1.突然崩れ去る日常
お読み頂きありがとうございます。
初の恋愛ジャンルに投稿させて頂きました。
念のためあらすじにも書きましたが、当分の間イチャラブ要素はありませんので、そういうのをお求めの方は回れ右してください。
暗い暗い闇の中に私は立っていました。
ぼぅっと視界に映るのはお父さんとお母さん。
その表情はとても寂しそうで、私は思わず大声で呼びかけました。
でも聞こえないのか私に背を向けるとどこかへ歩いていきます。
「お父さん。お母さん!」
私は慌てて追いかけて声を掛けましたが、なぜか近づくことが出来ず、とうとう見えなくなってしまいました。
「待って。置いて行かないで!」
よろけて膝を突いてしまった私はだんだんと闇の中に沈んでいきます。
膝から腰、そして肩まで埋まっていきます。
「嫌。誰か助けて。お父さん。お母さん」
苦しくて手を伸ばしても掴んでくれる人は居なくて、そのまま私は闇に飲み込まれてしまうのでした。
……
…………
………………
14歳の夏。
中学2年生の私(坂本 万里)は修学旅行の真最中で、朝食を食べながら一緒の班の友達と今日の行き先について話し合っていた。
「問題です。旅行の醍醐味と言えば何でしょうか。はい万里っち」
「綺麗な景色とか、歴史的建造物とかかな」
「模範解答ね」
「ふふっ。万里さんは優等生ですから」
ムードメーカーのゆっこの質問に答えると隣の千歳が冷静なコメントをし恵里香ちゃんが優しく笑う。
この3人とは中学からの付き合いだけど、馬が合うというか数年来の大親友と言っても良いと思う。
「万里っちは分かってないなぁ。旅行で一番大事なのは現地の特産品だよ」
「ここでいう特産品ってやっぱり工芸品の類じゃないよね」
「優子の性格から考えれば食べ物でしょ」
「行動計画を立ててる最中もずっとお昼と休憩時に行くお店を選んでましたから」
「ちっちっち。食『文化』って言うくらいだから、食べ物だってその土地を知る大事な要素だよ」
「まぁそこは否定しないけど」
「あなたの場合、ただ食べたいだけでしょう」
「あとはご家族へのお土産を選びたいんでしょうね」
そんな風に楽しく話していたところに担任の先生が慌てた様子でやって来た。
「坂本さん。急いで帰る支度をして頂戴」
「え、どうしたんですか?」
「説明は電車の中でするわ。とにかく今はすぐに準備して。
ほかの皆は坂本さん抜きで今日の活動を行ってください。
何かあれば副担任の山中先生を頼ること。いいわね」
突然の事に私達は顔を見合わせたけど、私は先生に急き立てられて一人部屋に戻ると自分の荷物をまとめた。
そしてそのまま先生と一緒に電車に乗るのでした。
その頃にはこの状況が何を意味しているのかが何となく理解出来てきた私は恐る恐る先生に尋ねました。
「あの、先生。もしかして私の家族に何かあったんですか?」
先生はどう言おうかと何度か躊躇った後、口を開いた。
「心を強く持って落ち着いて聞いて欲しいのですけど、今日未明にあなたのご自宅でガス爆発らしき事故が起きたそうなの」
「ガス、爆発……それで、お父さんとお母さんは?」
「(ふるふる)」
「そんな!?」
先生は携帯端末を操作して1つのニュースを見せてくれた。
そこに載っていた写真には見慣れた隣の家と、がれきの山になった我が家が映し出されていて、そして、事故の被害者に私のお父さんとお母さんの名前が載っていました。
「被害者……死んだ?お父さんもお母さんも?
