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6 マクシムの画策

 14年間の外遊から帰り、兄の公務を手伝っていた俺は、ある日、兄から相談を受けた。


「王女も生まれたことだし、今後、女性騎士の活躍の場が増えるだろう。女性騎士の定着率を上げたいが、そなたに頼めないか?」


 確かに、毎年行われる入団試験では、必ず数名の女性が合格している。だが、10年以上も前に入団した者が、たった1名残っているだけだ。


 俺は、状況を把握するため、騎士団に向かった。


 始めは、彼女が他の女性をいびり、女性たちが辞めていく理由の1つにでもなっているのかとも考えていた。

 しかし、その浅はかな想像は、如何に愚かだったかと、すぐに後悔した。



 団長のオレノから聞き取りをすると、大抵の新人女性団員は、1年も経たず結婚をして辞めていくと言われた。どうやら、その一点だけが早期退団の理由らしい。

 総団員数の100分の1程度しか、女性が入って来なければ、男所帯の騎士団では取り合いになるだろう。

 まして、難関の騎士試験に合格した優秀な女性なら、男は黙って指をくわえて見ていない。


 結婚すれば、相手の男は団を辞めさせるだろう。気持ちは分かる。惚れた女が、男に囲まれた場所にずっといるのは許せない。

 だから早々と子が出来る前に、結婚と同時に女性たちは辞めてしまう。

 子どもが出来れば、生み育てる女性はいずれ退団する。遅かれ早かれの話なら、尚更早く辞めさせるだろう。


 後はこちらで対応を考えるだけだ。『方針が決まったらまた来る』と言って、俺は団長執務室を出た。


 オレノ団長の話は、ある程度予想していた通りだったので短時間で済んだ。一切話題に上がらなかった女騎士は、どんなゴリラ女かと、ふざけた考えが湧いていた。

 時間もまだあるし、冷やかすような気持ちで、俺は第4師団を覗きに行った。



 無造作に1つにまとめられてはいるが、薄い青色の髪が風を優しく含み、しなやかになびく。少しつり上がり気味の同じ空色の瞳が、意思の強さを感じさせた。

 鍛えられた身体は白く伸びやかで、思わず咽がごくりと鳴った。天の色を纏い、空から舞い降りて来た女神がいるのかと見紛う程、美しい女がそこにいた。


 彼女が、他の第4師団の騎士が連れて来た魔物に、何か語り掛けていた。魔物の毛を撫で、花が綻ぶような笑みを浮かべる彼女は、慈愛に満ち溢れ、この世の全ての生命を慈しむかのようだった。


