かれたら実はそうでも無いんです。
千歳さんが『万里がまともな暮らしが出来ているのか調査しよう』と仰っていましたから。
最近の万里さんの様子からして、もう心配はないと思っていたのですが千歳さんはそうでは無かったようです。
『無断外泊されたのに怒らないのはおかしい。何か裏があるのかもしれないわ。
ほら、あのドラマでも似たようなシーンがあったじゃない』
千歳さんは最近とあるドラマにはまっていて、それに感化されているようにも見受けられます。
そのドラマの子と万里さんは確かに顔や背格好は似てますがそれ以外はだいぶ違うと思うのですが。
それに調査と言っても何を確認したら良いのでしょう。
分からなかったので事前にお母さんに確認してみました。
「お友達の家で見るべきところ?
そうねぇ。水回り。特にトイレは見ておきなさい。料理をする家ならキッチンもね。
それらが綺麗ならまともな暮らしをしていると見て大丈夫よ」
「もし汚かったら?」
「例えばそれが彼氏の家だったら別れた方が良いわね。
遊びならともかく結婚なんて論外よ」
そう力強く断言するお母さんでした。
なので私は万里さんのお宅にお邪魔した時にまずお手洗いをお借りしたのですが……綺麗ですね。
汚れも無ければ臭いもありません。
もしかしたら毎日のように磨いているんじゃないでしょうか。そう思えるくらいピカピカです。
つまりお母さんの言葉とここ最近の万里さんの様子から考えて、親戚の方は良い方のようですね。
そう結論を出してお手洗いを終えた私は皆さんと一緒に万里さんのお部屋にお邪魔しました。
そこで千歳さんがあんなことを言い出したのには驚きましたが、何より驚いたのは万里さんが怒っていた事です。
万里さんが怒っているのを私、初めてみました。
怒っている理由が親戚の方の心配をして、という所はなんとも万里さんらしいですけど。
でもその親戚の方って万里さんを引き取ってから1か月近くも文句ひとつ言わずにそんな生活をしているなんて、どんな方なんでしょうか。
「万里さんのご親戚の方ってどんな方なんですか?」
「どんな?うーん、凄い心配性な人、かな。
今回皆を家に招待していいか聞いた時も、さっきの千歳の話以外にも色々大変な事が起きるって言われたし」
「大変なこと、ですか」
「うん。さっきの千歳以上に過激な反応を示す人が必ず出てくるって言ってた。
それは担任の水元先生かもしれないし、クラスの誰かの親御さんかもしれない。
いずれにしろ私達には無関係な人達が世論と常識を武器に攻撃してくるだろうって」
「そんな。私達は万里さんの事を他人に言いふらす事はしませんよ」
「私もみんなの事は信用してる。でも例えば私達の会話を近くで盗み聞きした誰かが別の人に伝えて、それがどんどん捻じれて伝わっていく事があるって。
今回の事がきっかけでそれが起きる危険性が高くなるだろうって言ってたわ」
「な、なるほど?」
確かに聞いてると可能性はゼロじゃないですけど、早々起きないだろうとも思えます。
万里さんが心配症だというのも納得できますね。
「他には?お仕事とかは何をされているんですか?」
「えっと、TZMの開発に携わってるって言ってたかな」
「って、それって橘インダストリーじゃない!?新進気鋭の中堅企業よ」
千歳さんが驚いていらっしゃいますけど、不景気な昨今でも業績は右肩上がり、求人倍率も凄いのだと先日読んだ雑誌に載ってました。
何でも防犯システムと人工知能を組み合わせることで、従来の防犯システムよりも圧倒的な犯罪阻止率を記録しているそうです。
その親戚の方がどの分野に携わっているかは分かりませんが、会社人としても優秀であるということなのでしょう。
あ、あと一つ気になってる事があるのを思い出しました。
「万里さん。クローゼットの中を見ても良いですか?」
「どうぞ~」
「ありがとうございます」
万里さんに断りを入れてクローゼットを開けて中の洋服を確認しました。
うーん、やっぱり。どれもセンスが良いです。それに。
「このお洋服って『天使の羽』ですよね?」
「え、恵里香ちゃん、知ってるの?」
「はい。駅前のデパートに入ってますよね。
何度か前を通った時に素敵なお洋服ばかりだったので覚えていたんです。
それに店員さんが凄く親切で、私が予算的に買えないってお伝えしたのに、気にせず試着をさせてくださったりしたんですよ」
「私の時は店長が対応してくれたわ。その服選びも店長が手伝ってくれたの」
「そうなんですね」
デパートの数あるお店の中であそこを選んだセンスの良さ。
何の縁もない親戚を引き取っただけなのだから普通なら安物を買い与えるだけで十分なはず。
それだけ経済力に余裕があるのかもしれません。
……でもそれだともっと広い家に住んでいても不思議ではないのですが。
この部屋だってもっとお洒落でも良さそうですが、実際は必要最低限で抑えている印象があります。
うーん、どうにもちぐはぐな印象ですね。
と、そこで優子さんが怒ったように声を上げました。
「万里っち。この部屋はダメだね!!」
「えっ。ど、どうしたの?突然」
「だって遊べるものが何もないよ!本棚だって難しい専門書っぽいのばっかりだし、こんなんじゃ息が詰まるよ」
あぁなるほど。
優子さんらしい視点です。
確かに千歳さんは事件性を調べていましたし、私は親戚の方の人柄を確認していました。
その点、優子さんは万里さんがこの家で楽しく過ごせているのかを気にされていたんですね。
「それに男の友情はバトルを通じて育むものだってお父ちゃんが言ってたし」
「いや、それは男同士の話じゃないかな?」
「そうでもないよ。一緒にゲームして遊べば一緒の時間も増えるし共通の話題も増えるし話す時間も増える。
そりゃあ時間を掛ければ良いってものでもないけど、万里っちの場合は圧倒的にお兄さんと話をする時間が足りないと思うんだけど、どうよ?」
「言われてみれば、確かに」
嫌いな相手で無ければ、単純に一緒に居る時間が増えるだけで仲良くなる機会は増えますから、優子さんナイスアイディアです。
千歳さんも優子さんの案に賛成した結果、優子さんがマンガやゲーム機などを、千歳さんが小説を持ち寄り、そして私は料理を教えることで落ち着きました。




