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「え? 卵? 卵だよねそれ? えっ!?」


「あ、あー……あー!! なるほど!!」


「えっ、何が!? ハナだけ理解してるみたいだけど説明して!?」


 さすがにヨシヤも知っている。女王蟻が産卵するにはオスの存在が不可欠であるということを。

 だが目の前の蟻、あっちゃんはお一人様だった。

 巣を襲われ追われたところで最初から女王蟻だかどうかもわからない、いやむしろ多分だけれど兵隊蟻だった上瀕死だった彼女が産卵する理由が見当たらない。


 だが、今目の前のあっちゃんはまさに『一仕事終えた!』くらいのドヤ顔(多分)でこちらに卵を見せつけてきているのだ。


 その展開に頭が追いつかないヨシヤをよそに、ぽんっと手を打ってハナは一人納得しているではないか。


「え、ええと……多分、私の加護だと思うわ」


「え?」


「ほら、ヨシヤさん、私ってなんの神様だっけ……?」


「妊婦さん」


「そう。つまり、妊娠にまつわる内容が私の得意分野なワケよね」


 神様と一口に言っても得意分野がある。

 それがそれぞれに示す神としての名だ。

 全般に広げられる加護に対して、得意分野が特化という形で出てくるものなので、ハナの場合はつまるところ、妊娠全般に関しての願い事が叶うということになる。


 いわく、妊娠しやすい体質なので控えたい、とか……逆に妊娠しにくいので授かりたいとか……逆子が治りますようにとか、多産らしいので元気に育ちますようにとか。

 ちなみにこれは男性不妊にも効くらしいとハナはガイドブックを片手に語った。


 若干、ヨシヤは悟った目をしながら虚空を見つめてしまったが現実は無情である。


「つまり、ハナの加護を受けたあっちゃんは、女王蟻としての本能に従って卵を産み自分の巣を作ろうとしている……? えっ、このサイズの……?」


「そ、そうね?」


「……蟻ってことはさ、数匹ってオチはないよね……?」


「……そうね……?」


 現実的な問題が、今二人を襲う。

 あっちゃんはそんな彼らの様子に戸惑っている様子で卵を一生懸命見せて励まそうと(?)してくれるが、そんな彼女の気持ちに二人は応えられなかった。


「で、でもこうは考えられないかしら」


「……なんだい」


「ヨシヤさんの代わりに、蟻が戦ってくれるってことでしょう? 最強のボディーガードじゃない!!」


 ぐっと握りこぶしを作ったハナに、ヨシヤはうーんと唸った。

 別段ちょっと落ち着いてみたら、あっちゃん自体は大分見ても震えなくなった。

 なんとなくつぶらな瞳もよく見ればキラキラしていて、大きなあごとかも持っているしひょんひょん動く触覚とかにはなんとなく背筋がヒヤリとするところがないわけではないが、それでも〝虫〟という括りからは大分外れているような気がしないでもない。


 ……というよりは、ヨシヤは今、そう思い込むことでなんとかこの現状を受け入れようと必死なのであった。


「でもレジェンダリーなんちゃらアントってどこに巣を作るのかしら。地中?」


「元々は木の根元なんだろう? ……っていっても、ここに木がないからなあ」


「そうね……」


 見渡す限りの草原。

 水辺もなければ木も、山も何もない。地平線いっぱいの草原だ。


 何故太陽やら空があるのかとか、そういう疑問がヨシヤにもないわけではないが、そういう細かいところは聞いたら多分負けなのだと思っている。

 そもそもが異世界だの神様だの、自分が知る常識の範疇(はんちゅう)を大幅に飛び出していっているのだから。


「うーん……? あっちゃん、どうしたらいいかしら……」


 妻が困ったように巨大な蟻に問いかける図というのはなんともシュールではあるが、ヨシヤは『これからはこの光景に見慣れないといけないんだな……』と必死に自分に言い聞かせる。


 あっちゃんは少しだけ考えていたかと思うと、卵をヨシヤに渡した。

 ふんにゃりと柔らかく温かいそれに硬直する彼をよそに、あっちゃんは二人に背を向けて数歩先を行ったかと思うとつま先立ちをするようにして背を丸め光を帯び始めたのだ。

 そしてその光が彼女の足元にある草に移っていったかと思うと、にょきにょきと伸び始め、そしてまるで洞窟の入り口かのように編まれていったのだ。


「あらあら」


「おおおおおお!?」


 驚く二人に振り返ったあっちゃんがこれまたやりきった感で片足をあげるところが妙に人間くさく、夫婦揃って思うのだ。

 ああうん、意思疎通はなんとかなりそうだな、と。 

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