だって昨日家を出た時は普通に元気だったのに!」
「お、落ち着いて坂本さん」
「いや。絶対嘘だよ、嘘だって言ってよ!!」
そこから先は覚えていないのだけど、先生が泣き叫ぶ私を宥めつつお父さんの実家だという屋敷に連れて行ってくれたそうです。
茫然自失のまま初めて会った祖父は冷たい目で私を見て言いました。
「ふん、村八分とは良く言ったものだ。
ああ、先に言っておくが、儂は勘当した息子の子供を引き取るつもりはないからな。
仕方ないから葬式が終わるまでは預かってやるが、その後は何処へなりとも行くがいい」
「あの、お父さんとお母さんはどこに……」
「残念だが損傷が酷くて見せられんそうだ」
「そんな……」
「ほら、そんなところに突っ立っていると邪魔だ。
誰か。こいつを奥の客間に放り込んでおけ」
祖父の言葉でやって来た人にどこかの部屋に案内されました。
翌日にはお葬式が行われ、結局私はふたりの姿を見ることなく、その棺だけが私の前を通り過ぎていきます。
更にその数日後には告別式が行われ、生き残った唯一の身内の私の所には何人もの遠い親戚だという人たちがやって来ては二言三言何かを言って去っていきました。
その人たちは決まって私に何かを言った後、隣の部屋へと入っていくのです。
時折怒鳴り声や落胆する声が聞こえるけど何でしょう。
あの日から悪夢にうなされてほとんど眠ることも出来ず、食事も碌に取れていない私には理解する余裕はありませんでした。
ただ分かるのは隣の部屋に行った人は例外なくそのままどこかへと立ち去っていったということだけ。
そう、思っていたのに。
「坂本 万里さん。俺の言葉が分かるか?」
誰かが私の名前を呼び、顔を覗き込んできました。
ゆっくりと私の反応を確認するその目は、ここに来てから初めて温かみのあるものでした。
だからでしょう。
私はその人の事を自然と見返していたんです。
するとその人はにっこりと笑って話を続けました。
「良かった。まだ反応出来るだけの気力は残っていたか。
いいか、良く聞いてほしい。
君はまだ未成年で大人の庇護を受ける必要がある。
そして中学生の君には多少なりとも誰の庇護を受けるか選ぶ権利はあるが、糞ったれなことに考える時間はないらしい。
だから今すぐ選んでほしい。
俺の元に来るなら首を縦に振る。そして嫌なら横に振ってくれ」
私が理解できるように一言一言をゆっくりと話すその人。
ひご?この人から?よく分からないけど、無言でじっと見つめられるのが耐えられなくて私はうつむいて視線を外しました。
するとその人は優しく微笑んで私の頭に手を置くと、
「分かった。少しだけここで待っていてくれ。すぐに戻ってくる」
そう言って隣の部屋に行くと、本当にすぐに戻って来て私の手を取りました。
私は引かれるままに外に出てタクシーに乗るとどこかのマンションの1室へと案内されました。
「俺の家だ。そして今日から君の家でもある。
狭くてお世辞にも綺麗とは言い難いが住めば都とも言うし我慢してくれ」
玄関でぼーっとしていた私に笑いかけるその人。
碌な反応を示さない私に肩をすくめると、台所で冷蔵庫から何かを取り出してコップに移し替えて私に差し出しました。
コップの中を見れば緑と茶色を混ぜた液体が入っていました。
「プロテインと野菜ジュースのミックスだ。
食欲は無いと思うけど、それだけでも飲んでくれ。
持てるか?落とさないようにしっかりと両手で持って。
慌てなくて良いからゆっくり飲みなさい」
「はぁ」
言われた通り両手でコップを受け取った後、中の液体を口に含みました。
(あ。甘いんだ)
チョコっぽい味のそれは見た目とは裏腹に甘くて飲みやすくて、お陰でご飯を食べる気力もない私でもすぐにコップ1杯を飲み干しました。
それを見たあの人は空になったコップを受けとり再び笑顔を作りました。
「今日は疲れただろう。お手洗いに行って、もう寝なさい。
トイレはそこ。寝室は奥の部屋だ」
「はい」
言われるままにお手洗いを済ませた私は居間を抜けて奥の部屋にあったベッドに横になると意識を失うように眠りに落ちていくのでした。
第1部(8話)が描き上がりましたので投稿スタートしました。
今出来ている部分は1日おきに投稿していく予定です。
ただそこまで描くのに1月近く掛かっていますので、その先は投稿ペースが落ちる見込みです。
なお、第1部は視点を義兄と義妹で切り替えながら進めていきます。
第2部からは義妹中心になる予定です。