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21.家族としての距離感

~~ 兄Side ~~


あの子が夜に帰ってこなくなって3日目。

俺は何をしているかと言えば普通に会社に行って普通に仕事をしている。


「あの、主任」

「ん?どうした?」

「ここの数字1桁間違えてるっぽいので直しておきますね」

「げ、本当だ。すまん、よろしく頼む」

「主任~。これ項目が1段ずれてますよ?」

「主任、こっちは漢字変換ミスってどこかの暴走族みたいになってますよ」

「『夜露死苦尾根害死〼』!?こんなのどうやって変換したんだ?

すぐ直しますからちょっとま……って、あーっ。間違って削除しちまった」

「だ、大丈夫ですよ。私の方でバックアップ取ってありますから」

「すみません、助かります」


参ったなぁ。今は急ぎの案件はないとは言え、やるべき作業はそれなりにある。

本来なら上司である俺がみんなのフォローをするべき立場なのに昨日からミスの連発だ。

幸いデータのダブルチェックは徹底しているから問題は外に出ていないが作業の遅れに繋がっているのは間違いない。


キーンコーンカーンコーン♪

「主任、お昼行きましょう」

「いや、俺は午前中ミスった分、パンでも齧りながら挽回するから」

「ダメですよ。主任に今必要なのは私達とお昼に行くことです」

「そうそう。お昼をしっかり食べてリフレッシュした方が作業も捗りますって」

「今日は強制連行です。部下が上司にするのでパワハラは適用されませんからね」


みんなに引っ張られるようにして俺は馴染みの定食屋へと行くことになった。

座る位置は俺が奥の壁側で隣に田中、向かいに柊さんで斜め向かいに椿原さんだ。

上座に座らされたというより、逃げられないように包囲されたように感じるのは気のせいか?


「さあ主任。何があったのかキリキリ吐いてください」

「いや公私混同は良く無いだろ?」

「それで平気な顔しつつミスを連発される方が困ります」

「それに私達のチームが発足した時に言った言葉覚えてますか?

『俺達は仕事仲間であり戦友であり家族だ。だから些細な悩みでも共に考え乗り越えていこう(キリッ)』

そう言ったのは主任ですよ」


いや、キリッとは言ってないぞ。

しかし家族か。難しいものだな。

まあ皆に相談してみるのはありか。今日もこうして心配してくれてる訳だし。


「大した問題じゃないんだけどな。実は……」

「「い、家出した~!?」」

「あ、いや。それほど大それた事じゃなくてな」

「でも主任に一言も断りなく、ですよね?」

「まぁ。でも友達の家を泊まり歩いてるだけだからそこはそんなに心配してないんだ」


ちゃんと学校には行っているみたいだし同性の友人宅なら間違いも起きないしエルも一緒だからあの子の身の安全については何も心配はしてない。

あと冷蔵庫のおやつが無くなってるから毎日うちに寄っていたのは分かっていたし。


「俺が気にしてるのは、そんなに居心地が悪かったのかなっていうことさ」


これでも俺に出来ることはしてきたつもりだ。

朝晩はちゃんと食事を用意して掃除洗濯もやったから、あの子が家で苦労することは無かったはずだ。

それに家事は料理以外あの子が居ない時や寝ている間に済ませるようにした。

女の子は臭いに敏感だっていう話だから体臭や部屋の臭いには気を遣って定期的に消臭と薄っすらと気付かない程度にアロマを炊いてみたりもしたし。

あの子はプリンが好きみたいだから冷蔵庫にはプリンを中心におやつを用意しておいた。

あとは食事中とか出来るだけ話しかけるようにはしてたけど、時々ぼーっとしてあの子の話を聞き流してたから、そこが問題だっただろうか。


「……ひとまず主任が過保護なのはよく分かりました」

「ええ。でもやっぱり最後のは問題ですね」

「そうねぇ。女の子にとっては自分の話を親身に聞いてくれるかどうかって結構重要だから」


話をまともに聞いてくれない=この人は自分に興味がない=自分は孤立している。

そういう構図が出来上がってしまうようだ。


「それと。主任の事だからその子を傷つけない様にって極力接触は避けたんじゃないかしら?」

「よく分かりますね。最初はともかく、あの子の意識がはっきりしてからは触れるのは避けてました。

だって保護者とはいえ、好きでもない男にべたべた触られるのは嫌ですよね」

「その考えは半分合っていて半分間違ってるわ。

確かにセクハラまがいの行為は最悪なんだけど、家族として接する分には問題ないの。

それにほら。犬とか猫とかって、こっちがおっかなびっくり触ろうとすると、向こうも警戒してしまうでしょう?

それと同じで、子供だってこっちから避けてるのを何となく感じ取ってしまうものなのよ」


そうか。本当なら俺の方から手を差し伸べる必要があったのに、気を遣っているつもりで実は避けてしまっていたんだな。


「ちなみに俺から触れるとして何をするのがいいでしょう?」

「うーん、褒めたりするついでに頭を撫でる、くらいなら良いんじゃないかな。

べたべた触るというより、ポンポンってするくらいで」

「ええ、良いんじゃないかしら。

まぁそれすらも嫌がられたら……」

「嫌がられたら?」

「諦めた方が良いわ。もう完全にあなたの事を赤の他人以下と見做してる証拠だから」

「そ、そうですか」


嫌がられたら終わりか。

そうか。関係の改善は、多分難しいんだろう。

年ごろの女の子だし。そうなったらこれ以上嫌われないようにするしかないか。

そう悩んでいたら田中から痛恨の一撃が飛んできた。


「まぁ、その前にちゃんと帰ってくるかが問題じゃないですか?

このまま『もう主任の家には帰りたくない!』なんて言い出す可能性だってあるんですから」

「うっ。そ、そうだな」

「あ、主任?冗談ですよ冗談。おーい、しゅに~ん」


田中の言葉にとどめを刺された俺は午後の仕事を呆然と機械的にこなすのだった。


そして翌日。

予定ではあの子が今日こそ帰ってくるはずだ。

俺は皆に後押しをされる形でいつもより早めに退社して帰って来た。


「ただいま」


……いない、か。

時刻は17時半。普段ならもう帰ってきていてもおかしくない時間だ。

念のためエルにあの子の所在を確認すれば『近所の公園です』と返って来た。

なら日が暮れたら帰ってくるだろう。

あ、もしかしたら鍵を無くしてしまったのかもしれない。

なら玄関の鍵は開けたままにしておくか。

後はそうだな。俺が待ち構えていたらあの子を不安にさせるだろう。

ここは平常心でいつも通り風呂と夕飯の準備をしておく方がいいか。


チクタクチクタク……


今日に限って時間の進みが遅い。

ってまだ10分しか経ってないのか。


ガチャッ

「!」


玄関のドアノブを回す音に緊張が走るが、平常心だ。

大丈夫。まだ俺は完全には嫌われてはいない、はずだ。

だから俺は不安そうに入って来たあの子をいつも通りに向かえたのだった。

まぁ後から聞いたらちょっとテンションおかしかったらしいが。


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