7 外堀が埋められ、全騎士団員公認の仲になりました
セルジュさんの案内で食堂に着き、身体を90度に折って、まずマクシムに謝った。
「おはようございます。昨日は酔いすぎました……。ご迷惑をお掛けし、本当に申し訳ございませんでした」
下げた頭を、上げにくいったらありゃしない。ピタッとそのまま固まってしまう。マクシムが立ち上がり、私の頭に手の平をポンと1回乗せた。
「役得だから気にするな。早く食べて任務に向かうぞ、団長」
そう、私は団長なんだ! しっかり団員を見てあげなきゃ! 気合いで顔を上げ、深く1度頷いた。
「ああ、そういや。昨日は、俺にギュウギュウしがみついて来て可愛かったな」
「ひぃっ!!」
なんとか気を取り直し、ありがたく朝食をいただいた。白パンと、ポーチドエッグを落としたサラダに、コーンスープ。しこたま飲んだ次の日だけど、優しい味付けが食べやすくて、きちんと朝食をとることが出来た。
給仕の人もいたし、聞きづらさもあって、昨日の夜のことは有耶無耶にしてしまった。マクシムは公爵様だし、何事もなかっただろうけど……。記憶がないなんて、初めてだよ……。
マクシムの公爵邸から、騎士団までは距離が近いので、2人で歩いて団に向かった。途中でユニが、お見送りに来てくれた。いつも人間を振り回して強引な感じだけど、可愛いところもあるな。
城門の向こうからテオドールが登城して来た。団に併設された独身寮から通う団員も多いが、テオドールは妻子持ちだから、街に自分の家を持っている。
「おはようテオドール!」
元気いっぱい、いつも通りテオドールに挨拶すると、なんだか顔つきがおかしい。
「おはようございます。マクシミリアン様、テレーズ……」
あ、テオドールはマクシムの正体を知ってるから、気を遣っちゃうんだよね。そりゃ気を遣うのが普通で、私がどうかって話だ。
「マクシム。テオドールはあなたのこと知ってるのよね?」
「ああ。第2師団は全員そうだな。たが、近いうちに、他の師団も全員に周知する予定だ」
「へえー。そうなんだ」
やっぱり第2は知ってたんだね。そのうちみんなも、びっくりするだろうなあ。テオドールが固まっちゃう位偉い人なんだもんね。
3人でしばらく歩き、団の敷地に入ったところで、重い口をテオドールが開いた。
「マクシミリアン様、テレーズ。2人はその……。なんだ……。あれだな……」
「何? ゴモゴモしちゃって? らしくないからハッキリ言いなよ?」
「お2人で公爵邸の方から来られたもので……。その……。お2人は既に、お付き合いをされているのですか?」
「!!」
マズイ。私の家もマクシムの家も、テオドールは知ってるから誤解されたんだ! なんて言い訳しよう……。やっぱり、酔っぱらって帰れなくて、マクシムに面倒かけたって言うしかないよね。私の恥より、公爵の名誉の方が大事だもん。ちゃんと説明しよう!
「あのね――」
「昨日テレーズには家に泊まってもらった。男として不埒な真似はしてないが、テレーズは俺にとって大事な女性だ。そういう関係と捉えて構わない」
「!!!!」
「マクシミリアン様は本気なのですね?」
ああ、やっぱり何もなかった! 安心した! ――じゃないわね。なんか物騒なワードが聞こえたけど……。
「テレーズ。俺はテレーズのことが好きだ。半年間テレーズのことをずっと見てきた。テレーズ以外に好きになれる女などいない。俺と付き合おう」
「!!!!!!」
ここここここれって、告白ってやつをされたってこと? うそ? マクシムが私のこと好き? 公爵様が? 体温上がりまくって、汗も出て来たよ。動悸がヤバい。頭がグルグルして来た。……。あぁ、目眩がする。
「おいおい。朝っぱらから、随分とふざけたことを言う奴がいるな」
「ちょっとテオ! なんでなんにも言わないの? テオは僕達を裏切ったの?」
「久し振りに怒りで身体が震えますねぇ。横からかっさらおうとする輩には、仕置きが必要ですねぇ」
「ちょうど良い。もう『テレーズを陰日向になって守る会』の役目はおしまいだ。これからテレーズは俺が守る。テレーズが誰のものか、ここらでハッキリさせとくか?」
寮から歩いて来たミカエル、エミール、ダミアンと、マクシムが睨み合っている。なぜこうなっているか分からない。首をかしげたくなる。『テレーズを陰日向になって守る会』って何? さっきの告白はどうなった?