 完全に一目惚れだった。彼女が他の女性をいびる? ゴリラ? この歳になってまで、俺はどこまで浅慮なんだ。彼女の事がもっと知りたくなり、再び団長執務室に駆けこんだ。


「考えが変わった! やはり先ほどの件は、私自ら潜入調査する!」


 俺は、そうオレノ団長に宣言していた。オレノは多少困惑していたが、紛れ込みやすい入団試験から潜入をした方が良いと、手筈を整えてくれた。



 新人訓練の合間に彼女のことを観察していると、どうも気になる事があった。

 他の4つの師団長が交代で、彼女の周りをうろついている。彼女を知るのと同時に、彼らのことも調べていると、色々と分かって来た。


 新人の中には、彼女を口説こうとする者もいる。当然だろう、年齢が10程度離れていようが、彼女の強さと美しさは本物で、惹かれないわけがない。


 ***


「俺、テレーズ師団長のところに行って来る!」


 そう言って休憩中、意気揚々と彼女の元に向かった奴の後を追うと、第1師団のミカエルが奴に声を掛けた。


「聞こえていたぞ。お前は騎士団に何をしに来たんだ? テレーズの後を追い回すためか?」


 奴はまだ、生真面目だったのだろう。すごすごと、休憩をとる新人の輪に戻って行った。


 ***


 ある者は、仕事終わりに彼女を誘おうと待ち伏せし、第3師団のエミールに捕まった。


「どうしたのかなー? まさかテレーズを誘おうなんて、大それたこと考えないよねー?」

「そ、そんなこと、私の自由ではありませんか?」

「ふうん? 反抗的だね、君。体力があり余ってるみたいだから、僕と居残り訓練だねー」


 ズルズル引きずられて行った男は、エミールの魔法から逃げ回るだけの訓練を、夜更けまでさせられていた。


 ***


 当然、人の好みはそれぞれだ。性別や年齢だけで、彼女を馬鹿にする者もいる。


「何で女が、師団長やってんのかな? しかもオバサンだぜ?」


 そう言った男は、盛大に第2師団のテオドールから拳骨をくらっていた。


 ***


「行き遅れんとこの訓練楽勝だぞ! テイムする魔物を探す振りして、ずっと昼寝してた!」


 その男は次の第5師団の訓練後、人相が変わっていた。ああ、確か正式に、第5師団に配属されたな。



 彼女が結婚しないでいてくれた理由を掴めた気はしたが、念のため団長執務室に向かいオレノから話を聞くと、やはり『テレーズを陰日向になって守る会』なるふざけたものを作り、師団長達が活動していた。

 しかし、彼らには感謝した方が良いのか。彼らのお陰で、こうしてテレーズと出会うことが出来たのだから。



 **********



 やっと最後に、第4師団での訓練遠征だ。他の師団長の目が届かないうちに、彼女との距離を縮めておかねばならないな。


「ちょっと、あなた? どうしてそんな、『今から強盗殺人でもします』って、恰好しているの?」


 初めて彼女に話しかけられた。少しでも師団長らしく、威厳があるようにと演じているのか、透き通るような声なのに、わざとすごむように話すのも可愛らしい。


 そのまま、森に入った彼女をつけていると、ユニコーンに付き纏われているではないか……。

 まさか……! 彼女の身体は綺麗なままなのか!? 何ということだろう! 男のロマンが詰まっているではないか!! クラクラする……。

 だが今は、涙ぐむ彼女を助けなくては!


「ねえ。色々と事情があって、大変な事になるから、この事は言わないで欲しいんだけど……」


 可愛いお願いだ。只々聞いてあげたくなるが、この機会は無駄にしない。そそくさと逃げようとする彼女に、名前を覚えてもらい、俺のところで預かるユニコーンの名前を付けさせる。

 これで接点が出来た。『ユニ』とは安直過ぎだが、そんな分かりやすさも可愛いな。




「ねえー。俺はどう? 取りあえず、お試しで付き合ってみようよー」

「ええーでもー。まだ、研修期間も終わってないしー」


 腕まくりをし、ジリジリとカスに近づいていく彼女と、彼女の見張り担当のテオドールより先に、俺が動く。

 カスが私の容姿を不細工と言って来たので、彼女に勘違いされても気分が悪い。

 カスも一緒の女も頭は良くなさそうだし、彼女はずっと第4師団だ。王城内で私の顔を見る機会はなかっただろう。テオドールは真面目な男だ。間違いなく私のことを口外しない。


 バサリと身体に身につけていた黒い布を取る。女の反応が面倒だったが……。

 脇の方から息を飲む気配がする。彼女も驚いたことだろう。自慢ではないが、外遊中は他国の王族や貴族のご令嬢から、引っ切り無しにお声がかかった。女性に好まれる顔であることは理解している。


