19.お泊り会3日目は母子家庭
そしてお泊り会も3日目。
最後は恵里香ちゃんの家です。
「狭い家でごめんなさいね」
そう言ってはにかむ恵里香ちゃん。
狭いと言っても1DK。恵里香ちゃんはお母さんと2人暮らしだし、つまり。
「大丈夫だよ。うちとそんなに変わらないから」
「え、そうなんですか?自分の部屋を貰えてるって言ってたからてっきり……」
「うん?」
「いえ、何でもないです」
何だったんでしょう。
その疑問は部屋に入ってすぐに分かりました。
恵里香ちゃんはお母さんと相部屋なんです。
まぁ同性だから、変な話じゃないよね。
荷物を部屋の隅に置いたところで恵里香ちゃんから質問が飛んできた。
「あ、そうだ。この後、夕飯のお買い物にいかないといけないんですけど万里さんはどうしますか?」
「それなら一緒に行くよ。というか恵里香ちゃんが夕飯の準備とかしてるの?」
「そうですよ。ほら、お母さんはお仕事頑張ってくれてますから、家事は出来るだけ私がするようにしてるんです」
「へぇ。偉いね!」
「ん~、私に出来るのはこれくらいですから」
私が褒めるとぎこちなくはにかむ恵里香ちゃん。
その時の私はただ照れてるだけなんだろうなと思っていた。
それから私達は連れ立ってスーパーに買い物に行ったり帰ってきて掃除をしてお風呂を沸かして一緒に夕飯の準備をした。
まぁ準備と言っても私は手伝いでほとんど恵里香ちゃんがやってるけど。
「ただいま~。あぁ~今日もいい匂いがするよ~」
「あ、お母さん。帰りなさい」
「あぁ恵里香~。今日もいい子ね~」
「お母さん。くすぐったいです」
帰って来た恵里香ちゃんのお母さんは挨拶と共に恵里香ちゃんをぎゅっと抱き寄せて頭をさわさわと撫でる。
恵里香ちゃんも口では文句を言っているけど自然な感じなので多分いつもの事なんだろう。
「今日はお友達の万里さんも来てますよ」
「えっと、お邪魔してます」
「おおっ。あなたが万里さんね。恵里香から色々聞いてるわ。
大変だったんでしょう。今日はゆっくりして行ってね。まぁ狭い家だけどさ」
「あはは、はい」
恵里香ちゃんのお母さんは大人しい恵里香ちゃんとは違って凄く元気な人でした。
ゆっこのお母さんも明るい人だったけど、それとはまた違うパワーを感じます。
「お母さん。今夜は万里さんと合作なので楽しみにしててくださいね」
「今夜は何?」
「鳥のから揚げです。しかも万里さんの家のを参考にしているのできっといつもより美味しいですよ」
「といってもうちの人が言ってた『ザンギ』っていうのを元にネットでレシピを確認したんですけど」
「おぉ~、『ザンギ』かぁ。確か北海道料理よね。楽しみ~」
「さ、まだ完成まで時間ありますから先にお風呂入っちゃってください」
「そうね。じゃあお先にお風呂頂くわ」
お風呂に向かった恵里香ちゃんのお母さんを見送った私達は顔を見合わせて笑いあった。
あんなお母さんなら二人暮らしでも寂しいなんて思わないんだろうな。
その後、お風呂から出てきた恵里香ちゃんのお母さんと3人で食卓を囲む。
「「いただきます」」
「これが噂の『ザンギ』ね。もぐもぐ……ん~美味しい~。
いつものも美味しいけど、これはまた違った美味しさね」
「ほんと美味しいです。これも万里さんのお陰ですね」
「あはは。ありがとうございます」
こうして自分が作った料理でお礼を言われるのは嬉しいな。
いつもはあの人が作ったご飯を食べてただけだし、偶には自分で作ってみるのも良いかも。
まぁあの人が褒めたりお礼を言ってくれるかは分からないけど。
「でも恵里香ちゃんも凄いよね。
学校から帰ってきてお風呂の準備をして夕ご飯を作って」
「私に出来るのはそれくらいですから」
再びそう謙遜した恵里香ちゃんをお母さんがこつんと叩いた。
「こらっ。そうやって必要以上に自分を卑下しないの。
私は恵里香が家事をやってくれるお陰で安心して仕事に行けるし凄く感謝してるんだから」
「うん。でも私はお母さんみたくお金を稼ぐことはまだ出来ないから。
高校生になったらアルバイトもいっぱいして少しでもお母さんを楽させますからね」
「もう良いのよ。そんなに焦らなくて。お母さんは恵里香の元気な姿を見れるだけでいくらでも頑張れるんだから」
恵里香ちゃんとお母さんのやり取りは、何というか凄くその親子って感じがした。
お互いがお互いを大事に思っていて、横で見ていて恥ずかしくなるくらい真っすぐにその想いを伝えあっている。
正直今の私の家にはないものだ。
「……」
「あ、ごめんなさいね。万里さんを置き去りにしてしまったわ」
「いえ。仲が良いんだなぁって羨ましく思ってしまいました。