私が置いてけぼりにされる中、あれよあれよと1番広い訓練場で、マクシム対3人のガチンコ勝負が開催されることになった。
誰かが団長を呼んだのか、副団長と一緒に慌てて訓練場に出てきた。
「第3は魔法壁を全力で張れ! 第2は盾で第3を護れ! ミカエルの雷剣閃とエミールの魔法は絶対城まで飛ばすなよ!」
魔法壁が訓練場を囲うように張られて行く。魔法壁を張る第3師団の団員の前に、第2師団の団員が盾を構えていく。
「第5はダミアンの流れダガーを叩き落とせ! 当たって死ぬなよ! 第1と第4は、魔力のあるものは第3に、ないものは第2の加勢をしろ!」
団長が的確に指示を出していく。こんな時だが、流石はオレノ団長だと感心してしまう。
「女性騎士団は念のためお前達の団長を守れ! テレーズに何かあったら防ぎ切れなくなるぞ!」
最後の言葉の意味がよく分からないが、団長が指示をし終えるのと同時に、睨み合いを止めた4人の闘いが始まった。
ミカエルの雷剣閃、エミールの氷刃、ダミアンのヤバイ薬が塗られたダガーが、一斉にマクシムに向かう。マクシムが、右手からゴウゴウと燃え盛る炎塊と、左手から暴風玉を出し同時に放つ。
次に剣を抜き、ダミアンがマクシムの急所を狙って投げたダガーを、1つ残らず叩き落とす。
3人がかりの攻撃を一瞬で防ぐ、無駄のない完璧な動きだった。
距離を詰めたミカエルとダミアンが、前後からマクシムに襲いかかる。マクシムが2人の攻撃をかわした所に、エミールが巨大な岩石を次々落とす。マクシムが岩に埋もれたかと思ったが、岩の隙間から光がもれだし、次の瞬間、岩石が粉々に砕け周囲に四散した。
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周りで4人の攻撃を防いでいる団員たちから、脂汗が流れている。このまま続ければ団員たちの方がもたず、城が壊れる。しかし、4人が闘いを止める気配はない。肩で息をしながら、一旦間合いを取った両者が再び睨み合う。
「ヒヒヒヒヒ。楽しいなぁ。随分とやるねぇ」
「だねー。予想以上だったよー。いきなり副団長になっただけあるねー」
「チッ。俺達とテレーズのことを何も知らない新参者が」
「時間の長さは関係ない。今まで彼女を物に出来なかった、負け犬の遠吠えだな。しかし、テレーズが清いままでいてくれたことには感謝しているぞ」
不敵に笑い、マクシムが3人を挑発する。これ以上はもうやめてくれー!!
「殺したいですねぇ。一刻も早く、テレーズの前から遠ざけたいですねぇ」
「ここまで僕たちが守って来たんだ。テレーズは誰にも渡さないよー」
「だな。テレーズは俺たちみんなのテレーズで良い。変わることはない」
――ドゴオオォォーン――ガギン――キンキンキン――
……。ねえ……、何言ってんの? 遠ざけたい? 守って来た? 俺達みんなのテレーズ?
はあ? マクシムが攻撃されてんのって、さっき私に告白したから?
まさか、あいつら……。今までずっとこうして来たっての? 私が縁遠い人生を歩んできたのって……。……。
「はあ? ふざけんなよ! 出て来てププ!!」
「なあに? 僕また寝てたのに」
「1分で良い。本気を出して良いから、ミカエル、エミール、ダミアンを捕まえて!!」
「良いのかなあ? うーん。でも、お城が壊れたら大変だもんね。りょうかーい」
辺りにププの咆哮が響き、土煙が上がる。薄目で確認すると、本来の姿に戻ったププがいた。第4師団の団員が喜ぶ。
「テレーズ団長がププを出したぞ! しかし、ププはデカくなっても可愛いよなぁー」
「これで助かったな! ププー! やっちまえー!!」
ププが白と茶の毛を、威嚇するように大きく膨らましている。団舎ほどに巨大になった獣は、鋭い鉤爪のある両手でミカエルとエミールを掴み、毛足の長いフサフサした尻尾でダミアンを押さえつける。
3人は、久し振りに見た本気のププに取り押さえられ、「なぜ?」と言いたげな表情で、私とププを交互に見つめている。
「いい加減やめなよ。ご主人が怒っているよ。嫌われちゃうよ? あ、もう嫌われてるかもだけどね」
茫然自失となる3人。エミールなんか、泣き出しそうだ。でも、まだまだ許さんよ?
オレノ団長が、団員に守りを解くよう指示を出した後、ププに捕まっている3人に命じた。
「お前ら、こんな騒ぎにしやがって! 『テレーズを陰日向になって守る会』は解散とし、今後一切の活動を禁止する! いいな!!」
一体、何なんだろうその会は? どうして本人が預かり知らぬことばかりなの?
「ププ。後でタンポポを沢山あげるから、もう10分そのまま3人を捕まえていて」
「オッケー」
「ねえ、さっきから、ちょくちょく出てくる、私を『守る会』って何? 詳しく教えなよ?」
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やっぱり、こいつらのせいだったのか……。私の婚期が遅れたのって、そんな理由だったんだ……。
「テオドールもこっちにこーーい!!」
4人を思いっきり叱りつけ、何度も謝らせた。一頻り謝らせると、気持ちも大分落ち着いた。でも、そっか……。悪意からも守って来てくれたんだね。そこはきちんと御礼を言おうと考えていると、マクシムが横から入ってきた。
「あとは悔いなく、俺にテレーズを任せれば良い」
それもちょっと違うと思うんだが、言われた4人は神妙な顔でマクシムを見るだけで、何も言わない。
「ちょっとマクシム! 私を勝手に任せられないでちょうだい!」
「ははっ。強がるのも可愛いな。――ここにいる全騎士に言う! 俺はマクシミリアン・フォン・アインホルン! 今は公爵位を兄より賜っている! 隣にいるテレーズは俺の女だ! テレーズに手を出すことは、俺に歯向かうことと思え! あの3人にしたように、いつでも相手になってやろう!!」
どよめく騎士達に、魂を抜かれたようなミカエルたち。近くに居た女性騎士団員たちが、ツンツン肘で私をつついて来る。
「待って……。違うんだってば……」
勝手に盛り上がって、誰も私の話など聞いてくれない。私はガクリと膝から崩れ落ちた……。
――こうして私とマクシムは、全騎士団員公認の仲になっていた――