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とりあえず、夫婦で考えた結果。
当面ヨシヤは外に出ない・行商しない。
マーサ夫妻やナタリーたちに会いに行く際はその近くをまず蟻や蜂の偵察をした上でできるだけ近い場所で神域から出る。
そして目的を達したら早々に去る。
他にお買い物をする際は八木に行ってもらう。
そして同時に勇者ダイアの動向を探る……とまあ、無難な方向でまとまった。
何事もやり過ぎてはいけないが、何もしないのが問題なのだ。
そういう意味ではできるところからやっていこうと心に決める夫婦は堅実であった。
そんな中、いつものように牛乳と卵をわけてもらう中でマーサから新しい情報が得られたのである。
「そういえば、王都の方で巨大な音と花火が上がったんですって」
「へえ、お祭りですかねえ」
マーサのところで生まれた子供に指を握られて中々離してもらえず困惑するヨシヤをよそに、夫のリチャードは微笑ましそうにそれを見ながら首を横に振った。
「それが、なんでも高位貴族のお屋敷からだったらしいんですが……明け方に巨大な音が鳴って屋敷中の窓が割れた挙げ句、花火まで上がって翌日の昼からは何故か屋敷に大量のセミが集まって鳴くものだから、誰も住んでいられなくなってしまったんだとか」
「え……」
「呪いじゃないかって話がありましてね。そんな呪いは聞いたことがないんですが」
おかしな話でしょうと笑うリチャードに、ヨシヤはなんとなく心当たりがあったのだ。
八木がギルドで馬鹿にされた話や、彼が実は悪魔族であったこと、商売に興味があって里を出ることになって砂漠を渡っていたら途中で力尽きてしまったことなどを受けた後、あっちゃんの目が輝いていたのだ!
あっちゃんはできる女である。
ヨシヤの眷属第一号として、神域の虫たちの中でも格が違うのだ。
とはいえ、ヨシヤ自身は彼らを格付けなんかした覚えはないが。
(でもあっちゃん、新入りには過保護な方だからなあ)
なんだかんだ面倒を見てしまうのは女王気質なのかなんなのか。
もしかしたらヨシヤの性格に似たのではなかろうかとハナだったら言うのだろうが、ここには誰も居ないのだ。
マーサたちと談笑し、卵と牛乳、それから小麦粉などを持ち帰ったヨシヤはせっちゃんを問い詰めた。
せっちゃんは悪びれる様子もなく、ただセミ爆弾ファイナルを使っただけだと答えたのだ。
つまるところ、蟻たちは八木を貶しめた貴族を許せない。
だが殺したり傷つけたりすることはヨシヤもハナも望まない。
そこでせっちゃんの出番である!
そう、セミ爆弾ファイナル――及び共感。
つまりせっちゃんはまず小さくなる魔法のまま、蟻たちと共に屋敷に侵入。
元の大きさに戻って転がって脅かす準備をし、そして見回りの兵士が「うわっ、なんだこのデカいセミ……!」と槍で突いたところを思いっきり跳ね回って屋敷の中をパニックにさせた挙げ句、彼が持つ最大級のボリュームで高らかに愛の歌を歌っただけである!!
そしてヨシヤも首を傾げていたこの共感は、その愛の歌に引き寄せられた主にまだパートナーを見つけられていないセミのオスが彼の声に引き寄せられ、そこで愛を歌い続けるのだ。
まだ見ぬパートナーを求めて。
(せみの、大合唱……)
一匹でもなかなかのものだというのに、それがどれだけの規模だったのか。
貴族のお屋敷といえばヨシヤが知るのは辺境伯の館だ。あれもなかなかでかかった。
だというのに、それと同等の館で人が住めなくなるくらい蝉が鳴くとなると一体それはどんな状況だったのか……。
(あの貴族の人、セミ恐怖症になってないといいけどなあ)
神域の中では小さくなって、好きなように歌うせっちゃんのその声を聞きながらヨシヤはぼんやりとそんなことを考える。
蝉の鳴き声は、夏の風物詩。
だけどセミ爆弾ファイナルは怖いものだな、とヨシヤは勝手な報復行動はいけませんと眷属たちに改めて通達するのであった。




