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神殿に行ってお布施と称して神域で採れた蜂蜜を入れた小瓶を置いて祈る。
手ぶらはさすがにまずいがお金もそうあるわけではないヨシヤとハナの苦肉の策だ。
ついでに神域の気配がするので誰がやってきたのかもあちらに伝わるので、友好的に使いが祈りを捧げたならば悪い気はしないだろうという打算も多分に含まれている。
そしてそれは十二分に効果を発揮したらしく、神殿行脚をして自宅に帰り着いたヨシヤがドアを開けるとそこには大量の荷物を蟻たちと共に片付けるハナの姿があったのだ。
「ハ、ハナ? その荷物はいったい……」
「ああヨシヤさん、おかえりなさい! ヨシヤさんが丁寧に神殿でお祈りをしてくれたおかげで、その神殿の神々も私たちがここにいると確認できたらしくてね、蜂蜜のお礼に……って贈り物をしてくださったのよ」
「へ、へえ?」
「まあ簡単に言うと引っ越しのご挨拶でおそばの代わりに蜂蜜を私たちは持って行って、あちらは格上の神々だから返礼品を渡してくれたと思ってくれたらいいわ。良い近所づきあいを願ってくれているってこと」
「そ、そういうものかあ……」
神様間で引越祝いとはなんぞやとヨシヤは思ったが賢明な彼はその疑問を呑み込んだ。
だってここは異世界なのだ、常識の尺度がきっと異なるに違いない。
そもそも蟻が巨大化したり自分の妻が女神になったりと常識外れのことしか起きていないのだ。
「それでね、私もヨシヤさんを待っている間にいろいろと考えたの。せっかくこうやって人の行き来の多いところに出てこられるようになったわけじゃない?」
「……そうだね」
これまでヨシヤを通じて神域の外について知るだけであったハナも、女神としてランクを上げた結果、神域を広げるというヨシヤにはよくわからない理論で姿を現すことが許されたのだ。
それでもドアの外に出るには至らない。
(あれ? その理論で行くと他の高位の神様はホイホイ外を出歩けるってことなのかな?)
神殿で堆く積み上げられた供物の山を思い出して、わざわざ人の世界を歩き回る必要もないかと思うが、買い物とウィンドウショッピングは別物だといっていた前の世界の同僚女性たちの会話を思い出してそんなことをぼんやりと考える。
決して現実逃避ではない。
「それでね、あの……昔ね、結婚したての頃、私が言っていたこと覚えてる……?」
「結婚したての頃?」
ヨシヤは目を瞬かせる。
愛する妻の言葉はよく覚えている。
子どもがほしい、できたら複数人。
毎月の記念日とまでは言わないから互いの誕生日はお祝いしたい、結婚記念日にはささやかな贈り物をさせてほしい、そんなことを二人で話合ったものだ。
その幸せな思い出の中から、ヨシヤは最適解を見つけ出す。
「……お店をやりたいって、言ってたよね?」
「そう! 覚えていてくれたのね、嬉しい!!」
パアッと表情を明るくする妻のなんと可愛らしいことだろう。
ヨシヤは改めて妻に恋をした!
「覚えているさあ~ハナのことだもの~」
「やだヨシヤさんったらあ!」
万年恋人な夫婦のその微笑ましくも若干鬱陶しい様子に、荷物を片す蟻たちは気にもとめず淡々としたものである。
ちなみに背景と同化している八木もまた、静かに荷物を片付ける蟻たちに交じるのであった。




