11.ちゃんとお仕事してます?
最初は?は付いてなかったんですが……
~~ 兄Side ~~
あの子を学校へと送り出した後、俺は身支度を済ませて会社へと向かった。
「おはようございます」
「「おはようございます!」」
オフィスの自分の部署に行くと先に来ていた皆に挨拶をする。
他の会社、いや他の部署でもあまり見られないらしいが、うちの部署では元気いっぱいに挨拶を交わすのが約束事だ。
ここで気を抜いた挨拶をすると皆から「どうした。気分がすぐれないのか?」「今日は早退するか?」などと心配されることになる。
やっぱり元気がないと良い仕事は出来ないからな。
と思ったら柊さんから心配そうな声が飛んできた。
「主任。もう出社してきても大丈夫なんですか?」
「ん?ああ。幸いな」
元々皆にはあの子を引き取ると決めた時に早くても1か月は在宅ワークになると思うと伝えていて、社長にも頭を下げて何とか許可を貰っていた。
俺の予想ではそれくらいの期間は廃人同然になっているか、目を離すと家を飛び出したり両親の後を追って自殺を謀るんじゃないかと思っていたからな。
実際には引き取った翌日から回復の兆しを見せてくれて1週間で学校に行きたいと言い出すんだから大したものだ。
庇護するなんて言っておいて、実は俺なんかよりもずっと心が強いのかもしれない。
と、それはさておき今は仕事だ。
「田中。昨夜のうちに送っておいた資料には目を通してあるか?」
「はい。いや、通しましたけど……」
俺の言葉に、うちのチームで唯一俺より年下の田中が俺をジト目で見てくる。
どうしたんだろうか。1週間見ない間に反抗期にでも突入したのか?
って、そんな訳は無いか。
「えっと、何か変だったか?」
「変と言うか主任。このメール、受信時間が今朝の午前4時半になってるんですけど」
「そうだな。確かにそれくらいに送ったと記憶している」
確か東の空が白み始めていたから間違いないだろう。
あ、そうか。陽が出てきてたんだから昨夜じゃなくて今朝か。
「悪い悪い。昨夜じゃなくて今朝だな」
「いやそこじゃなくて」
「主任、私のところには2時台に3件着てますよ?」
「私には3時ですね」
どことなく煮え切らない返事をする田中を援護するようにほかの皆からも同じような言葉が飛んできた。
「ああ。特に遅延なく届いてるみたいだな」
俺の返事に今度は全員からジト目が送られて来た。
何かそんなに変なことを言っただろうか。
全く心当たりが無いんだが。
「あの、主任?分かってないようですから、一つ質問しますので正直に答えてください」
「お、おお」
「主任はここ1週間、何時間寝てますか?」
ん?1週間でか。ちょっと待てよ。
えっと、ひのふの……
「大体12時間くらいは寝てるな」
「「はぁ~~」」
俺の答えに呆れとも驚きともとれるため息をつくみんな。
やっぱり分かっていないのは俺だけらしい。
「主任……。聞きたかったのは1週間の合計ではなく平均ですよ。
12時間って1日2時間足らずじゃないですか!!」
「そうだな。合計すれば2時間くらいだな。あ、体力には自信あるし、まだまだ若いんだから2時間も休めば大丈夫だぞ?」
「普通は大丈夫じゃありません。しかも合計すればって何ですか!?」
「まぁまぁ」
ジト目を通り越して半ギレになり始めた田中だったけど、その肩を椿原さんが落ち着かせるように手を置いた。
田中も椿原さんには頭が上がらない一人なので、お陰でちょっと落ち着きを取り戻したようだ。
「そんな怒っても仕方ないでしょう」
「いえ、怒りたい訳じゃないんですけど……」
「自覚がないなら何を言っても無駄でしょう。
という訳で主任。主任の午前中の仕事は仮眠室に行って熟睡することです」
「え、いや。この1週間、日中働けてない分、みんなに負担を掛けてるんだし、寝てる場合じゃ」
「夜中にやられている分で私達が日中にしている作業量を超えてるから大丈夫です。
それに今は主任じゃないと出来ない仕事はほとんど無いんですから、大人しくお姉さんの言う通りにしなさい」
「うぅむ、分かりました」
有無を言わせぬ椿原さんに押し込まれる形で俺は仮眠室で休むことになった。
おかしいなぁ。俺は会社に仕事をしに来たはずなんだが。
まぁみんなの好意は素直に受けておく、べき……か……
~~ 椿原Side ~~
仮眠室の布団に横になった主任は一瞬にして眠りに落ちていきました。
口では何といっても体は正直って言うのはこういう事を言うのでしょうね。
私も子供を産み育てた経験がありますが、夜泣きする子供に何度も起こされるのはかなりの疲労とストレスを蓄積させるものです。
って、主任の場合は赤子を引き取った訳じゃないはずなんですけど。
でもこの様子ではそれとほぼ変わらない状況なのかもしれません。
「主任の様子はどうですか?」
田中君や柊さんが心配そうに仮眠室を覗いてきたのでそっと押し返しつつ私も仮眠室を後にしました。
「ちゃんとお布団に入って寝たから大丈夫よ」
「そうですか。良かった」
「仮眠だけで1週間とか正気の沙汰じゃないですよ」
「本当にね」
しかもそんな状態にも拘わらず夜中に届いていた報告書や資料は正確にして膨大。
さっき言った日中の私達の作業量以上というのはお世辞でも何でもないの。
実はあの人はサイボーグでした、なんて言われても信じてしまえそうです。
今回の睡眠の事だって、私達が強引に寝かせなかったら倒れるまで気付かなかったかもしれないですね。
「あの人は他人の事ばかり気に掛けて自分の事には鈍感だから。
本当はそういう事を気付いてくれる彼女なり奥さんなりが居れば良いのだけど」
「う~ん、そうですよねぇ」
さっきからずっと心配そうにしている柊さんは脈ありだと思うのだけど、こういう時に積極的に動けないのが残念なのよね。
飲みの席ならからかい半分でグイグイ行けるのに何でかしら。