 女をハッキリとした態度で拒絶すると、カスナタンと女が逃げて行った。しかし胸糞悪い。彼女を貶めるとは。

 怒りはなかなか治まらないが、まずは、その様子を眺めていた彼女に声を掛ける。


「かばってくれてありがとう。でも、マクシムって、もっと冷静なタイプに見えたんだけどね」


 冷静なタイプに見えると言われてしまった。俺の想いの丈を知った時、果たして同じような評価を彼女は出来るのかな? 彼女が去った後、木陰に潜んでいたテオドールを呼ぶ。


「出て来い。テオドール」

「まさかマクシミリアン様が、このようなところにいらっしゃるとは……」

「『守る会』とやらのメンバーには他言無用だ。俺から顔を出すまでは、第2師団の騎士達にも伝えるな」


「……かしこまりました」

「テレーズは俺が貰う。それならお前たちも安心だろう? お前も早く休め」

「……」


 テオドールにそう言って釘を刺す。複雑そうな顔をしていたが、テオドールは既婚者だ。純粋にテレーズを見守っているだけで、他のメンバーより私の言うことを納得しやすいだろう。




 カスナタンがインプを使って、俺の肉に『マモノコロリン』をかけて来た。救いようのない奴だ。

 様子見していると、彼女がやって来た。ミカエルを伴って来たのは面白くなかったが、俺を心配して助けようとしてくれているのが嬉しくて仕方ない。

 簡単にボロを出したナタンを、『守る会』のメンバーが連行して行くが、彼女はインプを森に返しに行くと言う。本当に優しい女性だな。


 彼女を『守る会』のメンバーも、ナタンの聴取に行ったところだ。夜の森に1人で行かせるわけにはいくまい。後を追い、声を掛けると驚かせてしまった。

 確かに暗殺者か犯罪者だな。テオドールに正体を明かしたのだ、ここらで動いてみるか? 待ち合わせをして会えないか頼んでみると、初心な反応を見せながらも了承してくれた。たまらない……。




 セルジュを待ち合わせ場所に遣わし、今か今かと、彼女の到着を待った。


 薄っすらと化粧をし、真新しい服に、整えてきたらしい髪型。俺に会うため、いつもより頑張ってくれたかと思うと抱きしめたくなる。


 私が王弟で、今は王位継承権を放棄し、臣籍降下した公爵であることを伝えると、驚きはしたようだが、冷静に受け止めていた。

 しかし、騎士団の新人訓練に潜入することはもう止めろと言われてしまった。自分でも馬鹿なことをしていると分かってはいるが、まだまだ彼女のそばにいたい。


「ああ。でも……」


 良い案を思いついた。思わず笑いがこぼれてしまう。



 早速、王の執務室に向かい、女性騎士団の創設と彼女の団長就任、そして自分が副団長になる旨を伝えた。

 女性騎士を増やすためにも、女性騎士団を創設する事は承諾されたが、俺が副団長になることは反対された。


「私が兄上を立て、王にするため、14年間も外国に行ってやったことをお忘れですか? お陰で私は貴族連中から、放埓王子と揶揄されているみたいですが?」


 兄は俺に甘い。渋々だが副団長就任も承諾した。兄を急かして王命による任命文書を書かせ、その足で騎士団長オレノに会いに行った。

 オレノは頭を抱えながらも、団長・師団長会議で決めていた新人騎士の配属先を変更した。団長執務室に3名の新人女性を呼び、女性騎士団の団員になることを伝えると、戸惑ってはいたが、全員が納得した。




 そうして俺の計画通り、彼女が女性騎士団長に就任した。その日は儀式が終われば休みのようなものだ。打ち合わせを口実に彼女を昼食に誘い、『守る会』の見張りが交替する隙に、2人で街に出た。

 昼食だけで帰す気はサラサラない。飲み始めさえすればこちらのものだ。彼女の気質なら、俺に注がれれば注がれただけ飲もうとするだろう。

 例え彼女がどんなに酒に強い質でも、俺が先に潰れることはない。無理強いは決してしないが、周囲に知らしめる事実が必要だ。


 真面目なテオドールが、決まった時間に登城するのは把握済みだ。まずはテオドールをこちらに引き入れよう。

 後は、俺の実力でゴリ押せるはずだ――

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