22.家族としての第一歩
お泊り会を終えて休日を挟んで昼休み。
私達はいつものように食堂に来ていました。
かぱっ。
「おぉ」
「おりょ?」
「へぇ」
「まぁ」
私のお弁当の中身を覗き込んだ、私を含めた皆から声が漏れた。
そこには以前と比べ色鮮やかなおかずが盛り込まれていました。
お肉にサラダに卵焼きにミニトマトまで入っててすごく美味しそうです。
「先週とは大違いね」
「うん。その、今までは何も言ってなかったんだけど、女の子向けのお弁当にして欲しいって言ってみたんだ」
実際に食べてみると、味付けなんかは前と変わっていないけど、やっぱり見た目が良いと箸の進みも早い。
それにこのお弁当だってあの人が私の為に早起きして作ってくれてるんだと思うと有難みが違います。
「そう言えばお泊り会が終わった後、家に帰ったんでしょ?
やっぱり酷く怒られた?」
「ううん、それが全然」
「もしかして心配すらされてなかったとか?」
「心配は、多分してくれてたんだけど、それより無事に帰ってきてくれて良かったって頭撫でられちゃった」
「そ、そっか」
あの時の事を思い返すと胸がぽかぽかします。
あの人はきっとああやって私の事を見守ってくれていたんでしょうね。
と、そうだ。
「みんなに相談したいことがあったんだけど」
「ん、なになに?」
「今回のお泊り会のお陰で、家族の在り方って家によって全然違うんだなって体感出来たんだ。
これはほんと皆に感謝しかないんだけど、そのお陰であの人はあの人なりのやり方で私の事を大事にしてくれてるんだって気付くことが出来たんだよね。
本当、ずっと出会った時から私を守ってくれていたんだと思うの。
だから何かあの人にお礼をしたいなって思ったんだ。
ただ、プレゼントするにしてもその元手があの人から貰ったお金じゃ意味が無いし、手作りで何かを作れる程器用でもないし。
それにあの人がもらって喜ぶものじゃないと意味が無いし。
ねぇ、どうすれば良いと思う?」
私の言葉に三者三様、腕を組んだり顎に手をやったりニコニコしたり……。
「って、恵里香ちゃんはどうしてそんなににこにこしてるの?」
「だって万里さんが凄く幸せそうですから」
幸せそう?別にそんなつもりは無いんだけど。
私のどこを見てそんな風におもったんだろう。
「他人の事を気遣えるのは、心にゆとりが出来た証拠です。
先週の万里さんは自分の事でいっぱいいっぱいでしたから」
「そうね。今回のお泊り会のお陰と考えれば喜ばしい事だわ。
まぁ結局万里を助けたのがその親戚の人だって考えるとちょっと悔しいけど」
「まぁ元気になったんだから良いじゃん」
千歳もゆっこも恵里香ちゃんの言葉に頷いている。
なるほど。言われてみれば確かにそうなのかも。
でもそれもきっとあの人に守ってもらえてるんだって思えるようになったからだよね。
なら余計にあの人に恩返しをしたいんだけど。
「これまでの話から考えて親戚の人って面倒見が良くて心配性で、ぶっきらぼうで口数が少ない男性よね。
で、少なからず万里のことを大事に、もしかしたら本当の家族のように思ってくれているって考えて間違いないかしら」
「うん、そんな感じ」
「なら一番その人が喜ぶのはあれだわ」
「「あれ?」」
フッと不敵に笑う千歳。
その答えを聞いてゆっこと恵里香ちゃんは「あ、確かに」「それは素敵ですね」って同意してたんだけど。
え、ええっ!?
それやるの?わたしが?あの人に!?
いやでもあの人が喜んでくれるなら。でもすっごく恥ずかしいんだけど!!
結局午後の授業はその事でいっぱいっぱいで何も頭に入ってこなかった。
家に帰ってからもずっと考えてたんだけど、でもきっといつかはやらないといけない事だしね。
善は急げ。女は度胸。よし!