うちだとあの人は私の事を叱った事なんてないですから」
「それは単に万里さんを叱ることがないだけじゃないのかしら」
「そんなことは無いと思います。特にその、この3日間無断でお友達の家に泊ってる訳ですけど、なにも言って来ないですし」
「無断で?でも昨日……あ、でもそういう事なのかしら」
「?」
「いえ、こっちの話よ。うーん、そうねぇ」
腕を組んで考え込む恵里香ちゃんのお母さん。
何度か言い淀んだ後、やっと口を開いた。
それはさっき恵里香ちゃんを叱った時のように凄く優しい声色だった。
「叱るのってね。凄い勇気が必要なの。
特にまだ関係の浅い相手や、逆に一度関係が壊れてしまった相手にはね。
こんなことを言って嫌われてしまわないだろうか。言ってもただのお節介で真面に受け取られないんじゃないか。
そんな風に思い悩みながら、でも今叱れるのは私しかいない。ここで叱らないとこの子は道を踏み外してしまう。言わないでこの子が不幸になったら待っているのは後悔だけ。そう自分に言い聞かせてやっと叱ることが出来るのよ。
その人があなたを叱らないのは、きっとまだ距離を測りかねているのね」
距離……。
確かに恵里香ちゃんとお母さんや、ゆっこ達に比べるとあの人と私の間には果てしない距離が空いている気がする。
「あの、どうやったらその距離は縮むんでしょうか」
「それはお互いに歩み寄るしかないんじゃないかしら」
「でもあの人は私と一緒に居る時はいつもぼーっとしてて歩み寄る気は無さそうですけど」
私の言葉を聞いた恵里香ちゃんのお母さんは、はぁ~とため息をついた。
「言ったでしょう。お互いによ。万里さんからその人に歩み寄ってみた?
自分の感情を素直にぶつけるというのも大切な事よ。
例えばぼーっとしてることに対して怒ってみたりとかね」
「あ、してない、です」
「他にもその人が料理をしてくれてるなら手伝ってみたり、何か相談やお願いを持ち掛けるのも良いかもしれないわね」
「……はい」
例に挙げてくれたどれも私はやってなかった。
それじゃあ距離なんて空いてて当然なんだ。
そうして肩を落とした私を見かねた恵里香ちゃんのお母さんは再び優しく声を掛けてくれた。
「まあ万里さんが何から何まで悪い訳じゃないのよ。
ちなみにその親戚の方はお子さんは居るのかしら?」
「え、いえ。居ないと思います」
「そう。ならその方のお父さん歴はたったの2、3週間なのね。
それならきっと今はあなたへの接し方がまだ全然分からなくて手探り状態なんでしょう。
私だってお母さん歴14年だけどまだまだ分からない事だらけだしね」
「そうなんですか?」
「そうよ。それでよく失敗して恵里香に叱られるし」
「私には恵里香ちゃんとお母さんの距離は凄く良いなって思います」
「そう?ありがとう」
お互いに褒めたり叱ったり感謝したり。
そう言うのを本当の家族って言うのだと思う。
私とあの人もそういう関係になれる日は来るのでしょうか。
~~ 恵里香の母Side ~~
娘の友達だという万里さん。
確か両親を事故で亡くしてまだ1月と経っていないはずなのに、思ったより元気そうで安心した。
それもきっと昨夜電話を掛けてきた彼女の保護者だと名乗った人のお陰だろうと私は見ている。
ただまぁ、万里さんの話を聞くにまだ『家族』にはなりきれていないのでしょう。
多分もう少し時間と、何かきっかけが必要なんじゃないかと思う。
今回のこの万里さん曰く無断外泊がそのきっかけになれば良いのだけど。
その日の夜。
私達は布団を2つ並べて3人で川の字になって寝ていたのだけど、私は隣から聞こえてきたうめき声で目が覚めた。
声の主は万里さん。どうやら悪夢に酷くうなされているようだ。
そうよね。起きてる時は元気そうに振舞っていたけれど、心の傷は完全には癒えていないでしょうから。
『(あの)』
「ん?」
ふと枕元から声が聞こえてきた。
それは万里さんが着けていたTZMからだ。
ふたりを起こさないように小声で話しかけてきたみたいね。
『(もし宜しければ手を握ってあげて頂けませんか?そうすればきっとすぐに落ち着きますので)』
「(ええ)」
無意識のうちに助けを求めるように持ち上げられていた万里さんの手をそっと握った。
すると万里さんの表情はすぐに穏やかなものに変わっていく。
良かったわ。悪夢は去ったみたいね。
でも待って。TZMはさっきなんて言ったかしら。
まるでこの結果が分かっていたような口ぶりじゃなかった?
それはつまり『いつものこと』だということだ。
まさか、いえ。きっとそういう事なんでしょう。