「ただいま~」
って、帰って来た!
「おかえりなさい。あ、その……」
「ん?なにかあった?」
あの人を前にして言い淀んでしまう私。
そんな私を心配して目線を合わせて顔を覗き込んでくるあの人。
って、近い近い。
あの頭を撫でてくれた日以来、あの人は以前よりも近くに来て話すようになっていた。
多分以前は私にプレッシャーを掛けないようにとか色々考えて距離を空けてくれてたんだと思う。
でも今はその距離を空けて欲しかった。
ここは一時撤退よ。
「い、いえ。何でもないです」
「そうか。まぁ何かあったらいつでも言ってくれよ」
「は、はい」
私はあの人が準備してくれたお風呂に入りながら改めて作戦を考える。
さっきはお互い立っていたからダメだったんだよね。
ならご飯中ならテーブル越しだし大丈夫かも。
よし、決戦は今日の夕飯の時間ね。
そうと決まればあの人が料理を終える前にお風呂から出て待機していましょう。
気持ち早めにお風呂から上がればあの人はまだ料理の最中だった。
キッチンからは鶏肉を揚げるいい匂いがする。
「もう少しで出来上がりだから、ちょうもっと待ってくれな」
「はい。今日は何ですか?」
「リクエストにあった『ザンギ』だ。
と、そうだ。ほい」
あの人は揚げたてのザンギを一口サイズにカットして箸で摘まむと私の口元に向けてきた。
「えっ、えっ?」
「味見だよ味見。ほら口を開けて」
「は、はい」
突然の事に驚きながらも反射的に口を開けるとお肉が口の中に入ってきました。
もぐもぐ……あれ?
「味が違う?」
「ん?以前作った時と変えてないはずなんだけど」
「あ、いえ。実はお友達の家に泊りに行った時にネットでレシピを調べて作ってみたんです。
でも同じザンギのはずなのに全然味付けが違うんだなって思って」
「あぁそういう事か。ザンギって家庭によって味が変わるらしいからな。
もしネットの味付けの方が好みだったら今後はそっちで作るけど?」
「いえ。今のままでお願いします!」
家庭の味。家族の味。
このザンギの味がこの人の家の味なんだ。
なら私の中のザンギもこの味なんだね。うん。
そうして無事に夕飯の準備が整い、運命の時間がやって来た。
多分食べ終わる頃に、なんて後回しにするとダメな奴だよね。
なら最初が肝心、最初が肝心。
「あ、あのっ!」
「ん?」
「その、お……おに……」
「……」
言い淀む私をあの人はじっと待っていてくれる。
その優しい眼差しが私の背中を押してくれた。
「あの。お兄、さん」
勇気を出して、でもそれだけを言うのが精いっぱいでした。
『万里って親戚の人の事をずっと【あの人】って呼んでるでしょ?きっとそれ本人に対しても同じよね?
それってその人からしたら凄い他人行儀に感じると思うのよ。
だから名前で呼んであげるとか、いっそ【お義父さん】って呼んであげると喜ぶと思うわ』
千歳にそう言われて、年齢的に考えて父というより兄が良いだろうと思ってやってみたんだけど。
あの人、ううん。お兄さんからの反応がない。もしかして失敗だったかな。
って、あれ?さっきから全然動いてない?
「お兄さん?」
改めて呼びかけてみると、お兄さんは持っていた箸とお椀を落としてしまった。
「って、お味噌汁こぼしちゃってる!」
「おわっちゃっ」
お味噌汁を被ってようやく我に返ったお兄さんは慌てて雑巾で自分とテーブルを拭いて席に戻ると、もう誰が見ても分かるくらい上機嫌になってしまった。
でもこれって千歳が言っていた事が当たってたって事だよね。
うん……。勇気出してみて良かった。
ここまでで第2部になります。
第3部は兄妹とその周りの人との話になっていきます。
兄の昔話は第3部か第4部か……
恋愛要素は第4部に……なっても無いかも。




